博覧会 12 (三人称)
数日後。
窓からコツコツと音が鳴った。本を読む手を止め、モナは顔を上げて窓の方へと近付いた。鳥が窓枠に止まっている。
「鳥…?」
モナが近寄っても、逃げる素振りがない。その鳥の足を見れば、小さな小包がくくりつけられている。
それを見てピンときた。あのアクイラ家の子供からだろう。どんな方法なのかは知らないが、大人の姿に見せることもできるのだ。
こんな珍しい送り方をしてきても彼ならばおかしくはない。
「鳥で運ばれてくる贈り物だなんて。物語の中だけだと思っていたのだけど」
渡し方はどうするのかという話になった時、こちらでどうにかするとは言っていたが。これは予想外だった。
モナが小包を外せば、役目を終えた鳥は頭を軽く下げてから空へと飛び立つ。小包の中には、小瓶とメッセージカードが入っていた。
"手渡しでお贈りしたかったのですが、妹に捕まりました。このような渡し方になってしまい申し訳ありません。また日を改めてお伺いします"
意外に思って、目をしばたたかせる。
「妹…?」
博覧会でのことを思い出す。そう言えばアクイラ家には子供が二人いたはずだ。双子だと聞いていた。
博覧会でもアレク・アクイラの近くに、銀髪の少女がいた。あれが妹だろうか。
「大人びて見えたけれど、妹には弱いのかしら。可愛い一面もあるものね」
メッセージカードはモナが読み切ると同時に、燃えて灰となった。自分が関与している証拠を残さないために、何らかの仕掛けをしたのだろう。
随分と慎重なことだ。妙に感心してから小瓶の蓋を開ける。無色で匂いはない。外見だけならばただの水に見える。
毒殺で注意すべき点の一つは、色や匂い、味で毒に気付かれないかどうかだが、これならば少なくとも見かけで気付かれることはないだろう。
「問題はどう入れるか…」
ネイサンを殺そうと決めた時、最初に思い付いた方法は暗殺を他人に依頼することだった。金に困っている平民の一人にでも声をかければ、共犯者は用意できる。
しかし、すぐに止めた。他人に殺害を任せたらどこかで情報が漏れる、と自分がよく知っているからだ。
その点であれば毒を依頼することも同じなのだが、アクイラ家の子供はそもそも疑いをかけられるような立場にいない。
暗殺に子供が関わっているなんて普通は考えないし、自分との接点もあの博覧会だけだ。
問い詰められる可能性がほぼなく、話すだけ不利になるだけなのだから、無闇やたらに秘密を漏らすことはないだろう。
そして、毒を誰が入れるか。毒の入手ではいい相手が見つかったものの、ここで他の人間に頼れば意味がない。となると、やはり自分で入れるのが確実だろう。
料理はまずさせてもらえない。料理器具など持った瞬間に、淑女のやることではないと取り上げられるだろう。
では使用人に扮して入れるか。これもバレる危険性が高い。ネイサンだけでなく、使用人のほぼ全員に顔が知られている。使用人の真似事など何のつもりなのか、と問い詰められたら言い逃れが難しい。
「残りはまぁ…夜の相手をしている時くらいなのよね」
犯人だと疑われやすくなるし気は進まないけれど、とモナは面倒臭そうに言った。
それから何日かタイミングを伺ったが、なかなか機会は訪れなかった。
普段は今ならばと思えるタイミングが多くあるというのに、いざ準備が整うと来ないのだ。世の中はままならないものだとは言うが、どうしてこうも上手く行かないのだろう。
そんな歯痒い思いをしたまま、時間だけが過ぎて行った。
「ジェニー様。このようなドレスなどいかがでしょう? きっとお似合いになると思います」
「いらないわ」
ストレスが溜まっていたせいだろうか、使用人に話しかけられた時、つい冷たく当たってしまった。
すぐに萎縮して不安げな顔をする相手を見て、罪悪感がつのる。「…強く言い過ぎたわね」モナは口を開いた。
「最近、イライラすることが多いの。原因の心当たりはあるにはあるのだけど、それを抜きにしても落ち着きがないわね。ごめんなさい」
「い、いえ! そんなことはっ!」
使用人は勢いよく首を横に振る。そして、心配げな声で「あの。ジェニー様は今日も昼食を召し上がらないのでしょうか?」と尋ねてくる。
「…? ええ。食欲がなくて」
少し前から食欲が減り、食事の量が減ってきていた。
ネイサンに見つかれば「どこか身体の調子が悪いのかい?!」と騒がれることは目に見えているので、できる限り彼の前では食べるようにしているのだけれど。
そうですか…と使用人の彼女は、何やら考え込んでいる様子で呟く。今更確認するようなことかしら? とモナは不思議に思いつつ深くは尋ねないことにした。