転機 10
「僕は昔、魔法道具の発明が大好きだった。なんでもかんでも思いつくままに作っていたよ。それがなにに使われるのかなんて気にもせずにね」
「その一つがあの爆弾だと?」
「うん。僕は鉱山の採掘に使われていると聞いていた。自分の魔法道具のおかけで豊かになっている人たちがいると聞いて、嬉しかったなぁ。自分の才能はこのために与えられたのかもしれないとそう自惚れていた」
「…売っていたのは誰が?」
「僕の父だ。金儲けが好きな人でね、僕の魔法道具がお金になると分かって、怪しい人たちと取引をするようになっていった」
父様はそう言って困ったように笑う。
「急に父さんたちは羽振りがよくなって、食事は豪華になって、屋敷には知らない怖い人たちが来るようになって、僕の我が儘はなんでも叶えられるようになった。でも当時の僕はそれがいいことなのか悪いことなのか分からなくて、ただ父さんたちが喜んでくれるならいいことなのだろうとそう思い込んでいた」
「実際は違った?」
「違ったよ。なにもかもが僕の想像とかけ離れていた。僕が考えた爆弾の設計図は、更に威力を上げるように作り直されて、そして岩ではなく村や町を壊していた。人に喜んでもらいたくて発明したのに、自分の知らないところでそれは人を殺していたんだ」
「…なるほど」
「最初に異変に気がついたのは兄さんだ。兄さんも最初は父さんがなにをしていたのか理解できていなかったと思う。でも、子供ながらになにか察していたんだろうね。それから僕も不信感を持つようになって、それでやっと父の悪行に気づいた頃にはほとんど手遅れの状態だった。父は既に悪人だったし、僕は知らずの内に多くの人を死に追いやっていた」
「…」
「アクイラ家は領地がないだろう。最終的に父の悪行が国王に知られてね。すべて没収されたんだよ。今後一切、父や僕の代だけでなく、その子孫も領地を持つことはできない」
なるほど、この家で領地の話をまったくといっていいほど聞かないのは何故なのかと思っていたが、そもそも所持さえしていなかったようだ。
となると、父様は今、現在、魔法道具の発明だけで生計を立てていることになる。
領地の没収だけと聞けば寛大な処置だと思えるが、普通の貴族であればある日突然収入がなくなり、かといって平民のように労働をすることはプライドが許さず、徐々に没落していったことだろう。
しかし、使用人の数は少なく、母様も自分で家事をすることが多いとはいっても、アクイラ家で生活をしていて経済的な問題に直面したことはない。
物を大切に扱うが古くなったものを買い替える際は、きちんと質のいい長く使えるものを選んでいるし、母様やアリスの服も新しく新調されているのをよく目にする。
他にも、冬は薪を贅沢に使っていたり、慈善活動をしていたりと金銭的に困っているようには見えなかった。
普段はぽやぽやと呑気そうに見えるが、意外と甲斐性がある人だなと俺は素直に父様を見直した。
「あぁ、お金のことは心配しないで。魔法道具は高く売れる。今回の件で買い手は減るかもしれないけどね。需要がなくなるということはないだろうから」
「でも、今ほどは自由に動けなくなりますね」
「そうだね。レオたちにも息苦しい思いはさせてしまうかもしれない」
「そうですか」
「うん。引っ越しも視野に入れているんだ。皆には苦労をかけてしまうけど、いつこの屋敷にも火をつけられるか分かったものじゃない」
「…」
「どうかしたの?」
「いえ、殺されるかもしれないのに、落ち着いてるのだなと」
「僕も慣れたくはなかったんだけどね。こう何度も命を狙われれば嫌でも慣れるものだよ」
「もしや父様の両親も?」
「殺されたよ。馬車に爆弾をしかけられて、死体はまともな形を保っていなかった」
葬式ではどんな顔をすればいいのか分からなかった、と父様は言う。
「父の呪縛から開放されたことを喜ぶべきなのか、両親を喪ったことに悲しむべきなのか、それだけの恨みを買うことをした自分の行いを恥ずべきなのか。それとも、今後、まともな後ろ盾もない状態で兄と二人だけで生きていくことに絶望するべきなのか」
「それは…大変でしたね」
「まぁ、過ぎたことさ。意外とどうにかなったしね。過去のことを掘り返しても、なんの解決策にもならないから」
父様はそこまで話して、ちらりとこちらの様子を伺うように俺に視線を向けた。
「…軽蔑した?」
「いえ、別に」
「父さんたちのことを悪く言ったことにも?」
「面識もない相手に好意もなにもありませんから。会ったこともない彼らの死に対して、父様がどう思おうと僕が失望することはないと思います」
「そう…それなら、よかった…」
「それほどですか?」
「そりゃあ、子供に嫌われたい父親なんていないよ」
父様は、はーっと息を吐いて「緊張した…」と苦笑する。
「嫌われたらどうしようかと…」と笑う父様に、「スッキリしました?」とからかうように尋ねれば、「それはもう。レオも社交界に出るようになって他の人との交流も増えただろう? いつバレるのかとずっとドキドキしていたから」と言われる。
正直、予想よりもずっとマシな話で、こんなものかと拍子抜けしたくらいだったのだが、確かに普通の子供にとっては精神的にキツい話なのかもしれない。
俺はもちろん、アリスも大して気にしないと思うが。
「じゃあ、二つ目の相談に移ろうか」
「二つ目?」
「うん。本当はずっとこのままでもよかったんだけどね、ちゃんと話をしないと、レオはまた今日のように黙って危ないところに飛び出して行ってしまいそうだから」
「はぁ…」
危ないところへ行くなという説教でも始まるのだろうか。
申し訳ないがその相談は聞けそうにないし、適当に誤魔化すかと考えていた。
「レオ、僕は君が僕の知る“レオ”ではないことを知っているよ。それほど詳しく聞いたわけじゃないけどね」と言われるまでは。
しん…と静寂が落ちて、俺は顔からにこやかな笑みを削ぎ落とす。どうせ今更、演技をしても意味がないだろう。
「…いつから?」
「最初から。君の五歳の誕生日からだ」
「何故?」
「前の君に事前に相談されていたからね。『アリス一人だけに背負わせるのは、アリスが思い詰めそうで怖いから』だそうだよ」
「どこまで?」
「少なくとも、前の君と別の人格と記憶を持っていることは」
「へぇ…初耳です」
「言ってなかったからね」
「貴方は抜けているところがあるから、誤魔化すのも楽だと思っていたんですが…今までの話を聞くと随分と印象が変わるな」
足を組み、リラックスした態勢で俺が笑えば「それが素なんだ。レオにそんな風に言われたことがないから、なんだか新鮮だな」と父様はクスクスと笑う。
「貴方の言動はすべて本物の“息子”に向けるようなものだったし、声色もなにもかもあまりにも自然だったから騙された。研究者の他に俳優業でも始められては?」
「いざこうも他人行儀に扱われると傷つくなぁ。一つ言っておくけど、今までの僕の態度は演技じゃないよ。前のレオも今のレオも同一人物だと思ってるから、君が感じた感想は間違いじゃない」
「息子の皮を被った他人を実の子と同様に愛していると? 博愛主義もここまで来ると恐ろしいですね」
「他人じゃないさ。君のことも、アリスのことも、僕は自分の子供だと思っているんだ」
「貴方とは話が合わなさそうだ。この一年間、ずっと思っていたことだが」
俺は紅茶を飲みながらそう言うと、「そうかな」と父様は小首を傾げる。
「僕は君が思っているよりもできた人間じゃないよ。レオのことを自分の子供として扱いたいと思ったのも、義務感からでもなんでもなく、僕がそうしたかったからだ」
「それはまた、どうして?」
「“家族”というものに憧れていたんだよ。ずっと」
「幼少期の体験から?」
「きっとそうだろうね。ずっと…ずっと、普通の家族というものが欲しかった。アメリアと結婚した時、そして君たちが生まれた時、僕はようやく自分の帰る場所ができたんだと思った。本当に嬉しかった」
「…」
「君たちをこの腕で抱いた時、どんな子供であったとしても、僕はこの子たちを愛そうと決めたんだ。なにがあったもしても、この温もりをもう手放したくはないとそう思った」
「…俺の言えたことじゃないが、貴方の考え方は歪だ。俺にとってその関係は家族ごっこのようなものにしか思えない」
「そうだよ。君にとっては僕たちの関係はただのごっこ遊びに過ぎないのかもしれない。それでも構わない。どうか危ないことをしないでおくれ。だけど、もし君が行動を起こしたいと思ったその時は、父親として、隣で君のことを守らせて欲しい」
彼の言葉はきっと本心なのだろうと思う。
彼は本気で、俺のことを自身の子供として受け入れ、守ろうとしている。
「…意味が分からないな」
訳が分からないのに、その言葉が真実だと思えるのは、彼と同じ目をした人を知っているからだ。
『…夫は妻を守るものですか? 父親は、母親と子供を守るものなのでしょうか?』
『夫や父親というのは、そういうものだろう?』
ルーカスさんも、貴方も。
『二人を、頼む。…約束だよ』
どうして、そう分からないことばかりを言うのだろう。
「俺は貴方に守られるほど弱くはない」
「だろうね」
「貴方のことを父親だと思うことも一生ない」
「その役として側にいる権利さえもらえれば十分だ」
「その上で、無意味で虚しいだけの家族ごっこをこれから何十年と続けると?」
「うん。僕が墓に入るまでね。長い遊びになるけれど、僕の妄想に付き合ってくれると嬉しいな」
一年以上前、以前の俺から相談を受けていたのなら、記憶を操作するのも難しくなる。その分だけ書き換えてしまえば、この一年の自身の言動と矛盾が生じて脳に混乱が生じるからだ。
ましてや赤の他人のことならまだしも、自分の家族に関わるような重要な記憶ならば尚更。
…ならば、ここで妥協するのも手なのかもしれない。衣食住を保証されるのはこれまでと変わらないのだし、その分の費用が浮けば研究費に回せるのだ。
互いに相手の心の内を知っているのに、変わらず親子の真似事を続けるというのは少々…大分、いや結構、気が進まないけれど。
彼がニコニコと笑って頷いたのを見て、俺は深い溜め息をついた。こうやって穏やかに笑いつつも相手が自分の要求を呑むまで譲らないのが一番質が悪い。
やはりこういうタイプは苦手だと心の底から思いながら、俺は口を開いた。
「俺に特に大きなデメリットはなさそうですし、妄想でも空想でもどうぞお好きに。人前では今まで通りに振る舞いましょう」
「本当かい?!」
「その分、ある程度は自由にやらせてもらいます。子供扱いはやめてください」
「勿論さ! 命の危険があることに関わるのは反対だけど、子供の内に冒険はたくさんしておいた方がいいからね!」
命の危険…なら、まぁ今までのはセーフだろう。
俺自身に危険が及ぶものは少なかったし、今回のような爆弾やら火事やらの騒ぎの場に自ら出ていかなければいいだけの話だ。強制的に巻き込まれた場合はまた別だろうが。
「レオ! 抱き締めていいかな?!」
「嫌です。気安く触るな」
「ありがとう!」
「うわ…」
父様はテンションがおかしくなってしまったらしい。断ったはずなのにガバリと抱き締められて、そのまま頭を撫でられる。
おかしいな。俺はつい先程、確かに子供扱いをするなと言ったはずなんだが。数秒前のことを記憶に留めておけないほど頭が悪いんだろうか。
父様は喜色満面の笑みから、ふと真剣な表情になって俺の両手を握った。
「レオ、約束だ」
「…」
「冒険はいいけれど怪我をしないくらいに程々に。命の危険があると分かったらすぐに逃げること。そして、その時はちゃんと僕を頼ること。いいね?」
「はぁ…」
「今回みたいに火の中に突っ込むのはやめてくれ。心臓がいくつあっても足りないよ」
「…」
「い、い、ね?」
「…はい」
今日は妙に一方的に約束を結ばれる日で、妙によく分からない感情に振り回される日だと思った。