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学校 1


あの事故から二年が過ぎた。


アクイラ家を離れた俺たちは大きな湖の近くにある別荘に住み、農業やら料理やら研究やら、各自好きなことに没頭しながら日々を過ごしていた。



「遅い。着地してすぐに走れ」


「…っ!」



そして、今はアリスと体術の特訓の最中だ。


投げ飛ばされたアリスは悔しげに地面に膝をつき、暫し痛みを堪えるように動きを止める。服は土で汚れ、手足は擦り傷だらけ。


肩で苦しげに呼吸をし、動きのスピードも確実に落ちている。彼女の体力が限界に近づいていることは明白だが、敵はこちらが息を整えている暇など与えてはくれない。



「何度言えば分かるんだ。身体の軸がブレてる。もっと姿勢を意識しろ」


「…分かってる!」



俺に指摘され、すぐに走り出したアリスはもはや考える余裕もなくなったのか、真っ直ぐに突っ込んてくる。


余裕がなくなると視野が狭くなるのはアリスの悪い癖だ。


次はここを直させないとな、と次の練習メニューのことを考えつつ、俺はアリスの蹴りを避け、そのまま足を掴んでまた遠くへと投げ飛ばした。


上手く受け身が取れなかったアリスが、バランスを崩し地面に崩れ落ちる。



「…ここまでか」



服についた土を払い、俺はそう呟いた。


アリスもまたこちらへと近づいている人間の気配に気がついたのか、俺に再び攻撃してくる様子はない。



「アリス、そろそろ時間のようだ。今日はここで切り上げるぞ」


「うん、分かった」



杖を取り出して自分に治癒魔法をかけ始めたアリスを確認し、俺もまた地面に広げていた荷物を片付け始める。


といっても、水筒や休憩時に読む本くらいしか持ってきていないので、すぐに荷物はまとめ終わった。


傷が癒えたアリスがこちらへと近づいてきて、「今日も付き合ってくれて、ありがとう」と感謝の言葉を述べる。その声が少し落ち込んでいるように聞こえて、はて、と首を横に傾げればアリスは悲しげに微笑んだ。



「また上手く動けなかった…」


「そうか? なかなか動けるようになってきたと思うが」


「本当?」


「あぁ。ある日突然『体術を教えてくれ』と言われた時は気でも狂ったかと思ったが、前よりもずっとマシになった」


「そう。嬉しい」



最初の頃はそれはもう酷いものだった。あまりにも運動ができなさすぎて、小動物をいじめているような気持ちになったものだ。


元々筋肉がつきにくい体質のようだが、これはあまりにも酷すぎると、とりあえず基本的な筋力トレーニングとランニングで地道に体力をつけさせた。


そしてようやく運動ができる身体になったら、次は体術の基礎を叩き込む。とはいえ、手本としている俺の動きも元々、自己流で適当に動いていた奴の真似事だ。この動きで正しいのかどうかは責任はとれないけれど。


毎日の筋肉痛と疲労で、最初の頃はアリスもかなり辛そうな様子だったが、今ではある程度の動きはできるようになったので努力の甲斐はあったのだろう。


今日は魔法なし武器なしの体術のみの特訓だが、剣術や魔法ありの戦闘訓練なども見てやっている。もちろん、その分の対価はしっかりともらったけれど。



「でも、まだ剣が重い。もっと筋力をつけなきゃ」


「それか、もっと軽量化された剣を使うかだな。次の誕生日に父様にねだったらどうだ」


「父様、私にドレスとかアクセサリー贈るの好きみたいだから。ちょっと落ち込むかも」


「お前、そういうのはあまり興味がないだろう。そろそろあの貢ぎ癖をやめさせたらどうだ」


「うーん…でも、父様楽しそう」


「そうか。なら、もらうだけもらっておいて、あとで売却でもしろ」



正直、あの人はアリスのことを甘やかしすぎだ。本人もこんなに服や装飾品はいらないと困っている様子だけれど。


事故の噂が広がったせいで、生活費を稼ぐのも前のように簡単にはいかなくなっただろうに、未だに父様はどこかに外出する予定ができれば、毎回のように母様やアリスにそういった贈り物を渡している。


もはや研究と農業に並んで、家族へのお土産を買うのが第三の趣味となっているらしい。


もちろんレオにも、と俺まで巻き添えになりそうになったので代わりに本を頼んでおいたけれど、無駄遣いが過ぎるのでそろそろどうにかするべきだと思う。



「売らないよ。大切にする」


「お前の衣装部屋がパンクするのも時間の問題だな。上手い収納方法でも今のうちに探しておけ」


「レオの実験室は?」


「誰が貸すか。自分でどうにかしろ」


「ケチ」


「どうとでも」



コイツ、この二年間で言うようになったな。


隣で不満そうにわずかに頬を膨らませているアリスを横目で見ながら、たったの二年でここまで人は変わるものなのかと興味深くも思う。


今回の人生もまた順風満帆とはいかないようだが、本家の屋敷を離れ小さな別荘で過ごすことになった今の生活も、俺はそれなりに気に入っていた。



「おはよう、レオ。アリス。今日も朝から特訓かい?」


「はい」


「すごいねぇ。僕もアメリアも運動はからっきしなのに、二人は多才だね」


「ありがとうございます」



汗を流して着替えを済ませ、居間に行くと父様が本を読んでいた。ニコリと微笑み、適当に会話をしながら時間を潰す。


それから一時間ほど経って、ようやく来客を知らせるベルが鳴った。



「あら、可愛いお二人だこと」



俺とアリスを見てそう言ったのは、柔らかな雰囲気の老婦人だった。父様と長く付き合いがあり、今回、俺たちの制服を作ってくれることになったのだ。


来月から俺とアリスは、父様と母様の母校に特待生として入学することになった。


本来は入学までにあと三年待たないといけないらしいが、父様もまたかつてその才能を認められ、一般の学生よりも早くに入学したらしく、「あの“アレク・アクイラ”の子供たちならばさぞかし優秀なのだろう」と思われて、入学試験の案内が送られてきた。


その学校では魔法道具についても学べるらしく、俺としてもこの世界の魔法についてもっと学びたい意思があったので受けてみることにした。結果、俺が一位、アリスが二位と文句なしの合格だったらしい。


父様たちは俺たちが注目されることをあまりよく思っていないようで、少し複雑そうな表情を浮かべていたが、最終的に「レオとアリスの好きなようにしなさい」と入学を許可してくれた。


学校という場所に通うのは、前世も含めて初めての体験だ。


なにか一つでも得られるものがあればいいが。そんなことを思いながら、俺はアリスと共に採寸を受け始めた。


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