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博覧会 8


初日の博覧会は午後八時まで開かれている。


多く訪れていた観客たちも、今は閉館間近ということもあってか数は減っている。


閉館の時間まで残っていた彼女は、一人、外で星を眺めていた。俺はその背中に声をかける。



「失礼。貴方の落とし物ではありませんか?」



そして、手に持っていたハンカチを差し出す。彼女は突然声をかけてきた俺に、不審そうな顔をして「いいえ。私のものでは…」と断ろうとした。


そして、受け取ったハンカチに紙が挟まっていることに気付き、目を丸くする。



"何かお困りですか? 人に言えない悩みでも"



紙にはそう書かれている。



「ごめんなさい。私のものだったみたい。是非お礼がしたいわ。こちらに来てくださる?」


「ええ。勿論」



誘われるまま庭園へと向かい、会場にいる観客たちの目に届かない場所で立ち止まる。「さて」と怪訝な面持ちで彼女は口を開いた。



「どちら様かしら? 失礼だけど、貴方のような男性は存じ上げていないわね」



俺は笑みを浮かべ、右手に胸に当てて会釈をする。



「ライアン・コリンズと申します」


「偽名でしょう。正体不明でミステリアスというのも魅力になるとは思うけれど、もっと貴方のことが知りたいわ」



おや、と俺は意外に思う。簡単に騙せると思ったんだけどな。



「すぐに嘘だと指摘されたのは久しぶりです」


「こういうのには鼻が利くの。私も似たようなことをしているしね」



彼女は微笑んで「本名を教えていただける?」と再度尋ねる。これは二回目も誤魔化せなさそうだ、と判断した俺は本当の名前を名乗ることにした。



「では、改めて。レオ・アクイラと申します」


「…何の冗談かしら?」


「何故そうお思いに?」


「ふざけているの? アレク・アクイラの息子は六歳だったはずよ。貴方のような青年ではない」



そして、彼女よりも背が高い俺を見つめ「まさかその身長で、六歳だと言い張るのかしら?」と冷ややかに続ける。


まぁ、この姿でそう言われても信じれないだろうな。分かりきっていたことなので、俺は指を鳴らして、自分にかけていた魔法を解いた。


幻覚魔法が解ければ、彼女の前に立っているのは幼い子供だ。彼女は少し怯えたように、表情を強張らせる。



「これで信じていただけたでしょうか?」


「…確かにその姿なら六歳と言われても納得するわね。どんな仕掛け?」


「こちらが本当の姿ですよ。流石に子供の身で声をかけてもあしらわれるだけだと思いまして。騙すような真似をしてしまい、申し訳ありません」



夕方、父様たちが帰ろうと言い始めた頃に、人形と入れ替わり、それからはずっと幻覚魔法をかけて会場に残っていたのだ。


ちなみに幻覚で見せていたのは、前世の自分の姿。人間で言えば、十代後半から二十代前半くらいの年齢に見えるだろう。


親も連れず、子供がずっと博覧会に残っていれば普通に目立つ。魔力は消費したが、迷子だと大人たちに構われるよりは楽だろうと思ったのだ。



「…オーケー。取り敢えずは貴方を本物だと仮定しましょう。それでアレク・アクイラの息子が、私に何のご用かしら。迷惑だと文句をつけにきたの?」


「話をしに来ただけですよ。僕としても、あまりあの家に手を出されたくないというのが本音ですので。住み心地がよくて気に入っているんです」



そう怯えないでください、と俺は苦笑する。


蛇の道は蛇と言うべきなのか、人を殺せる側か殺せない側なのかは見れば何となく分かる。


そして、彼女は殺せる側の人間だ。自分の手が汚れても構わない、と腹を括っている。少なくとも今は。


アクイラ家では衣食住が保障されているし、ストレスが少なく、好きなこともやれている。俺も今の生活をそれなりに気に入っているのだ。


かといって、手を出される前にさっさと殺そう、なんて考えは今のところない。できれば話し合いで平和的に解決したいものだ。



「…悪夢の子は、ただの子供じゃなかったわけね。嫌なものに関わってしまったわ」


「何者か、と尋ねないんですね」


「謎というのはとても魅力的だわ。でも行き過ぎた好奇心は身を滅ぼす。厄介なものには関わらない。それが私なりの処世術なの」


「貴方自身も、厄介なものを行おうとしているのに?」


「…あれは話が別よ」



詳しい依頼内容は知らないが、父様があれほど関わることを嫌がるくらいだ。ある程度予想はつくけどな。



「…貴方。貴方なら、アレク・アクイラの代わりになるかしら」


「どのようなご相談でしょう?」


「解毒剤がなくて、毒だと思われない致死性の毒が欲しいの。そして…血を見なくて済むもの。吐血とかはなしよ。作れる?」



へぇ、毒殺か。髄分と回りくどいことをする。



「思い当たるものはあります」


「素敵。貴方は人を殺したくないとかいう、ご立派な信念は持っていないのかしら?」


「どう思います?」


「…こちら側ね。信頼できそうだわ」



満足そうに顔を綻ばせ、彼女は右手を差し出してきた。



「まずはごめんなさいね。貴方の噂を広めたこと。依頼するかどうかは別としても、信頼できる人とは良好な関係でいたいわ。水に流してくださる?」


「構いませんよ。元から気にしていませんから」


「ありがとう。私はジェニー・ストーン」


「偽名でしょう?」


「ふふ。冗談よ。それが今名乗っている名前。本名はモナ・アーネット。よろしく」



自分も手を差し出し、握手を交わす。「こちらこそよろしくお願いします」と俺も微笑んだ。




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