博覧会 5
アリスから事情を聞き納得はしたものの、やはり俺としては一度は行ってみたい。
無理そうなら透明化の魔法でも使って、一人で入ってみるか…とも考えていたのだが、家族会議の結果、俺とアリスも共に行くことになった。
何でも「子供のためにも、ずっと閉じ込めておくのはよくない」と母様が考え直したかららしい。閉じ込めるも何も、勝手に外出したり遠出したりしているから心配ないんけどな。
馬車での移動中、父様は何故か思い詰めたような深刻そうな顔をしていた。
「どうしました? 父様?」
「ん? いいや、何でもないよ。ちょっと気になることがあるだけだから」
家族会議では、俺たちも博覧会に行くことに対して、最後まで彼は反対していた。結局三対一で父様が折れる形になったけれども、まだ不満が残っているのだろうか。
逆に母様は心配ではあるものの、噂は所詮噂に過ぎないと重くは考えていないようだ。正直俺もそう思う。
そんな噂が囁かれていようと、精々白い目で見られる程度だろう。
それくらいで傷付くような繊細な心は持ち合わせていないし、アリスもそれほど気にするようなタイプではない。母様たちがいいなら別に何の問題もないと思うが…。
他にも何か事情があったりするんだろうか、と俺は疑問に思った。
会場はアクイラ家の屋敷よりもずっと大きく、細かな装飾が施された建物だった。小さな城のようにも見える。
前世では城暮らしをしていた身だが、魔法道具はあるとはいえ、これほどのものを風魔法などを使わずに設計して建築したのだと思うと素直に感心する。この世界の人間には驚かされるな。
開催初日だが、既に沢山の客が押し寄せており、会場は人でごった返していた。
「人が多いから、はぐれないようにね。レオとアリスは絶対に僕たちから離れないこと」
「分かりました」
「人、多い…」
「アリスは人混みが苦手かしら? ずっと人が少ない屋敷にいたものね。不安なら私と手を繋ぎましょうか」
前から思っていたけれど、アリスは人混みが苦手らしい。人に四方を取り囲まれたら目に見えて顔色が悪くなる。
特に治療を求められて詰め寄られた時は、怯えた素振りを見せる。
まぁそこら辺は前世で色々とあったのだろう。
前に聞いた神父様とやらは、人を治すことを使命だと彼女に教え込んでいたようだし。ライアンの村での様子を見るに、病人がいなくなるまで連れ回されたり、取り囲まれて治療をするよう求められたり、といった経験もありそうだ。
聖女様も大変だな。俺には理解できないが。
博覧会は素晴らしかった。勿論魔法技術という点では、前世の世界よりも劣っている。しかしその分、他の分野の知識を生かし補うというものもあり、とても勉強になった。
何なら金は払うから幾つかの魔法道具を買えたりしないだろうか。是非とも家に持ち帰って解体し、中の構造をじっくりと見てみたい。
そんなことを思いながら歩いていると、「先生?」と父様が前方に歩いている老婦人に声をかけた。知り合いだろうか。
艶のあるグレイヘアを結い、眼鏡をかけた女性だ。年齢は六十代、七十代くらいだろうが、姿勢が綺麗だから遠目からだとずっと若く見える。
「…まぁ。アレク。一瞬、誰だか分からなかったわ」
「背も伸びましたからね。お久しぶりです。お元気でしたか?」
「ええ。貴方もお元気そうで」
二人はにこやかに笑って握手を交わす。
「アメリアもアレクと上手くやっているかしら?」
「はい。子供も二人生まれまして。ほら、アリス。レオ。挨拶してちょうだいな」
母様とも面識があるらしい。そう言えば以前、父様と母様は学校で知り合ったとか何とか…伯父様が言っていた気がするな。
「初めまして。レオ・アクイラと申します」
「アリス・アクイラ、です」
取り敢えず、外向きの笑顔を浮かべて名前を名乗る。アリスも不思議そうにしながら俺の後に続いて名乗った。
「利口そうな子たちだこと。ご丁寧にありがとう。クロエ・ブラックフェルよ。貴方たちのお父様とお母様の教師をしていたの」
父様が先生と呼んでいたからそうかとは思っていたが、やはり教師だったのか。
「先生も博覧会を見に?」
「ええ。教え子も何人か参加すると聞きましたから。貴方の魔法道具も見ようと思っていたのよ」
「光栄です。是非、昔のようにご指導いただきたいですね」
「あら、嬉しいことを言ってくれるのね。でも今は先生じゃないの」
「学園長になられたとお聞きましたが…」
「つい二年前に辞職したの。だから今はただの口煩いお婆さんよ」
「先生はまだまだお若いですよ」
「ふふ。お上手だこと」
…嘘だろう。父様が、女性に適切な褒め言葉をかけている。
妻に向かって髪がボサボサだの、太っただのと言っていた父様が。あの父様が。
「またまた。ご自身でも年寄りなどと思っていないのでしょう? ここで『老けましたね』なんて言えば、教鞭で叩くつもり…いたっ?!」
「貴方はいつも一言、二言余計なのです。人を素直に褒めた後は口を閉じなさい」
…ちゃんと褒めていると一瞬思ったけれど、間違いだったらしい。
口を滑らせた父様に対し、婦人は呆れた様子でピシャリと彼の背中を叩いた。