転機 9
「怪我はこれで全部?」
「はい」
「そう。随分と無茶をしたね」
あの後、俺は父様に屋敷へと連れ戻された。マリーさんたちの家に入る際に危険になるからと眠り薬も置いてきてしまっていたし、忘却魔法を使えるだけの魔力も気力も残っていない。
魔力がたまるまで好きにさせようと大人しくついてきたのだが、火の海となった町にいた俺のことを不審に思っているだろうに、父様は特に取り乱した様子もなく、火傷を負った俺の左手の手当をしたり、茶を淹れたりといつも通りに振る舞っているように見える。
「さて」
茶を出されて、そして向かいのソファに父様が座る。
「レオ、君はあの町でなにをしていたんだい?」
「知り合いがいたもので、心配になって」
「あのご夫婦?」
「ええ」
正確に言えばアーラを助けに来たのだが、あの状況しか見ていない父様にはこう言った方が納得しやすいだろう。
「君は賢い子だ。あの場がどれほど危険か、情に流されて走り回ることがどれほど危ないか、分からないわけじゃないよね。レオ、僕になにか隠し事をしていないかい?」
「火の粉が舞うあの場にいたのは父様もでしょう? まさか自分は大人だから平気だとでも?」
「…参ったな。そう言われると言葉に困る」
俺がそう言えば父様は苦笑した。しかし、すぐに真剣な顔になって「そうだね」と頷く。
「ちゃんと腹を割って話そうか。お互いに。自分は隠し事をしているのに相手には話せなんてフェアじゃない」
予想していなかった言葉に俺は目を瞬かせる。驚いた、一方的にしつこく問いただされることくらいは覚悟していたのに。
「まずは、僕の秘密から明かそう。今回の事件は僕の魔法道具が使われているんだ」
「…あの爆弾ですか?」
「うん。前にアンドレの家で爆弾魔が出たことは覚えているかい? あの爆弾も僕が発明したものだ。今回使われたものはあれよりも質がいいものだけど」
あれか、と前世の記憶を取り戻してすぐの頃を思い出す。
父様もアンドレ殿も比較的落ち着いた行動をしていたなと思っていたが、ああいったことに慣れていたのかもしれない。
「僕はたくさんの人から恨みを買っていてね。あの時の爆弾も爆弾魔本人はお金が目的だったけど、爆弾を彼に渡したのは僕に恨みを持つ人たちだった。今までも嫌がらせはたくさん受けてきたけれど、今回は一段と悪質だ」
「町を焼くくらいですからね」
「そうだね。今はまだアンドレや僕しか知らないけれど、いずれ話が広がってくるだろう。これで僕たちはもうあの町に行けなくなる」
そして、父様は「…レオ。君にも悪い知らせだ」と言葉を続ける。
「今回の火事に君の魔法道具も使われている」
「火力石ですか」
「そう。まいた油に火をつける時にね。わざわざ現場に使い終わった火力石を置いていったらしい。できる限り回収はしたけれど、すべて回収できたわけじゃない」
アンドレから連絡をもらって急いで駆けつけたんだけどね、と父様は悲しげに言った。
「それで一つ目の相談は、火力石は僕が発明したことにしないかということだよ。君が発明したということはアンドレやごく少数の人間しか知らない。どうせ爆弾の件で僕はまた国中から非難されるかるね、今更一つくらい罪が増えたところでなにも変わらないだろう。だけど、もしレオの発明品だと公表すれば、僕だけじゃなく君の未来にも傷がつく」
「俺は構いませんが」
「僕が嫌なんだ。どうか守らせてくれ。火力石という素晴らしい魔法道具を作ったという功績を奪ってしまうことになるけれど、それでもその年齢で汚名を背負うよりは生きやすくなるはずだ」
どうしてわざわざそんなことを、とは言わなかった。この一年で彼らがどんな人たちであるかは分かっている。
父様にとって“レオ・アクイラ”と言う息子は、妻や娘と同様になんとしても守りたい存在なのだろう。
「火力石の件はどうぞご自由に。功績や名声にはそれほど興味がありませんので、公表でも隠蔽でも父様にとって都合がよいようにしてくださって構いません」
「そっか。ありがとう」
俺がそう言えば、父様はほっ…と安堵した顔をした。「それで二つの目の相談なんだけど…」と続けようとする彼の話を「代わりに」と俺は遮る。
「父様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なにかな?」
「恨みを買っていたというのは?」
途端に父様は困った顔をした。口を閉じ、視線をさまよわせる。
「…言わなくちゃ駄目?」
「ここまでのことになって、誤魔化せるとお思いで? 腹を割って話してくださるんでしょう?」
「う…。うん、まぁ、そうだよね…」
それからも父様は言いにくそうにしばらく唸っていた。俺が黙って待っていれば、やがて無言の圧に耐えられなくなったのか、「言う…言うから…」とぼそぼそとした小さな声で話し始める。
「僕の魔法道具は、他国の紛争に使われていたんだよ」
父様の話はその一言から始まった。