転機 5
俺が着く頃には火の手は既に町中に回っていた。
煙と熱に軽い息苦しさを覚えながら、周囲を見回す。町の状況を見て計画的な複数人の犯行だろうかと思った。
一か所で発生した火事ならばこうはならない。少なくとも五か所、同時に起こっているだろう。建物の並び方などを見て、より早く、より広範囲に被害が広がるように考えられているはずだ。
人数はただの勘だが、単独犯にしては手間がかかりすぎている気がする。
いや、それだけではなく…。俺は建物の残骸を見て、これは厄介そうだと顔をしかめた。
「一体なんなんだ…?! 急に空が光ったと思ったら、爆音に響いて…っ?!」
聞こえてきた男の叫びを聞いて、予想が確信に変わる。
爆弾だ。爆発を引き起こす高度な魔法道具が使われている。
また、爆破に加えて、油かなにかをまいて火が回るようにしていたのだろうか。
「しかし、何故、こんな町を…」
どうしてわざわざこんなぱっとしない田舎の町を狙うのだろう。比較的治安のいい、それなりに豊かな町だとは思うが、言ってしまえばそれだけだ。
王都のように栄えているわけでもなければ、有名な歴史的建造物があるような重要な場所でもない。
魔法道具は高価だ。普通の平民であれば手が届くことがない代物。それを使うほどの価値がここにあるのだろうか。
「とりあえず、アーラと合流するか。生きているといいが」
アイツのことだからなにかドジをやらかして大怪我を負っていてもおかしくはない。
鳥を向かわせたから余程のことがない限りは大丈夫だと思うけれど、悪気なく予想外のことを引き起こすのがアーラ・リペラという男。念のため、火の粉が届かぬ場所で大人しくさせておいた方がよさそうだ。
「お父さん! お母さん! ねぇ、どこに行ったの…ッ?!」
「おい、手を貸してくれ!! 誰かが下敷きになっているんだ!」
「痛いよぉ…誰か、助けて…」
パニックに陥る人混みの間を潜り抜けて足を動かす。
迷子になっている子供、建物の下で痛みに呻いている大人、爆弾の近くにいたのか木片が足に突き刺さっている男、身体にひどい火傷を負いどうにか浅い呼吸をする女。
そんな彼らの姿を流し見つつ、足を止めることなく、鳥に案内させた目的地へと向かった。
「レオ君! ちょうどいいところに!! 助けてくださいぃぃ~!!」
俺が彼らの姿を見つけたのは、ちょうどアーラの長い髪に火が燃え移ったところだった。どうやら人形の鳥が随分と努力してくれたようで、可哀想に、鳥はところどころ羽が焼け焦げている。
鳥は今もなお「アーラを守れ」という命令を忠実に守ろうとしているようで、これ以上燃えることがないように、必死にアーラの髪をその鋭い嘴で噛みちぎろうとしていた。しかし、燃えている本人が暴れるせいで上手く噛みちぎれないようだ。
「死ぬぅぅぅぅ!!」
「キィ…」
「痛い痛い痛い! ちょ、髪を引っ張るのやめてくれませんか?! 僕、まだ禿げるのは嫌です! ちょっと早いと思うんです!」
「キ…!」
「大人しくしろですって?! 無理ですって! 髪が燃えてるんですよ?! あ、むり。死ぬ死ぬ死ぬッ!!!」
この光景だけでも、鳥の今までの苦労がうかがえて涙が出そうになる。
だが、まぁ思っていたよりも元気そうだ。髪が燃えていること以外、見たところ大きな怪我はなさそうだし、これならばアリスを呼ぶ必要はなさそうだな。アイツもそろそろ異変に気付いて、屋敷を抜け出していそうだが。
「ご苦労だった。もういいぞ」と俺が言えば、鳥はアーラの髪に噛みつくのをやめて俺の腕にとまる。その喉を撫でて魔力を流してやれば、焼け焦げた羽は元の通り、艶のある美しいものになった。
「ついでにもうひとつ仕事を頼む。この町で不審な動きをする者たちを見つけてくれ。いけるか?」
「キィ」
「いい子だ。頼んだ」
鳥を見送り、俺は未だにぎゃあぎゃあと騒いでいるアーラに近寄る。
「レオ君…!」
「動くなよ」
「へ? あ、痛ッ!!」
アーラの髪を掴み、懐からナイフを取り出して燃えている場所を切ってやる。長さは三分の一ほどになってしまったが、まぁ、どうせまた伸びるのだし別にいいだろう。
掴んでいた髪を離してやると、アーラはぽかん…と呆けた顔のまま、短くなった後ろ髪をぽんぽんと手で叩く。首を横に傾げ、顔を横に何度か振って「頭が軽い…」と呟いた。
「切ったからな」
「切った…」
「あぁ」
「君って本当に思い切りがいいといいますか…事前の相談ってものがないですよねぇ…」
ほへぇ…と間抜け面をさらしているアーラを捕獲し、魔法石を核に、成人男性ほどの大きさがある狼を作り出す。
そしてその背中にアーラを放り投げ、振り落とされないようにバッグに入れて持ってきていた縄で彼の身体を固定してやった。
「適当に遠くへ。五、六時間がたったら戻って来い。あぁ、アーラ。火事で製作途中の作品が焼け落ちたとしても、期限は延期しないからな。今の内に次の作品を書く準備でもしておけ」
え、え、と状況を理解できずに狼狽えるアーラを無視して、「行け」と俺が言えば狼は森に向かって走り出す。「ぎゃぁぁぁ!!」と叫び声が聞こえたけれど、面倒くさいので聞こえないふりをした。
「さて」
狼の姿が見えなくなると、俺は「そういえば」ともう一人の知人がいないことに気が付いた。
「セオドアがいないな。アイツに聞くのを忘れていた」
彼の身体は紙と絵の具だから人の身体よりも燃えやすいのだ。
彼はどうしたのかと同居しているアーラに聞きたくとも、彼はすでに狼の上だ。今更追いかけるのは面倒だし、アーラのことだから、途中で絵を落としたとかそんなところだろう。
「死者を閉じ込めた絵。なくすのには惜しいか」
この中から探し出すのは苦労しそうだな。燃え盛る建物を見ながら俺はぼそりと呟いた。