表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/205

博覧会 7


「父様。恨まれている、というのは?」


「さっきの人のことは忘れていいよ。人をからかうのが生き甲斐のような迷惑極まりない人だから」



父様から詳しく聞こうと思ったのだが、はぐらかされてしまう。やはり俺やアリスが知らない事情があるようだ。



「珍しいですね」


「…何がだい?」


「いえ、父様が嫌悪感を表に出すなんて珍しいなと思いまして」



基本的に穏やかな人だ。物腰は柔らかいし、普段ならば不快に思うことがあっても、ここまで露骨に嫌がるような顔はしない。


本当に珍しい、とただ驚いただけなのだけれど、父様はその言葉をどう受け取ったのか、申し訳なさそうな表情を浮かべた。



「………ごめんね。ピリピリしていて。せっかくレオもアリスも楽しみにしていた博覧会だというのに。楽しまなくてはね」


「それは構わないのですが…」



会場を回っていると、周りの人間たちがこちらの様子を伺うような視線を向けてくる。


「悪夢の子」「可哀想な子」「例の、噂の」


俺と父様を見つめ、そんな言葉を囁いている。


悪夢はアリスから話を聞いたから分かる。だが、可哀想とはどういう意味だろうか。


悪夢の内容が俺の前世のものであるならば、父様には全く関係ないはずなのだけれど…。


父様はその後も、時々誰かを探すように周りを見渡すという行動を見せていた。そして、はっとした顔をして立ち止まる。



「父様?」


「ごめん。ちょっと知り合いがいたみたいだ。レオはアリスたちと回っていてくれるかい? 僕もすぐに行くから」



そう言い残して、早足で去っていく。


さて、どうしようか。言いつけ通り母様たちと行動してもいいのだけれど、ここまで隠されると逆に気になってくる。


母様とアリスの方を振り返れば、展示品に夢中のようだ。今ならば少しくらい離れても気付かれないだろう。


俺は父様の後を追うことにした。


父様が話しかけたのは、若い女性だった。プラチナブロンドが印象的な女性だ。


父様は彼女に声をかけて、二人は人気のない外へと出ていく。おや…と俺は意外に思った。


へぇ、若い男女が二人きりとは。母様に誤解されても仕方がない行動だが、もしや隠し事とはそういうことなのだろうか。予想とは違ったけれど、それはそれで面白そうだ、と思って見つからないように後をつける。



「何か私にご用?」


「しらばくれるのは止めてくれるかな」


「まぁ、覚えていてくださったのね」


「本題に入らせてもらうよ。君の仕業だろう? レオの噂を広めたのは」



物陰から聞き耳を立てていると、そんな会話が聞こえてきた。



「あら、嫌だわ。私がしたっていう証拠でもあるの?」


「…」


「ふふ。冗談よ。そう、依頼を断った腹いせにね。ちょっと私の社交界での影響力を知ってもらえたらなと思ったの」



女性がおかしそうに笑う。



「使用人はちゃんと教育しておいた方がいいわよ。主人が舐められてると、あの人たちは何でもペラペラ話すもの。仕事を辞めた後でも情報を漏らさないように、ちゃんと釘を刺さないとね」


「…僕のことは"人殺し"でも何でも好きに呼んだらいいさ。でも子供を巻き込むのは筋違いだろう」


「ええ。そうね。可哀想な子。親が馬鹿なせいで苦労してる。世間から白い目で見られてしまう。年頃になっても噂が尾を引いて、縁談には苦労するかもしれないわね」



…なるほど。話を聞くに、使用人から聞いた話を広めたのは彼女らしい。そして、以前父様は彼女から依頼を頼まれたことがあり、それを断ったせいでこうなっていると。



「もう一度聞くわ。私の依頼、受けてくれないかしら」


「断るよ」



迷う素振りもなく、キッパリと父様は女性の頼みを断った。気を悪くした彼女は眉根を寄せる。



「…次は、噂で済ませる気はないわよ?」


「僕はもう人を殺す道具は作らない。そう決めているんだ」


「…本気?」


「本気だよ。どれだけ金を積まれても、どんな条件でもそれだけはしない」



暫く二人は無言で見つめ合っていた。睨み合っていた、の方が適切かもしれない。あそこだけ冷ややかな空気が流れている。


沈黙を破ったのは、女性の方だった。



「…そう。自分の無意味な信念のために、妻子を危険に晒すの。本当に馬鹿な人」



そして、失望したような口調で言う。



「家族に手を出したら容赦はしない。僕が持つ財力、貴族としての権力、全てを使って君を潰す」


「楽しみにしているわ」



父様の脅しにも屈せず、彼女は不敵に笑っていた。



「父様。何の話をされていたのですか?」


「レオ?!」



彼女と別れ、会場へと戻ってきた父様に俺は声をかけた。父様はぎょっとした顔をし、「何故ここに?」と咎める口調で尋ねてくる。



「駄目じゃないか。アメリアの側から離れないようにって言っていただろう?」


「すみません。ですが、どうしても気になりまして」



口先だけの謝罪を述べ、「それで、どんなお話だったのですか?」と尋ね返すと、父様は言葉を詰まらせた。



「…レオは知らなくていいことだよ」



やはり言わないか。仕方がない。



「それはそれは。"父様が若い女性の方と、二人きりで親密げに話されていた"と、母様にご報告を」


「待って?! レオ、それは誤解を生む! それはすっごく誤解を生むから?! 神に誓って浮気とかではないから?!」



告げ口しよう。にこやかな笑顔を張り付けて母様の元へ行こうとすると、父様に肩を掴まれて全力で止められた。



「では教えてくださいますね?」


「いや、でも…」


「父様?」


「…ごめんね」



言えないんだ、と悲しげに微笑む父様。



「僕は…レオたちに嫌われたくない。まだ言う勇気がないんだよ」



そう言って父様は俺の視線に合わせるようにかがみ、「本当にごめんね」と俺の頭を撫でる。



「君はどうか、馬鹿な父親を反面教師にして、幸せな生活を送って欲しい。…できれば、何も知らないまま」



「さ、行こうか。アメリアたちも待ってる」と何もなかったかのように父様は立ち上がり、前を歩き出す。


…嫌われるも何も、事情を説明しなければ混乱するだけだと思うけどな。父様の背中を見つめながら、俺は溜め息をつく。そこまでは考えが至っていないようだけれども。


普通の子供であれば、無言の肯定だと捉えて"父親は人殺し"なのだとショックを受けるところだぞ。俺とアリスだからこそ問題はないだろうが。


俺は窓の外に目を向けた。プラチナブロンドの髪の女性。


…あちらの方がまだ話を聞けそうだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ