博覧会 6
「…よくない噂が流れていると聞いています。貴方たちのために、何か私にできることはあるかしら」
「いいえ。もう…奪われてばかりだった子供の頃とは違いますから。僕が守ります」
「親の顔になりましたね。喜ばしいことです」
父様たちがそんな話をしていたその時だった。俺たちに声をかけてくる人物がいたのだ。
「おや。誰かと思えば、アレクじゃないか」
父様と同年代ほどの男性だ。恰幅がいい体型で、いかにも貴族といった風貌の男である。
彼に話しかけられた父様は、一瞬驚いた表情をした後に不愉快そうに顔をしかめた。
「…セルペンス」
「気軽にアンソニーでいいと言っているのだけどな」
露骨に嫌がるような素振りを見せる父様とは対照的に、彼は面白がるような笑みを浮かべる。
父様がこんな顔をするのは珍しいと意外に思って、アンソニーと名乗った男を見つめていれば、彼と目が合った。
「なるほど…この子が"悪夢の子"かい?」
「不躾に見ないでくれないかな。君の嫌味を聞いているほど僕も暇じゃないんだ」
俺を見つめる彼の視線を遮るように、父様が間に割り込む。
「つれないな。昔みたいに仲良くしようじゃないか」
「君と仲がよかった時なんて一度もないよ。妄想を語るのは止めてくれ」
仲が悪いらしい。彼は父様の言葉を無視し、俺に友好的な笑みを浮かべて話しかけてきた。
「こんにちは。名前は…何だったかな?」
「レオと申します」
「そうそう! レオ君だ。私の息子も君と同じくらいでね。挨拶なさい、オリバー」
そう言って、背後に立っていた子供に手招きをする。ダークブロンドの髪の少年だ。
顔からはまだ幼さが抜けていないが、背が高く大人びいて見える。父親に話しかけてられるまで、彼は微笑を浮かべたまま静かに、何故か俺の方を見つめていた。
「よろしゅう。オリバー・セルペンスっていいます。オリバーって呼んでくれると嬉しいわぁ。仲良くしてぇや、レオ君」
「こちらこそ」
手が差し出されたので、握手を交わす。オリバーはニコニコと笑っているが、その目は冷えきっている。
何というか、相手をするのは面倒臭そうだな。親子ともに俺たちにはいい感情を覚えていなさそうだ。
適当に相手してさっさと切り上げた方がいいだろう。父様もそのつもりだろうし。
「レオ君は六歳だったかな。オリバーはもうすぐ九歳になる。ほら、あの商人のところの…あれの名前はなんだったかな? アレク?」
「…アンドレ・イーガン」
「それだ。イーガンのところの、一人息子と同い歳だったはずだよ」
「セルペンス。僕たちはもう行かないと」
「博覧会はまだ始まったばかりだぞ? せっかく再会したのだから、久しぶりの親交を楽しもうじゃないか」
父様は会話を切るタイミングが見つからず、逃げ出せずにいる。これは一、二時間は捕まりそうだ。
うわ、面倒だな。ここが人の多い場所でなかったら、眠り薬を使うのだけど。
仮病でも使って退散するか、と考えていると、オリバーが俺にも話を振ってきた。
「僕、レオ君と話してみたかったんよ。どうなん?」
「どう、とは?」
話してみたかったと言われてもな。俺はさっさと立ち去りたい。
しかし、彼が続けた言葉にそんな考えは消え去った。
「悪夢。社交界でも持ちきりやでぇ。人気者で羨ましいわぁ。『恨みを買った父親のせいで苦しめられてる子』ってな。アクイラ家の皆さんはめったに社交界に出ぇへんから、皆、興味津々なんよ」
ニコニコと笑いながらそう答えるオリバー。人気者とは随分な皮肉だ。だが引っ掛かりのはそれではなく…。
「恨み?」
父様が恨みを買うとは。どういうことなのだろう。
「あれ、知らんの? 教えたろか?」とオリバーは目を細めて笑い、「レオ君のお父様はなぁ…」と話を続けようとする。
「そこまでです」
そこでパンッと手を叩く音が鳴った。ブラックウェル婦人が鳴らしたものだ。そして「アンソニーもアレクも睨むのを止めなさい。子供の前ですよ。大人げない」と言う。
「貴方たちの犬猿の仲は嫌というほど知っていますが、わざわざ突っかかるというのは十代の子供がすることですよ」
「はは。相変わらず先生は厳しいですね。旧交を温めていただけではありませんか」
「全く…。ちょっかいを出すほど暇なのでしたら、案内をお願いするわ。アンソニー」
「ええっと、それは…ご遠慮したい、ような…」
「暇なのよね? 奥方もいらっしゃらないようですし、エスコートをお願いできるかしら」
まさかこんな年寄りに『一人で歩き回れ』なんて言わないでしょうね、と圧をかけている。
そして、呆気に取られる父様に「また絡まれる前にさっさと行きなさいな」と彼女は耳打ちした。
逃げるきっかけをくれたということだろう。父様は頭を下げ、「じゃあ僕たちはこれで」と俺たちを連れてその場を後にした。
オリバーについては、勿論この世界に関西弁というものはないので、ちょっと訛っている特徴的な話し方と思ってください。
それと、ものすごく今更ですけど、レオが両親と話す時は一人称は「俺」で敬語です(記憶が戻る前も一人称は俺だったとアリスから聞いたため)。
他の人には基本的に一人称が「僕」で敬語なので、分かりにくいですよね…。
両親に対して「俺」と言うか「僕」と言うかでずっと迷っていたので、できるだけ二人の前では一人称を言わないように書いていました…。
アリスの過去編まで書いてやっと決めたので、お知らせしときます。
ちゃんとした場で一人称を変えること自体は、貴族に限らず結構あることだと思います。ですので、挨拶の時などにレオが一人称を変えることに関して、両親は特に違和感は覚えていません。
アレクとアンドレ、レオの会話のシーンなどでは普通にスルーされております。