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とある夫婦の過去 1


私は、幼少期、十五歳まで生きられないかもしれないと言われていた。


外を歩けばすぐに息が切れて倒れ、体調が特に悪い日は手足がしびれて動かずに一日中ベッドの上。なにをやるにしてもこの身体は不便過ぎた。


お医者様は原因は分からないと首を横に振って、心臓か肺が元々悪いのだろうと言った。原因がはっきりと分からないから効果的な薬を調合することもできない。


そんな欠陥品の身体を抱えて私は生まれてしまった。


だから私は物語を読むのが好きだった。ベッドからろくに動けずとも、想像力豊かな作者たちが紡いだ別世界も物語は私を冒険へと連れ出してくれる。私は辛い現実から目をそらすように、毎日、物語を読み続けた。



「マリー。今回の薬はどうだい?」


「…いい感じよ。きっとすぐに効いてくると思うわ」


「そうかそうか。お前が元気になるのなら、父さんたちはなんだってしてやるからな」



優しい親の元に生まれたのは私が持つ最大の幸運のひとつだったように思う。


こんな面倒をかけてばかりな子供を両親は愛してくれた。


だけど、気休め程度にしかならない高価な薬代のために一日中働きづめだった両親は、いつもくたびれた顔をしていた。


もし自分が生まれて来なければ、自分以外の誰か健康な子がこの人たちの子供だったならば、二人はこんな風にならなかったのかもしれないと思うと心臓が握りつぶされるように痛む。


こんな身体で生まれてごめんなさい。迷惑をかけてごめんなさい。


罪悪感を感じない日などなかった。


だからせめて彼らの心労がやわらぐようにと、大して効果を実感しない薬を飲んで「これは効きそうだ」と嘘を吐き、痛みと倦怠感を悟られぬよういつも穏やかな笑みを浮かべるようになった。



「私がなにをしたというの…」



自分だけならばまだいい。しかし、優しくて善良な両親まで巻き込むのはあんまりではないか。時には私は自分の身体を恨み、そしてこんな身体を与えた神様を恨んだ。


そんな私は八歳になった時、ある男の子と出会う。彼との出会いは突然だった。



「一目惚れしたんだ! 僕と結婚してください!」



いつものように読書をしていたら、窓からそうプロポーズされたのだ。花で作られた少し歪な形をした指輪を差し出され、私はキョトン…と呆ける。


だってろくに外に出たことがなかった私は彼のことを知らなかった。話したことさえないというのに、まさか告白だなんて。


こんなこと小説の中でしか起こらないと思っていたけれど、世の中なにが起こるか分からない。


一瞬からかっているのかと思ったけれど、指輪を差し出してくる彼の顔は真っ赤になっていて、その言葉にはきちんとした誠意を感じられた。


彼は正直に私に思いを伝えてくれた。ならばこちらも同じように、誠実に心からの返事を返すのが礼儀というものだろう。



「気持ちは嬉しいのだけど、ごめんなさい。知らない人とお付き合いはできないわ」



私がそう言えば、彼の顔は更に羞恥で真っ赤に染まった。肩がぷるぷると震え、泣き出しそうなのを堪えているのか、目に涙の膜を張ったまま強く唇を噛んでいる。


その哀れな姿に罪悪感でずきりと心臓が痛んだ。



「…どうしても?」


「ええ」


「そうか…」



しょぼん…と肩を落とす彼の姿をこれ以上見ることができなくて、気付いた時には私は「…友達からでいいなら」と言ってしまっていた。


ぱぁっ…と彼の顔が明るくなる。その姿に思わず可愛いと思ってしまった時点で、私は既に彼に惹かれ始めてしまっていたのかもしれない。


こうして私と彼―――ルーカスとの交流が始まったのだ。


彼は飽きもせずに毎日私の家を訪ねて来てくれて、今日一日起こったことを話してくれた。


友達からという約束を律儀に思っているのかあの日以来、告白のようなことを言うことはなくなったけれど、毎回お土産に花の指輪を置いていくのが可愛かった。不器用なのか、少し形が歪んでいるのもご愛嬌だ。



「マリーはいつも笑っているね」



ルーカスはよく私のことを褒めてくれた。


容姿のことから内面のことまで、聞いているこちらが恥ずかしいと思うくらいに褒めてくれので、いつも照れてしまうのだけれど、その言葉は何故か嬉しいと思えなかった。



「マリー?」


「…私、ちゃんと笑えているかしら」



違う。こんなことを言っても彼を困らせてしまうだけだ。


頭ではそう分かっているのに、いつも不満や不安を飲み込んできた分、一度心が緩んでしまうともう駄目だった。


苦しいの。悲しいの。本当は泣き出してしまいたいくらい、自分の身体が大嫌い。


もう平気なフリをするのは疲れてしまったの。ねぇ、誰か助けて。


私が泣きながらそう訴えればルーカスは黙り込んでしまった。あぁ彼に気を遣わせてしまったと後悔するが、涙はそう簡単には止まらない。


そっと背中を優しく撫でられて、「大丈夫」と優しく言われた。



「僕の前では無理に笑わなくていいから。泣いていいんだよ」



泣いていいと言ってくれた。苦しい時は苦しいと言って欲しいと言われた。


人の不満や弱音なんて聞いていて気持ちがいいものではないはずなのに、ルーカスは「僕にはなんでも話して欲しい」と言ってくれたのだ。


お母さんたちは私が苦しそうにしていると、すぐに悲しそうな顔をする。私の症状が少しでも和らぐように慌てて薬を取りに行ってくれたり、身体にいいと言われる料理を作ってくれたりするのだ。


だけどルーカスは少し違って、真剣な顔で静かに私の言葉を聞いてくれる。彼に相談するようになって初めて、私は誰かに話を聞いてもらいたかったのだと知った。


心配してもらいたいわけでも、同情してもらいたいわけでもなかった。ただ、心細くて仕方がないから、隣にいて欲しかった。手を握っていて欲しかった。



「ルーカスはどうして私の話を聞いてくれるの?」


「…? 好きな子のことはすべて知りたいと思うのは変なことなのかい?」



私がそう問えば、ルーカスは不思議そうに首を横に傾げた。



「綺麗な目だなって思ったんだ。君がその目でなにを見て、なにを思ったのか。なにを考えているのか。教えて欲しいと思ったんだよ。僕がマリーの話を聞くのを嫌だと思うはずがないだろう」


「…もう。ルーカスったら」


「分かってるよ。僕らは友達だろう? プロポーズはもっと時間が経って、お互いのことをきちんと知ってから改めてするさ」



ルーカスは最初、私の目が好きになったのだと言う。偶然、窓から私の顔が見えて、その目に自分を映して欲しいと思ったのだそうだ。


私は頬を染めながら彼の言葉に頷いた。


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