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転機 18


父様との話も終わり、ようやくエヴィも泣き止み始めたところで、俺は先程から気になっていた疑問を投げかけることにした。



「…エヴィ。お前、雰囲気が変わったか?」



思えば最初から少し違和感があったのだ。祖父が亡くなって、まだそれほど時間が経っているわけでもない。


両親に先立たれているとはいえ、人の死はそう簡単に慣れるものではないし、普通ならばこんなに早くに立ち直るのはかなり難しいことなのではないだろうか。


そして、俺を相手に断りにくくさせるものまで持ってきて「手紙を書け」「ハーブティーを作れ」と注文し、更には父様に向かって本音をぶつけたのだ。


やはり、改めて考えてみても、俺が知る彼女は果たしてこんなことをする奴だっただろうかと不思議に思う。



「そうかしら。あぁ、そうね。言われてみればちょっと変わったかも」



エヴィは一瞬なにを言っているのか分からないという顔をしたが、すぐに思い出したかのようにそう言った。


そして、ふふん、ともったいぶるように話し始める。



「少し考え方を変えることにしたのよ」


「というと?」


「お祖父ちゃんね、死ぬ時に私のことを守ってくれたの。私に覆いかぶさって爆発から守ってくれた。…正直、守ってくれるんだって驚いたわ。今まで散々苦労をかけられてきたから」


「…そうか」


「守られて、自分だけ生き残って、ようやく私はお祖父ちゃんからもちゃんと愛してもらえてたんだって分かった。お祖父ちゃんがいなくなって、死にたくなるほど寂しくて悲しくなった」


「…」


「マリーさんが私のことを引き取ってくれるって言ってくれた時も、最初は断ろうかと思ったの。私の家族はもういなくて、本当に私はひとりぼっちになっちゃって、もう楽になりたいって思ってたから」


「…それで、どうやってお前は立ち直ったんだ?」


「認めるのは癪だけど、アンタのおかげ」



目を丸くする俺に、エヴィは偉そうにフンッと鼻を鳴らす。



「『悲劇のヒロインごっこ』。昔の私を見て、アンタが言った言葉よ」



そんなことを言っただろうか。言ったかもしれない。よく覚えていないけれど。


俺が心の中でそう考えていると、それを察したように「アンタのことだから忘れてるんでしょ」と呆れた顔をする。


そして、彼女は目を伏せて自分の手のひらを静かに見つめた。



「マリーさんの誘いを断ろうと決めた時、何故かその言葉を思い出したの。あぁ私は選択を誤ろうとしてるんだって分かった。今までもこうやって一時の感情に流されて、選択を間違えて、それを全部、神様とか世界とか自分以外のもののせいにしてた」



だけど、とエヴィは言葉を続け、拳を握った。



「恥ずかしくなったのよ。どうしようもなくね」


「…」


「だから、今度は自分の心が『正しい』と思える選択肢をとることにした。今、ここに来ているのもそう。アンタのお父さんを見て、前みたいに逃げたりせずに話をすることにしたのもそう」


「その結果は?」


「思ってたよりも世界がずっとマシになったわ。少なくとも自分の中ではね」



エヴィは胸に手を当て満足そうに笑った。その横顔は随分と大人びいて見える。



「悲劇のヒロインはもうやめることにしたの。私はお母さんからも、お父さんからも、お祖母ちゃん、お祖父ちゃんからも愛されて守られてきた。色んなことがあったけど、今も他の人に支えられて生きていられてる。それってとんでもなく幸せで恵まれたことじゃない?」




ーーーーーー死んだら悲しいと思える人が二人もいるんです、十分に幸せな人生ですよ。




エヴィの言葉にアーラが言っていた言葉が重なった。


そうか。コイツらはこれでも幸せと言うのか。


多くの人間が自分を不幸だと思い込んで生きているのに、お前たちは前を向けるのか。



「私の人生は私が決める。私は今までも、これからもたくさんの幸せに満ちた人生を送るの。私がそう決めたんだから、もうこれは決定事項よ」



そう言い切ったエヴィは満足そうに笑う。強がっているようには見えず、心からそう思っていることが分かった。


父様に訴えかけた時と同様に、今の言葉は彼女の本心からのものだ。



「…」


「なによ、その顔は」


「いや、泣いてばかりだった子供が強くなったものだなと」


「なに目線よ。言っておくけど私の方が歳上なんですからね」



その成長を見て素直に驚いた。そして、彼女に対しての認識を更に見直すことにした。


なるほど、これは繋がりを持っていても損はないかもしれない。


俺はエヴィに手紙とハーブティーを送ることを約束し、そして彼女に見送られながら俺たちはアクイラ家を後にした。



「エヴィ、格好よかったね」


「そうだな」


「私も、あんな風に、なりたいな」


「なればいいんじゃないか?」


「うん。なるね。ちょっとずつに、なるかも、だけど。でも、いつか、エヴィみたいに、なる」


「そうか」



エヴィと会ったことで更に心境の変化があったのか、アリスは馬車の中でそんなことを言った。


適当に肯定していれば、こちらをニコニコと笑いながら見つめる父様と目が合う。



「なにか?」


「いや、レオたちにもいい友達ができてよかったなと思っただけさ」



大切にしなさい、と父様は静かに言った。そして友人ではないと俺が否定する前に、関心を窓の外の景色へと移してしまう。


わざわざ説明をするのも面倒なので、俺は溜め息をついて、「…そうですね」と小さく肯定の言葉を返すことにした。



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