転機 4
町に行った帰り道、俺たちは両手に大きな紙袋を抱えて森を歩いていた。
「土産をかなり貰ってしまったな」
「うん。手が、いっぱい」
「この量をどこに仕舞うか…」
町での買い物に加えて、マリーさんたちに是非持って帰ってくれと色々と土産を持たされてしまったのだ。ジャムに、ドライフルーツに、余っている薬草をいくつか。
ルークの相手をしてくれたお礼の意味もあるらしい。なんでも俺が来るとルークが引っ付き虫になって大人しくしてくれるからとのこと。俺としては普通に離れて欲しいんだが。
薬草は普通に使うとして、食べ物はどうしようかと頭を悩ませていると、アリスはふと思い出したように尋ねてきた。
「ねぇ、レオの演技って、誰かの、真似? マリーたちの前で、僕って自分のことを言う時」
「…随分と急だな。どうしてそう思う?」
あまりにも唐突な質問に俺は片眉を上げる。俺が他人の前で猫を被るところなんて、今まで何度も見てきただろうに。
「ちょっとした、仕草まで、普段のレオと違うから。誰かを、真似してる、のかなって。前から、思ってた」
アリスの返答に、ふむ…と俺は顎を手を当てる。
前世の幼少期の話をそれほどアリスにしたことがない。話したいと思ったことはないし、話す必要もないと思っていたからだ。
しかし、久しぶりにアイツの夢を見たからなのか、今日は不思議と昔話を語りたい気分になっていた。
「昔、俺はこういうのが不得意でな。相手と交渉したり懐に入って情報を引き出したりというものは、他の奴に任せていたんだ。元々、外面はよかったし、他人に可愛がられやすい質の奴だったからソイツが相手をした方が都合がよかった」
「へぇ…」
「相手の警戒心を解くために演技をする時は、ソイツを参考してはいる。ただそう上手くはいかないもので、笑顔が胡散臭いとよく言われるんだが」
「うん、時々、気持ち悪い、と思う」
「…その返答に対して、俺はどう返すのが正解だ?」
表情筋は完璧に動かしているはずなのだが、何故だが上手く説明ができないが油断できないという印象を持たれてしまう時があるらしい。
今後の課題だとは思っているけれど、今まで直せた試しがないのでもうほとんど諦めている。胡散臭いと思われても、その第一印象のマイナスを埋めるほどの魅力的な選択肢を提示すればいいだけだ。
「その人と、仲、よかった?」
「仲がいいかどうかは分からない。当時はそんなこと考えたことなかったから。…だが、あの場所で唯一背中を預けられる奴だった」
「…!」
「どうした?」
「その人のこと、もっと、教えて欲しい。知りたい」
なにが彼女の興味をひいたのか分からないけれど、アリスは俺の服を引っ張って、続きをねだってくる。
俺は溜め息をついて、まぁこれくらいはいいか…と話し始めた。
「元々は体術もソイツの真似から始めた」
「体術も?」
「あぁ、近接戦はアイツの担当だった。俺も近接ができないわけではなかったが、距離をとって魔法で殺す方が得意だったからな」
「意外」
「今は近接の方が好みだ。殴って蹴っての、力技の法が早く片付く場合がある」
前世では「王らしく高度な魔法を使え」だの、「流石は貧民街の生まれ、足癖が悪くて困るだの」だのと色々と言われたものだ。鬱陶しくてすべて無視していたけれど。
「動く前に足で地面を小突く癖や、手持ち無沙汰の時にナイフを弄ぶ癖まで一緒に身についてしまったのは予想外だったけどな」
「どうして、真似しようと、思ったの?」
「形見になるようなものがなかったから。魔族は長寿だからな、長い時を過ごすと自然と昔の記憶は薄れてしまう。アイツという存在を少しでも長く記憶しておくために、いくつか真似をすることにした」
「まだ、覚えてる?」
「夢に出て、お節介な助言を言ってくるくらいには」
「そっか。レオは優しい、ね」
一体、これのどこが優しいというのか。
優しい?と尋ね返せば、アリスは頷く。
「ずっと、覚えていてあげるのは、優しい、弔い方、だと思う」
予想外の答えに面食らう。
アリスの感性はやはりよく分からない。
「少し話しすぎた。この話はこれで終わりにしよう。…ところで、研究所でも欲しいところだな」
「家敷に作るの? それとも転移魔法?」
「転移魔法は魔力消費が激しい。ほぼ毎日使うものだからな、遠くに作って使う度に転移魔法を使うというのは面倒だ」
「じゃあ、家敷?」
「父様たちに見つからないようにするのがな…。あの人は腐っても研究者だ。結界かなにかで隠すにしても、なにかの間違いで気付かれて結界を解除されたら困る」
「父様、厄介…?」
「この前、人形の鳥を見て、動きが不自然だと呟いていた。怪我をしているのかと思ったようだが、意外と勘がいい」
正直、人形のことを気づかれたのは驚いた。人間の形をしたものに比べて手を抜いているとはいえ、動きも姿も本物の鳥そのもののように作っている。
まだ俺たちの身代わりの人形には気付かれていないようだが、それも時間の問題かもしれない。
「地下に作るにしても、時間と手間がかかる…」
地下室は作るのがかなり面倒なのだ。地下のような湿気のある場所では保存が難しい材料もある。
「まぁ、時間はたっぷりあるんだ。長く時間を過ごすものだから、居心地のよさにもこだわりたい。ゆっくりやることにしよう」
「レオ、今日は楽しかったかい?」
「…?」
「土いじりをするのは久しぶりだろう。疲れたかなと思って」
家に帰って廊下を歩いていると、父様に声をかけられた。
なんのことだろうと首を傾げたが、身代わりの人形が父様と農業をしていたようだ。にこりと作り笑顔を貼り付けて話を合わせる。
「あぁ、いえ、とても有意義な時間が過ごせました。ありがとうございます」
俺がそう言うば、父様は嬉しそうに笑って「そうかい?」と言う。
「レオは農業と魔法道具の開発、どちらが好きなのかな?」
「…農業も魅力的だとは思いますが、魔法道具開発の方が好きですね」
「はは、僕に気を遣わなくてもいいんだよ。だけど、そうか。魔法道具は色々と試行錯誤するのが楽しいよね」
うんうん、と共感するように父様は頷く。なんの話だろうかと思っていれば、「じゃあ、もう一つ質問だ」と続けられた。
「君に魔法と同じくらい、それ以上に、好きなことはあるかい?」
「…父様は?」
「僕? 僕は農業だね! 初めてその楽しさを知った時は、僕は生まれてくる家を間違えたのかと思ったくらいさ! 叶うことなら平穏な田舎の農民として一生畑を耕して生きていきたかったな!」
「…」
「それで、レオはどう? あるかな?」
「…母様とアリスの料理を食べるのは好きです」
「そうか! それは嬉しいね」
食はいいものだよね、と言う父様。
「趣味を、好きなことをたくさん持つのはいいことだ。なにか嫌なことがあった時、好きなものは心を癒やしてくれる。心の拠り所は多ければ多いほど人を強くしてくれるものだよ」
父様は俺の頭を撫でながら優しく説くように言った。
「だから君が魔法以外に、好きなことを見つけてくれたことを僕は嬉しく思う」
俺は不思議に思いつつ、こくりと頷いた。
「おやすみ、レオ」
「あぁ、おやすみ。アリス」
夕食と入浴を終えた後、部屋の前でアリスと別れる。
軽く読書をして、魔法の研究を少し進めれば睡魔が襲ってきた。
人間の身体、特にこの子供の身体は本能に忠実だ。疲れがたまり腹が満たされればすぐに眠くなる。
栄養剤を飲めば寝ずに作業することも可能なのだが、あれは身体への負担が大きいので、普段は控えるようにしている。
今日はここまでかと本を閉じて、ベッドの上に横になる。目を閉じれば、すぐにうとうと…と心地のよい眠気を感じた。そして俺は眠りについた。
―――――『これが幸せというものなのかもしれない』。そう思った次の日に、その幸せが壊される。そういう世界だ。…そんな世界で、腑抜けたばかりに僕は死んだ。
―――――兄さんは僕みたいにならないでね。君には自由がよく似合う。
窓を何度も叩かれる音がする。意識が浮上してすぐに、俺は言語化できない妙な胸騒ぎを覚えた。
窓に目を向ければ、カーテンの隙間からアーラの見張りをしていた鳥がこちらを覗いている。コイツがここにくるということは非常事態が起こったということ。
ベッドからおりて窓を開ければ、すぐに俺は違和感に気付いた。森の奥、町が赤く染まっている。大規模な火事が起こっているのだ。
「アーラの生存は?」
「キィ」
「そうか。よく知らせてくれた。お前はアイツの避難誘導をしてやってくれ。最悪、絵が描けさえすればいい。上半身、特に左腕と頭は守れ」
鳥の喉を撫で次の指示を出せば、鳥は了承の鳴き声を上げた後に翼を広げる。そしてまた空へと旅立っていった。
「落ち着いたと思ったらこれだ。お前の言う通り、忙しない世の中だな。リア」
俺はそう溜め息をついて、上着を羽織り、転移魔法の詠唱を始めた。