モナ・アーネットの過去 1
幼少期の穏やかな日常のある日。雲一つない晴天の日だった。
「お爺さん、何しているの?」
「いやいや、何でもないよ。あっちへお行き」
近くに住むお爺さんが、妙にこそこそとした動きで荷車から何かを下ろしていた。私はその動きが気になって、お爺さんの側まで走っていって尋ねたのだ。
彼はビクリと肩を震わせた後、子供の私を見てほっ…と安堵した顔をした。大人の誰かに見られることを恐れていたのだろうか。
「ふふ。大人の人だと思った?」
「モナちゃん。儂は忙しいんじゃ。こんな老いぼれなんて気にせず、野原で遊んできなさい」
「でも何か隠したでしょ? ねぇ、何を隠したの?」
「あ、こら!」
子供だと気を抜いていたお爺さんの手から、大きな包みを奪い取る。そして急いで包みを開けた。
出てきたのは古びた皿だった。もっと面白いものが入っているとばかり思っていた私は、なんだ、と肩を落とした。
「なぁに? このボロいお皿」
思わずそう言えば、お爺さんは一気に不機嫌な顔になった。
「ボロいとは失礼な! それはアンティークというんじゃ。骨董品のよさが分からぬとは、やはり子供だのう…」
彼がそういった時だ。「骨董品だって?!」とお爺さんが皿を運び込もうとしていた家から大声が聞こえてきた。
バンッとドアが乱暴に開いて、眉を吊り上げたお婆さんが出てくる。お爺さんは恐怖に飛び上がった。
「アンタ、また買ってきたのかい?! 家の中に山程あるだろう?! そんなものを買うへそくりがあるなら家に入れな?!」
「あっ、違うんじゃ。違うんじゃ婆さん。これはのぅある国の貴族様も使っていたという噂があるお宝で…これに比べれば他のものなんてガラクタ同然での…」
「じゃあ家にある残りを全部売り払っても問題ないね?!」
「駄目じゃ…堪忍しておくれ…この通りじゃ…」
「何度言えばその頭に覚えるんだい?! 無断で買い物をするなと説教したのは何回目だと思っていているの?!」
「…五回目?」
「二十三回目だよ!!」
どうやらお爺さんは、妻に内緒で骨董品を買い漁っているらしい。疑問が解消された私は興味を失って、夫婦喧嘩の場からこっそりと立ち去った。
その夜。お母さんにこっぴどく叱られた。
「モナ! また近所の人に言われたわよ。他のお家の事情に無闇に首を突っ込んじゃいけません」
「だって…あのお爺さんが隠すんだもの…」
私がこういったことは起こすのは一度や二度ではなかった。人の秘密や不思議なことを見つければ、それが何なのか知りたくて堪らなくなるのだ。
分からなければ分かるまでつけ回し。どんな秘密なのだと尋ね続ける。追いかけ回される本人の都合などお構い無し。それが私の悪い癖だった。
「秘密が気になるのは分かるわ。でもその人が知らせたくないことを無理矢理、暴くのはよくないことでしょう」
「うん…ごめんなさい…」
叱られて萎れる私の頭を、お母さんは撫でてくれた。
「沢山気になることがあるのね。真実を見つけたい! って思った時の、モナの行動力にはいつも驚かされるわ。その行動力が他の方面にも発揮されればいいのだけど…」
お母さんはお説教の後、いつもそう苦笑していた。
私の家には宝物があった。滅多に贅沢なんてしないお母さんが唯一持っているアクセサリー。
「お母さん。この指輪は何なの? キラキラだね」
高そうな宝石がついた指輪。リングの部分にも細かい細工があって、子供の目から見ても高価なものだろうということは察しがついた。
戸棚に隠されるように置かれていて、それを見つけた時に私はワクワクした。こんな素敵なものがあるなんて、と。宝探しで宝物を見つけた気分だったのだ。
でも目を輝かせる私とは対照的に、お母さんは表情を曇らせた。
「…これはお母さんの秘密」
私の手からそっ…と宝石を取り返して、「小さな名探偵さん、この秘密だけは暴かないでちょうだいな」と優しく語りかける。
「…教えてくれないの?」
「ふふ。怒った顔」
不満げに頬を膨らませる私。彼女は私の頬をつつきながら、ころころと笑った。
「貴方は幸せになりなさい。何も知らないままでいいのよ」
これもお母さんの口癖だった。