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転機 3


アーラの家に行くと、家の主が床に倒れていた。


俺もアリスも慣れたもので、視線を見合わせると「息は?」「ある」「お前の勘で、コイツは毒でも盛られたと思うか?」「ううん。寝てる、んじゃないかな」と安否確認をする。


ただ寝ているだけだと判断した後、俺はアーラの肩を揺すり、その頬をペチペチと叩き始める。数分は眠ったまま痛みに呻いていたが、やがて目が覚めてきたのか「あ、痛ッ! 痛い!」と寝言ではない言葉を言い始めた。



「目が覚めたか」


「はぁい。おはよう…ございます…」


「おはよう。俺はお前がベッドに横になっているところを見たことがないんだが、床に寝るのが趣味なのか?」


「違いますよぉ…。普通にベッドで寝るのが好きです」


「ではこれは?」


「一昨日の夜にインスピレーションが湧きまして…寝ずに作業をしていたら、いつの間にか寝落ちしてました」


「お前の作業方法に口を挟む気はないが、風邪をひいて期限が守れないと言うことがないようにな」



コイツの取り扱いは分かっているので、今更こんなことで苛立ちはしないが、俺が呆れたようにそう言うと、アーラの笑顔がぴしりと固まった。


えっと…あ、っと…と言いづらそうにしているので、「なんだ」と問えば、アーラを目を泳がせながら呟いた。



「…期限っていつでしたっけ?」


「来月末。お前に期限を言うのはこれで十度目だぞ。この前に買ってやった備忘録のノートは?」


「…」


「失くしたんだな」


「本当にすみません…悪気はないんです…。プレゼントはめちゃめちゃ嬉しかったんです…。駄目人間でごめんなさい…」


「お前に渡したものだからどう扱うのかはお前の自由だが。期限を定期的に忘れるのはやめてくれ」


 

物忘れが酷いならば紙に残してみたらどうだと提案したのだが、どうやら物を管理するのも苦手らしい。もっとコイツの性格を考えるべきだったな、と反省する。


話を聞けば、無意識の内にぽんっとそこら辺に置いて、そのまま置いた場所を忘れてしまうとのこと。探そうとしても、その途中で他のなにかに興味が移ってしまって、一時間以上続けるのは困難らしい。



「レオ君! お茶飲みます?」


「あぁ、頼む」


「はい! すぐに淹れてきますね!」



アーラが茶の用意をしにキッチンへ消えていくのを見送り、俺はげっそりとした様子のセオドアに声をかける。


絵の具で描かれた肉体を持つ彼は、普通の人間と同じように痩せたり太ったりすることはないはずだが、疲れた様子の彼はこの短期間で少しやつれたように見えた。



「馬鹿の子守りはもう疲れた…」


「お前も苦労してるな」


「本当に勘弁して欲しい…」



椅子に座って「愚痴でも付き合ってやろうか?」と笑いながら問えば、話し相手に飢えていたのだろう、セオドアはせきを切ったように日頃の不満を話し始める。



「物を頻繁に壊すのはいい。皿を割るのは一週間に一回レベルだし、筆は落としたまま拾うのを忘れて踏んで折るし、食事をしていると思ったら服をベットリと汚すし…まぁ、それはもういい。慣れたし。また買えばいいだけたから」


「あぁ」


「だけどさぁ! 毎日何回も何回も、飽きもせずになにか物を失くして、その度に俺に場所を聞くの! いい加減ウザいんだけど!!」


「アイツらしいな」


「俺は! 君の母親じゃないんだよ!!」



あぁ゙ーッ!! と叫びながら頭をかきむしるセオドア。精神的にかなりキているらしい。


それほど苦しんているのならば無視すればいいだろうに、面倒見のいい性格が邪魔をして、なにかと危なっかしいアーラを放っておけないようだ。


育児ノイローゼ気味になっている彼に「愛情を持って育ててやれ」と冗談を言えば、ギロリと睨まれた。


両手を挙げて敵意はないと伝える。冗談も受け流せないほど余裕がない彼はそっとしておいた方がよさそうだ。


そんな会話をしていると、キッチンの方から大きな音がする。



「あっつい!!!」


「はぁ…また始まったよ…」



大方、湯を沸かして茶を入れようとしたら、手を滑らしてケトルを落としてしまった。そんなところだろう。


キッチンを覗けば、水に浸すこともせず、左手を押さえて悶えているアーラを見つけた。



「えへへへ、火傷しちゃいましたぁ…」



目に涙を溜めながらへらっと笑って言うアーラに、コイツは本当に騒がしいなと溜め息をつく。



「…商売道具に傷をつけるのはよしてくれ。お前が絵を描けなくなると困る。アリス」


「ん。アーラ、手、出して」



アリスに治療を頼んで、怪我を治した後にようやく一息つく。


ソファに座って紅茶を楽しんでいると、ふとアーラがこちらを見て微笑んでいることに気がついた。



「なにをニヤニヤしているんだ」


「いえ、なんか唐突にこういう空気っていいなぁと思いまして。僕は一人の時間が長かったものですから」



俺が首を横に傾げると、アーラは「レオ君に会えてよかったってことですよ」と笑って言った。



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