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博覧会 16 (三人称)


星空が広がる草原にモナは立っていた。


見覚えのある光景にモナは「どうしてここに…?」と驚いた声を上げる。


ついさっきまでモナがいた場所だ。またレオに連れて来られたということだろうか、しかし、何のために…?


その時、遠くに人影らしきものが見えた。レオではない。大人の女性だ。


月にかかっていた雲が流れ、辺りが月光で明るくなった。女性の髪が風に揺れる。



「お母さん…?」



気付いた時には駆け出していた。


息が上がる。何回か転びそうになるが、それでも少しでも早く彼女の元に行きたいと、足が傷つくのも構わずに走る。



「お母さんっ…!!」



それは記憶の中の母そのものだった。


「モナ」と優しく名前を呼ばれ、メリッサが両手を広げる。モナは勢いよく母に抱き着いた。



「お母さん…ずっと、会いたかった…」



声も、姿も、香りも記憶の母のものだ。


忘れるはずがない大好きだった人。


子供のようにぼろぼろと涙を流すモナにメリッサは「泣き虫さんね」とからかうように笑った。



「よく頑張ったのね」


「…うん」


「私が死んだ後、一人で生きていくのは大変だったでしょう」


「…人に恵まれたの。私一人じゃ生きていけなかった。村の人たちもよくしてくれて、大人になってからもね、ジェシカっていう子が親友になってくれた。皆から支えられて私は生きてこられたのよ」


「そう、素敵な人たちね。貴方がひとりぼっちじゃなくて本当によかった」



メリッサは優しくモナの頭を撫でた。


あぁこういう人だったと彼女の腕の中でモナは安堵の息を吐く。


復讐を望むような人でも、人の不幸を望むような人でもなく、自分の人生は不幸だったと嘆く人でもなかった。


どんなに大変なことが起こっても「面白くなってきたじゃない」と不敵に笑って、あっという間に問題を解決してしまう。礼儀にはちょっと厳しくて、怒ると怖い。


でもちゃんと自分が努力したら「よく頑張ったわね」と褒めてくれる、強くて優しい人だった。



「お母さん」



モナでもメリッサでもない声だった。


モナが驚いて後ろを振り向けば、小さな少女が少し離れたところに立っていた。


二人と同じ髪色をした少女だ。



「貴方は…」


「お母さん」



少女はもう一度モナを見つめて母と呼ぶ。モナは息を呑んだ。彼女は自分が殺した子供なのだと理解したからだ。


モナはどう言葉をかけるべきか迷い…そしてメリッサが自分にしてくれたことと同じように両手を広げ、「おいで」と優しく呼ぶ。


少女はおずおずと近づいてきて、遠慮するように少しだけモナに身体を預けた。この子は無邪気に母親に駆け寄ることもできないのか――そう胸が苦しくなる。


この子をこうさせてしまったのは自分なのだ。


モナは彼女を力いっぱいに抱きしめ、そして「ありがとう」と言った。



「私の娘になってくれてありがとう。…愛してあげられなくてごめんね」



叶うことならこの子を普通に愛してあげたかった。



「お母さんも一緒だから。貴方のことは私が守るわ」


「…うん」



モナがそう言えば、少女は嬉しそうに微笑む。ぎゅっとモナを抱きしめ返してくれた。


その時、三人の身体が光に包まれる。


指先から光の粒に変わり、それは空へと上って消えていく。



「時間みたいね。モナ、そして貴方も一緒に行きましょうか」



メリッサが落ち着いた声でそう言った。


幻想的な光景だった。暗闇の中で優しく輝く光が飛び交い、自分たちをあるべき場所へ導いてくれる。


恐ろしくはなかった。隣には大切な人たちがいてくれて、自分に微笑みかけてくれる。


「そうね、行きましょうか」と言いかけてモナは思い出したように後ろを振り返った。そこには暗闇が広がるばかりで、人の気配はない。


しかし、彼はそこにいるのだろうと信じてモナは口を開いた。



「最後に優しい嘘をありがとう。私の小さな死神さん」



隣に立っていたメリッサが驚いたように目を丸くしたのが分かった。モナは悪戯が成功した子供のように笑う。嘘を見破るのは昔から得意なのだ。


身体が光に変わっていき、穏やかに空に消えていく。あぁいい人生だった――そう満足そうに笑って。



そしてモナ・アーネットは静かに息を引き取った。



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