学校 2
制服のデザインを見せてもらったが、思っていたよりもシンプルなものになっているらしい。
男子生徒は白いシャツに黒のズボン。女子生徒は黒のワンピース。そしてその上からフードがついた白のマントを着る。
年齢が若くとも実力があれば入学できるというのが特待生の特権の一つなのだが、その他にも学費が無料になることもあげられる。
そのため、その高い学費から、基本的に貴族や金持ちの子供しか通うことができないその学校へ、普通の一般家庭出身の平民も通うことができる。
話によると、金銭的に余裕がない学生への配慮として、制服も彼らが用意しやすいシンプルなものへと変わっていったそうだ。
「レオは元々持っていたシャツを使うんだったかな?」
「はい。白の無地のものであればなんでもいいと書いてあったので」
「そうか。じゃあ、マントだけだね」
アリスは新しくワンピースを仕立ててもらうらしい。白を中心とした淡い色ばかりで、黒のものはほとんど持っていないからとのこと。
更に服が増えるのか…と俺は彼女の部屋を占領しつつある服の山々を思い出して、アリスのことを少し哀れに思った。
「この模様はどう?」
「なんでもいい」
「あらあら。遠慮しなくていいのよ」
アリスの採寸が終わり、俺の採寸中、アリスと母様はマントに施す刺繍のデザインを決めかねているようだった。デザインの一覧が載せられた紙の束を抱え、うんうんと唸っている。
「遠慮してない。なくてもいい」
あまりアリスは物欲がある方ではない。
この刺繍が入るだけで制服を仕立てるのにかかる費用が大きく変わるのだという話を聞いて、それほど金がかかるのならばしなくていい、と主張する。
しかし、それを聞いた母様は困ったように笑って「それは駄目よ」とアリスの言葉を否定した。
「マントはね、あの場所では貴方たちを守る鎧になるの」
「鎧…?」
「あの学校は家柄で、生徒の間での上下関係が決まってしまうところがあるから…。いいことではないのでしょうけど、中には見た目で中身を決めつけて、態度を変える人もいるわ」
「…?」
「いい生地と手の込んだ刺繍。いいものを身に着けているだけでも、そういう人たちから舐められないということよ」
…なるほど、母様の話を聞くに、これから俺たちが通うことになる所は少しばかり厄介な場所らしい。
「だから、これだけはめいいっぱいお金をかけさせて。貴方たちの心を守ってくれるものなんだから」
「…? うん」
「ふふ。ありがとう」
制服自体は平民でも頑張れば手に入るもの。シャツにズボンならばそれほど違いが出ることはないし、黒のワンピースだってマントを上から羽織ってしまえば見た目はそう変わらない。
だからこそ、その一番上から羽織ることになるマントで貴族たちは己のステータスを示そうとするのだろう。
雪のように真っ白で柔らかく厚い生地、そして金をかけて職人に編ませた宝石のように美しい刺繍。それがあの場所でできる精一杯のお洒落で、財力があることの証明になるのだ。
これでは制服のデザインを質素にした意味もないのではないかと話を聞きながら俺は呆れてしまったが、学校側としては一応、制服の変更で社会的弱者となる平民に配慮しているという建前はあるので、ここら辺は見て見ぬふりをしているのだろう。よくあることだ。
「レオはどうする?」
「俺もあまりそういったものには興味がないので。母様にお任せします」
俺がそう言えば母様は快く了承してくれた。あれはどうか、これはどうか、と楽しげに刺繍の模様を選び始める。
そんな母様を見ながら、俺は隣に立っているアリスに話しかけた。
「アリス、確かエヴィは今月末に古着屋で制服を買うと言っていたな」
「うん。マントも専門のところがあるから大丈夫だって。他のも色々と買うみたい」
「そうか。その買い物に俺たちも付き合うと手紙に書いておけ」
俺がそう言うと、アリスはビックリした顔をして「珍しいね」と言う。
「どうかしたの?」
「アイツ、やっと学校に通えると浮かれていただろう。学校生活が始まってすぐに面倒事に巻き込まれるというのは、あまりにも哀れだから、少しだけ手伝ってやろうと思っただけだ」
「そう。エヴィもきっと喜ぶ」
会うのは二年ぶりだね、とアリスは懐かしそうに微笑む。
エヴィとは手紙のやり取りを続けていたが、この二年間、実際に直接会う機会はなかった。
エヴィはマリーさんの相手とルークの世話、そして入学試験の勉強に忙しそうだったし、俺たちも遠出する機会がなく、特にこの別荘から出ようという気が起きなかったからだ。
「勉強、見てあげてたもんね」
「日常生活の出来事を事細かに書くよりも、大して難しくもない問いの解答を書く方がはるかに楽だっただけだ」
「そういうことにしておく」
「アリス」
「ふふ。でも、本当に受かってよかった。エヴィと学校に行けるの楽しみだったから」
また会えて嬉しい、とアリスは目を細めて笑った。