博覧会 3
「触れちゃいけないかなと思って流してたんだけど、アンタの絵下手すぎない? 何これ化け物?」
「鳥の翼。一応な」
「イソギンチャクの化け物じゃなくて? 私の方がまだ上手いわよ」
「あぁ。絵心がないのは自覚している。盛大に笑っていいぞ」
「下手すぎる絵って、ここまで来ると笑えないわ」
紅茶を飲み終わった後は、飛ぶ仕組みについての説明を再開したり、全員で絵の落書きをしたりと時間を潰した。
「意味が分からないわ。どうして幾何学的な図形は描けるし、建物の設計図も描けるのに、生き物とかは壊滅的に下手なの?」
「さぁ。昔から芸術の才能は全くない。興味もなかったからな。上達しようと練習をしたこともない」
「できた。エヴィ、どう? 上手い?」
「アリスのは上手いわね。…何故か雰囲気が宗教画みたいだけど」
「う! ぁっー」
「こら。ルークは駄目よ。ペンの先は尖っているんだから。危ないでしょ」
「あ"っー!!」
「泣いても駄目。そこ! ルークに渡そうとしない!」
「別に構わないのでは? もしペン先で目を潰しても自己責任だ」
「アンタの冗談はいちいち物騒! 教育に悪いからそう言う発言は止めてちょうだい!」
二時間後。ドアが開く音が鳴り二人たちが帰ってきた。マリーさんは俺たち四人を見て「まぁ! 何をしているの?」と目を輝かせて尋ねてくる。
「落書きですよ。ただの」
「皆の個性が光っていて素敵だわ。レオ君のはとても芸術的ねぇ」
「これを世間では下手と呼びます」
「そんなことないわ。上手い下手なんて人の感じ方次第だもの。その人の心が感じられるものなら立派な作品よ」
「だ、そうだぞ。エヴィ。イソギンチャクの化け物呼ばわりしたことについてどう思う?」
「…はいはい。汚れた人間でごめんなさいね」
マリーさんは俺たちの会話を聞き「仲がいいのはいいことだわ」とニコニコと笑っている。
俺は自分の腹で丸まっているルークに視線を落とす。ニコニコと笑っている。なるほど。既視感があるなとは思っていたが、性格も母親似らしい。
「お勉強をしていたの?」
「ええ。コイツったら骨の構造がどうとか、筋肉の動きがどうとかずっとルークに説明していたんです。頭が痛くなるかと思ったわ」
エヴィは呆れ口調で、俺がルークに飛ぶ仕組みを説明していたのだと伝える。
マリーさんは「レオ君は物知りだものね。先生みたいねぇ。楽しかった、ルーク?」とルークに抱き上げて笑いかける。その時だった。
「しぇ、んしぇ」
全員の視線がルークに集まった。しん…と静まり返る。暫くして「え?」とエヴィが呟く声がした。
「え? ちょ、え? 今喋った??」
エヴィがガタッと立ち上がり、マリーさんの腕に抱っこされているルークに駆け寄る。
ルークは自分が何をしたのか理解できていないのかぽけっと呆けていた。
「え? 喋ったわよね? 今。え?? 先生? 先生って言った? うっそでしょ? 初めて呼ばれるのがコイツなんてことあるの??」
「…勘弁してくれ。何故俺なんだ。しかも名前でさえないし…」
「すごい。ルーク、喋った」
ルークが初めて意味のある言葉を話した。漸く現実に全員の頭が追い付いてくると、一気にわぁわぁと騒がしくなる。
エヴィは俺を指差して「何故、よりにもよってコイツなの。私も呼ばれたかったのに!」と騒ぎだし、アリスは「おめで、とう」と祝いの言葉をかけ、俺は頭痛を覚えて額に手を当てる。
マリーさんはこの間、ずっと真顔で黙り込んでいた。そして彼女はルークをエヴィに託し、両手で俺の肩を掴んだ。
「レオ君がママだったってこと…??」
「頭大丈夫ですか?」
「え、だってやっぱり『ママ』が多いって聞くじゃない? 最初の言葉って」
「頭から抜け落ちてるようですけど、僕は生まれてからずっと男です」
「だって、正直私より懐いてるし…よくよく見たら、レオ君にそっくりかも…」
「どこからどう見ても貴方似ですよ。安心してください」
なるほど、混乱しているらしい。
「ルーカス! レオ君がママだったのだけど! 私はどうすればいいのかしら!! いっそのことレオ君も息子にしてしまえば、『お祖母ちゃん』って言ってもらえるかしら?!」
「止めてください。本当に止めてください。ルーカスさんにまで誤解を広めるのは」
「ちょっと!! 私だってエヴィ姉さんって呼ばれたかったのに!!」
「知るか。お前が呼ばれなかったことで、こちらがどうして責められなければならないんだ」
「よかった、ね。レオ」
「アリスは止めるのを手伝え」
一気に混沌とした状況になり、俺は暴れ出す二人を全力で落ち着かせなければならなかった。