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転機 11


コツン…と馬車に石が当たる音がした。


窓から外の様子を伺えば、敵意がこもった視線が突き刺さる。美しかった街並みはことごとく破壊されて周囲は瓦礫と木片だらけ。すれ違う住人たちは揃いも揃って死んだような目をしている。



「アクイラ家の…」



ぼそぼそと呟く声がして、またコツン…と音がする。勢いはないけれど確かに害意が感じられて、この町も随分と様変わりをしたものだと俺はぼんやりと思った。



「レオ、危ないから」



向かいの席に座っていた父様がそう言って窓のカーテンを閉めてしまう。「レオは見なくていいものだよ」とにこりと笑う父様に「子供扱いは必要ないと言ったはずですが」と俺は呆れて溜め息をついた。



「こんなもので傷つくほどの繊細な心は持ち合わせていません」


「でも、見ていて気分がいいものではないだろう?」


「慣れています」


「慣れなくていいよ。こんなこと」



父様は仮面を張り付けたようにずっと穏やかで柔和な表情を浮かべている。その態度に違和感を覚えて、俺が「父様?」と尋ねれば、「なんでもないよ」と静かに返されてしまった。


あの事件から三日が経った。出所は分からないが、爆発の原因は父様の魔法道具であるという話が急速に広がり、そしてその知らせは国中に広まった。


中には父様が国家転覆を企てていて、この事件を起こした首謀者なのではないかいう噂話まであるくらいだ。


この広がり方は明らかに不自然で、これもまた彼のことを恨む連中が悪意を持って情報を操作しているのだろうと考えられる。


屋敷にはおびただしい量の手紙が飽きもせずに毎日届き、屋敷の門にはネズミの死骸やら死者に供える花やら、悪趣味にも程があるプレゼントが何度片付けても気づいた時には置かれている。


人間に「悪人を罰する行為は正義である」という建前を与えるとこんなことになるのかと、俺はここ数日の騒ぎを見て驚きを覚えていた。


魔族も同様に物事の失敗を嘲笑い、その責任者の人格を否定するようなことはするけれど、それでもその行為はあくまでも「相手を貶めたい」「見下したい」という思いからであって、雑談の席で言う「あんなひどいことをするなんて信じられない。心がないのだろうか」という言葉はただの嫌味や冗談だ。話し相手は面白いジョークだと腹を抱えて笑うことだろう。


ごく少数の、頭のおかしい一部の例外を除いて、顔も知らない被害者のことを考えて心を痛める良心なんて魔族にはこれっぽっちもないのだから、大人数が集まってここぞとばかりに特定の人物を叩くなんて行動はめったに起こさない。


だからこそ、俺は人間たちの行動を異常に思う。悪い奴はこらしめるべきだ、悪を正してやろうとする自分の行いは素晴らしいことだ、彼らが送って来る手紙にはそんな気色の悪い正義感が滲み出ていた。


一人ならば頭のおかしい奴がいると思うだけだが、これが何百通も届く。


人間は群れるということは知っていたけれど、まさかここでその団結力の異常さを知ることになるとは思わなかった。



「屋敷で待っていてもよかったのに」


「俺も町の様子が気になっていたので。今、一人で町に出かけるのは危ないから禁止だと言ったのは父様でしょう?」


「そうだね。また抜け出されたらどうしようかと思っていたんだけど、杞憂に終わってよかったよ」


「それはやっていいということのふりでしょうか?」


「素直に駄目という意味だよ」



俺が残念だと肩をすくめれば父様は「レオはさらっとそういうことを言って来るから怖いなぁ。思わず頷きそうになる」と笑った。



「着いたよ」



馬車が止まったのは簡易的なテントが集まる場所だった。周りにはたくさんの木箱が置かれている。馬車をおりて父様の後を追いながら、ちらりと中身を見れば保存食や水、毛布などが入っていた。


なるほど、ここは避難所にいる被害者に物資を届けるための場所らしい。


しかし、支援が始まるには少し早すぎるのではないだろうか。まだ三日だ。国王がいくら国民を想う人物だったとしても、王都まで知らせが届き、物資を送るまでにかなり時間がかかるはず。


では、民間の寄付かなにかか? この国にそこまで相互扶助の精神が根付いているようには見えなかったが…。


不思議に思いながら歩いていれば、見慣れた人物がこちらに手を振っているのが見えた。



「アンドレ。様子はどうだい?」


「大変ですよ、本当に。猫の手も借りたいくらいです」


「猫嫌いの君にそこまで言わせるなんて、余程多忙なスケジュールなんだね」



息子は鼠嫌いで、父親は猫嫌い。ふむ、正反対の好みを持つ親子だな。


そんなことを思いながら二人に近付けば、アンドレ殿は「坊ちゃんも大変でしたね」と眉を下げた。



「食糧は足りそうかい?」


「十分とは言えませんが…貴方が用意してくださっていたおかげで、この一週間は飢え死にする人はいないでしょう」


「そうか…それはよかった」



父様はほっとしたような表情を浮かべる。しかし、すぐに険しい顔になって「でも一時的なものだろうね」と小さく言った。


アンドレ殿もまた目を伏せて「まったく、最近は落ち着いていたと思ったらすぐこれだ。現実というものは思い通りにいかないものだな」と呟く。



「今は君の友人として言おう。アレク、今回のことは君のせいじゃない」


「はは…その呼び方は久しぶりだ」


「ちょっとは元気がでたかい?」


「あぁ」


「それはなにより。さ、アレク様。落ち込んでいる暇はありませんよ。もう私たちは泣いているだけの子供じゃないんです、今は精一杯自分たちにできることをやりましょう」



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