博覧会 4
「あ、そうだわ。博覧会って知ってるかしら?」
漸く場が落ち着きを取り戻してきた頃、マリーさんは思い出したように言った。
「博覧会?」
「色んな国から集めた芸術作品や魔法道具なんかを展示するの。私は行ったことがないんだけど、今日のお客さんが一般公開の時に行ったことがあるって言っていたのよ。とても素敵だったんですって」
「へぇ…そんなものがあるんですね」
「近々開かれるそうよ。最初は貴族の方々が集まるらしいけど、その後の数日は一般客もお金を払えば入れるらしいのよ。レオ君は興味がありそうだと思ったの」
もし可能ならご両親と行ってみたらいいんじゃないかしら、と微笑まれる。
なるほど、そんなものがあるのか。芸術は正直興味はないが、世界の魔法道具が集められるのならば是非とも参加してみたい。
家に帰ってみたら聞いてみるか。
家に帰ってから気付いたことだが、そう言えば最近父様が忙しそうにしていた気がする。
もしやその博覧会に彼も魔法道具を展示するのだろうか。
食事の仕度をしていた母様を呼び止めて「博覧会というものがあると、使用人の方から聞いたのですが。父様は参加されるのですか?」と尋ねてみれば、母様は眉を下げて困ったような顔をした。
「そうね。アレクは参加するのだけど…。レオたちは私とお留守番かしら…」
「というと?」
「ちょっとよくない噂も立っていてね…せっかく行っても、居心地は悪いと思うわ」
どれだけ尋ねても歯切れの悪い返事しか帰ってこない。それどころか、母様は心配そうにチラチラと俺の顔を見て、気遣うような素振りを見せている。
そんな態度をとられても、気遣われるような心当たりが全くない。どういうことだろうか。
「うーん…最近は大丈夫そうだし、行ってもいいかもしれないのだけど…」
「?」
よく分からなかったので、父様にも質問をしてみたが同じような反応をされる。一体何なんだ。何か事情があるなら、さっさと言ってくれるのありがたいのが。
「…レオは見に行ってみたいかい?」
「興味はありますね」
「だよね。うーん…」
「…あの。俺に原因があるのなら、はっきり言ってもらって大丈夫です」
「レオが悪い訳ではないよ。ただ貴族の方々は噂好きでね。言葉が悪くなってしまうけど、少しでも話のネタになりそうなものなら、あることないこと好きに騒ぎ立てるところがあるんだよね」
「この家に関する悪い噂でも?」
「…まぁそんなところかな」
つまりどういうことなんだ。悪い噂が囁かれているらしい、ということは分かったが、その内容が何なのか結局分からない。
その後、屋敷にほんの数人しかいない使用人にも聞いて回り、どうやらその噂というのは俺についてのもののようだ、ということだけは分かった。
「で、アリスは何か知っているか?」
「私も、父様たち以外、会ったことないから…」
「俺が火力石を売っていることかと思ったけどな、そういう訳でもないらしい。前の俺のことじゃないのか?」
「…あ」
「あ?」
「…何でも、ない」
「嘘だろう。今、絶対に何か思い出した顔をしたぞ」
「…」
「吐け。別に前の自分に興味もないが、訳も分からないまま気遣われるのは落ち着かない」
アリスは言いたくなさそうではあったが、最後には観念したように「夢で、暴れてた、せいだと思う」と白状した。
「夢?」
「前のレオ、よく、暴れたり、叫んでたりしてたから。使用人の人たち、の大半は、気味悪がって、辞めていったの。父様たちは、家に誰も、呼んでないし、レオのことも、話してない。だから、辞めていった、人たちから、話が、漏れたんだと思う」
「暴れてた? 狂人だったとは知らなかったな」
「気は、狂って、なかったよ。夢を見てた、日だけ」
「ふぅん。どんな夢を?」
「…多分、前世の」
へぇ、と俺は眉を上げた。ある日突然、前世の記憶を全て思い出すものなのかとは思っていたけども、夢で少しずつ思い出していっていたようだ。
叫び出すようなものなんてあったか…? と改めて思い返せば、幾つか思い当たるものがあった。なるほど、と納得して笑みを浮かべる。
「それはそれは。温室育ちのお坊ちゃんには、少々刺激が強すぎたか」
「…」
「それで辞めた使用人から噂が広がっていき、俺は夜になれば暴れ出すような人間だと思われていると。それは簡単には人前に出せないな」
屋敷で大事に育てられた子供なのだ。俺の幼少期を味わうなど、たとえ夢だと分かっていてもストレスが蓄積されていったに違いない。
精神が崩壊しなかっただけ骨があると褒めてやるべきか。
「残念だ。どうせなら感想でも聞きたかったのに」
「…性格、悪い、よ」
「それはどうも」