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モナ・アーネットの過去 6



「また来たの?」


「うん」


「泊まりはもう無理よ」


「分かってる」



お坊ちゃんは週に二、三回来るようになった。


こんなに頻繁に来て、家の人は何か言わないのかと尋ねれば、「両親は気付いてない。使用人には口止め料を渡してる」と平然と言うので放っておくことにした。



「ここの料理って美味しくないよね。何て言うか…食べれればいい、みたいな適当な味」


「その口を閉じなさい」


「…いひゃい」


「これが庶民の味よ。安っぽい味で悪かったわね」


「そこまでは言ってないけど」


「酒も飲めないお子様は黙って食べてればいいの」



酒の代わりに紅茶や料理を出す。美味しくない、と文句を言う彼の頬を軽くつねれば、彼は黙々と食べ始める。


気が向けば適当に相手をしてやり、気分がいい時は相談にものってやった。


そんな交流が数ヶ月続き。



「どうせ僕なんて…」



私は改めて思った。このお坊ちゃん、本当に面倒臭い。


酒が入っていないというのに、紅茶を飲みながら自虐的な言葉を吐き続ける彼を見ながら、どうしてこう暗いのかしら、と私は呆れる。


自己肯定感が低い。自信がない。謙虚と言えば聞こえはいいが、ここまでくると卑屈と言っていいだろう。



「貴方のネガティブ発言どうにかならない? 聞いているこっちも気持ちが沈んでくるわ」


「だって…」


「はっきり言って面倒臭い。相手をするのも面倒。今すぐ帰って欲しい」


「…嫌だよ。家で話を聞いてくれる人なんていないんだから」


「使用人を捕まえて話し相手にしたら? 聞き流すだけでお金がもらえるなら、喜んで聞いてくれるでしょ」


「どうせ僕が持ってるのはお金だけ…お金なんてあってもいいものじゃないのに…」


「今の一言でこの世の貧乏人、ほとんどを敵に回したわよ。歯を食いしばりなさい。殴ってあげるから」



少し気分が沈むことがあれば、自分はこれだから駄目だ、やっぱり何もできないんだ、などと言い始める。


最初の頃は我慢していたがそろそろ限界だ。


自分には関係ないことだと放置していたが、ここまで頻繁に話すようになると自分にも影響が出てくる。


周りにネガティブな人間がいれば、無意識の内に自分の思考も引っ張られるというもの。もはや他人事ではない。


我慢が限界に達した私は決意した。


コイツの性格を矯正しよう、と。無理矢理にでも。



「貴方、何が嫌い?」


「嫌い…? 食べ物のこと?」


「食べ物でも飲み物でも、怖いものとかでもいいわ」


「虫は嫌いだけど…」


「虫ね。了解」



そんな会話をした二日後。何も知らずに、のこのことやって来た彼の前に箱を置く。



「ジェニー。それは…?」


「貴方がネガティブな発言をする度に、料理にこれを混ぜるからそのつもりで」


「カサカサって音がするんだけど…?」


「まだ生きてるもの。大丈夫よ。私の生まれた村では食用にもなっていたものだから、食べれると思うわ」



私は箱を開ける。中を覗き込んだお坊ちゃんは悲鳴を上げた。



「…っ?! …!!」


「本当に苦手なのね。よかった。罰としての効果はありそうだわ」



それの足を指で摘まんで、お坊ちゃんの目の前で揺らす。彼は声に鳴らない悲鳴を上げて身体を震わせる。



「料理に混ぜるって?! 馬鹿じゃないの?! 客の僕に?!」


「嫌ならもうこの店に来ないことね。貴方の愚痴に付き合わなくてよくなるし、私にとっては万々歳だわ」


「…客に虫を食わせる店って悪評が立つよ」


「あら。この町で噂を広げられるだけの伝手が貴方にあるの? 私以外にろくな知り合いもいないって知ってるのよ。それとも実家の力でも借りる? 夜遊びしてるって自白するようなものだけど」


「卑怯だ…」


「私の敵になる覚悟があるならやってみなさい。あることないこと町中に言い触らして、二度とここを歩けなくしてあげる」



人の秘密や弱みを握るのは得意なのよ、と微笑めば、彼は絶望の表情を浮かべた。



「僕なんて暗いし、愚鈍だし…」


「はい。一匹」


「待って待って!! 違うっ!! 言い直すから!!」


「もう一度」


「ソレデモ、不器用ナ僕ナリニ、頑張リマシタ…」


「よろしい。それはそれとして、勿体無いから飲んでね」


「嘘でしょ…」


「私も半分飲んであげるから。加熱して殺菌はしてるし大丈夫でしょう」



こうして私の矯正計画は始まった。



「ジェニーちゃんたち、楽しそうだねぇ。何をやっているんだい?」


「虫を食べさせられてる…痛っ?!」


「この人、ジュースしか飲めないお子様なの。だから特別にお子様メニューよ」


「特別メニューってこと? へぇ、俺にもサービスしてくれる?」


「そんないいものじゃ…痛い!!」


「勿論。でも、貴方にはもっと素敵なものをご用意するわ。いつものお酒にこういうアレンジはどう?」


「美味い…俺好みの味だ。気が利くねぇ」


「僕にはそんなサービスしてくれたことな…ごめんなさい。もう言わないから足を踏むのを止めて」


「いえいえ。気に入ってもらえてよかったわ」



…自分でも何故ここまで付き合っているのだろうと不思議に思う。家のことも名前も知らない、面倒臭い相手に。


彼と私はきっと生まれた世界が違いすぎる。この交流だって彼が興味を失えばすぐに途切れてしまうような、脆い関係なのだ。


すぐに赤の他人になる。どれだけお節介を焼いたところで、どうせ忘れ去られる。私が今やっていることは意味のないものだ。



「ジェニー? どうかしたの?」


「…何でもないわ」



そう分かっているはずなのに、私は何故か彼のことを放っておけなかった。



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