魔王と聖女の転生日記 16
「火力石なんてどうだろう?」
父様の提案で、俺の魔法石を使った道具は火力石という名前になった。アンドレ殿はその火力石を眺めながら、
「坊っちゃんは他にもこのようなものを作れるのですか?」
と尋ねてきた。
「可能です。しかし、アイディアがありません。何せまだ世間も知らない子供ですので。アンドレ殿は普段の生活の中で何か欲しいと思ったものはございますか?」
「ふぅむ…そうですなぁ…」
この世界の人間たちが便利だと思うものがどんなものなのか俺にはよく分からない。火力石だって、火をつけたいならば魔法を習った方が良いのではないかと思う。
アイディアがあるのならば、是非とも欲しいものだ。
「商人ですから、私は色々な所へ旅をすることが多いのです。その時にどうしてもぶつかる問題があります」
「それは?」
「綺麗な水が飲めないことですよ。この地域は水が綺麗で、そのまま飲んでも甘露で美味いですが、他の地域ではそうはいかない。場所にとっては泥水しかないところもありまして。そういう場所の水は不味くて飲めたものではありません」
アンドレ殿は紅茶が入っているティーカップを机から持ち上げる。綺麗な透き通った茶色の液体を揺らし、そして美味そうに飲んだ。
「こんな風に紅茶にしても、水の匂いは悪いものですから楽しめませんな」
水、水か。どんな生き物でも生きていく上で必ず必要なものだ。場所によっては池や井戸の水が汚染されていて、病気になり身体を蝕む場合もある。それほど水とは生物にとって重要なもの。
アンドレの話を聞きつつ、俺はどのような商品にするべきか考えた。飲み水に適した水を持ち運ぶのは駄目だ。荷物が重くなる。では、液体を軽く携帯できるものは?いや、それよりも…。
「水を浄化…」
泥水でも、アンドレ殿の言う甘露な良い水にできる魔法具。そんな商品が望ましいだろう。
「分かりました。アンドレ殿のお話を参考にそのようなものを考えてみます」
その夜。俺はアンドレ殿に早速頼まれた火力石百個を製造した。それに加えて、母様に約束した分も。
父様に新たに魔法石を買ってきて貰い、それを砕いて一つ一つに魔法式を刻み、俺の魔力を込めていく。
一時間ほど経って、漸く作業を終えることができた。これは一気に大量生産できないのが難点だな。今後はその方法も考えていこう。
「これで終わりか。一つに入れる分は多くはないが、この数は少しは減るか」
目を閉じて、自分の身体に巡る今の魔力量を確かめる。やはり減っている。減った魔力は…一割未満ではあるが、火力石百個でこれとなると、もし何千個の注文が入った時はかなり減ることななるだろう。魔力は自然に時が経てば回復していくものだが、もし今の状態で何者かに襲われた場合はどうなるか。
そこらの大人には負けることはないだろうが、現実は予測不可能なことが頻繁に起こるものだ。魔力量が減っていることで、俺が負けることもあり得るかもしれない。
(やはり…必要だな)
俺は魔力石を少し大きめに砕き、その少し上の所に小さな穴を開ける。その穴に用意していた紐を通し、首からかけられるようにした。
そして、その魔力石に火力石とは違う式を刻んでいく。
"魔力を溜める"、"使用者の意思で魔力を解放する"、"吸収する魔力は限定しないが、解放できる者はレオ・アクイラのみとする"
俺が用意した対処法は、あらかじめ必要な時に十分に使えるように魔力を溜めておくことだ。これは魔法具を大量に作らねばならない時や自分の保持する魔力だけでは足りない時に解放し、利用するもの。
これをつけていれば、自然にこの魔法具に魔力は溜まる。
日々の生活をしながら、魔力が削られていくことによるこの身体への悪影響は分からないが、それはこれから確かめていくしかないだろう。