博覧会 17
“ネイサンへ
これが貴方の元へ届いたということは、私はもう死んでいるのでしょう。
貴方に宛てる、最初で最後の手紙よ。
貴方と過ごした数年間はとても楽しかった。
貴方のことをこんなにも好きになるなんて最初は思ってもみなかったわ。世間知らずの子供としか見れなかったんですもの。
貴方の人柄を知っていく内に、素直すぎて優しすぎる人だと思った。私と真逆の人だと思ったの。
生きていくためには汚いことだってしてきた。決して人に胸を張って自慢できるような生き方はしてこなかった。
そんな私だったから、貴方のことを本当に眩しく思ったわ。どうして人のためにそこまで尽くせるのか不思議でたまらなかった。
だから知りたいと思ったの。貴方が何を考えているのか、何を成し遂げるのか。一番側で見てみたいと思った。
そして貴方は私が隣で歩くことを許してくれた。本当に感謝している。
貴方の近くで見た世界は綺麗に見えた。
自分も綺麗なものになれた気がした。
素敵な夢を見せてくれてありがとう。この世界は自分が思うよりも、理不尽で残酷なことばかりではないのだと思わせてくれてありがとう。
こういう話をあまり貴方にしてこなかったから、どうして今更と思うでしょう。
今まで冷たい態度ばかりとってきたものね。
本当は、せっかくの最後なのだから、思いっきり恨みを吐いてやろうと思ったの。
優しい貴方なら自分の責だと受け止めて、一生苦しんでしまうような、そんな置き土産を贈ってあげようと思った。
でも、できなかった。ペンが動かなかった。
それくらい貴方と過ごした数年間の思い出は、綺麗なものばかりだったから。それを汚すのは惜しいと思ってしまった。
それにね、最後に貴方が記憶する私も綺麗なものであって欲しいと思ったから、こういう手紙を書いたの。
つまり嫌がらせよ。私を忘れないでいて欲しいという馬鹿な女の嫌がらせ。
悪い大人に捕まったわね、お坊ちゃん。せっかく忠告してあげたのに。
でもね、私は貴方に脱け殻になって欲しい訳じゃない。ましてや、自分の後を追って欲しいとも思わない。
私はもう貴方の横を歩くことはできないけれど、貴方が一人で歩いていけることを知っているわ。
だから、貴方の重荷になるものは、できる限り残したくないの。この手紙も読み終わったら燃えて消えるように細工してある。
私との思い出と、私の言葉を信じて生きていって。それ以外のものは捨ててちょうだい。
貴方には、貴方にしか成せないことがある。それを成し遂げるまでは後ろを振り返らないで。
シワシワのお爺ちゃんになって、「いい人生だった」と自分のことを嫌いな貴方がそう言えるようになってから、また会いましょう。
その時は、紅茶でも飲みながらゆっくりと話すわ。私の秘密とか色々ね。きっと退屈しないわよ。
貴方が歩む未来が、少しでも明るいものになるように祈っている。
愛しているわ、ネイサン。”