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英雄 32 (三人称)


レオは杖を取り出して、穴に切っ先を向ける。




ーーーーー防御魔法・表結界。




表結界は、裏結界の対になる魔法だ。外側から入ることは可能だが内側から出られなくし、主に罠や閉じ込める目的で使われる。



「その透明な膜みたいなのって?」


「蜘蛛が出てこないようにするためのものだ」



結界の上からレオは、持ってきていた液体を穴の中へと流し込む。五秒ほどすると、カサカサ…と音がして穴から蜘蛛が這い出てきた。


その数の多さにライアンは顔をひきつらせる。無数の虫が群がる様子は見ていて気分のいいものではない。


巣から這い出て逃げようとしている蜘蛛たちは、レオが張った結界に阻まれ、球体の中に閉じ込められていた。



「この結界、不透明にできないのか? 蜘蛛がウジャウジャ湧いているのって、正直気持ち悪いんだけど…」


「我慢しろ。あと数分で動かなくなる」


「嫌だぁ…」



顔を背けるライアンを無視し、レオはピンセットで結界に張り付いている蜘蛛を捕まえていた。十匹ほどを大きな瓶の中に入れている。


「何やってんの…?」とライアンが尋ねれば、「捕獲」と誰だって見れば分かるような返事が返ってきた。



「それは分かるって…何のためにだよ?」


「飼育用」


「は? おい、何だって?」


「いい毒がとれるんだ。家に持ち帰って飼う」


「馬鹿じゃねぇの?」


「ちゃんと躾るから安心しろ。飼育放棄することになっても、無闇やたらに森に逃がしたりはしない」


「いや…そういう問題じゃなくてさ。蜘蛛に躾ってできたっけ…? その前に、悪用だけはするなよ…?」


「さぁ? それは俺の気分次第だな」



そう言えばコイツって毒についての本とか持ってたよな…とライアンは思い出す。珍しいから取っておこう、という思考は植物だけでなく昆虫やその他にも働くらしい。


五分後。レオが言っていた通り、結界の中にいた蜘蛛たちは、痙攣したまま動かなくなった。地面にバタバタと倒れていく。



「火をつけよ」



そう呟いて火力石を投げれば、石から蜘蛛の身体へと火が燃え移る。蜘蛛の身体の山が燃える様子を無表情で眺めるレオ。


コイツって人を殺す時もこんな感じで無感情でやりそう、とライアンは恐怖を覚えた。



「お前って、人の心をどこかに置いてきたの…?」


「どうせ駆除しなければならないんだ。それともお前がやるか?」


「遠慮する…」


「じゃあ文句を言うな」



ライアンは近くにあった大きな瓶に視線を移す。中には、死なずに済んだ選ばれた十匹の蜘蛛。コイツらのせいで大変な目に遭ったのだが、こうなってくると可哀想に思えてくる。


お前たちの飼い主はサイコパスらしい…強く生きろよ…と念を送ってやった。


その後、巣の中にも火力石を入れて、まだ卵だったものも燃やす。巣にいた蜘蛛が全てという訳ではないだろうが、これで残っていたほとんどは殺したはずだ。



「深紅毒虫蜘蛛は毒こそ強いものの、身体の大きさはそこまでないし天敵も多い。雨が降れば溺れるしな。一ヶ月ほどで患者はいなくなるだろう」



こうしてあっさりと、蜘蛛の駆除は済んだ。






それから二週間。アリスは治療のために村を回り、ライアンやレオも薬を配ったりと忙しい日々が続いた。


三人の努力のお陰で、患者の数は減り村にもいつも通りの生活が戻ってきたのだ。


これから先は薬さえあればライアン一人でも対処できる、という状態になって、レオとアリスとの別れがやってきた。



「では説明した通り。コイツがお前の監視役になるので、借金返済に励め」



蜘蛛を駆除する際に共に行動した小鳥だが、何の縁なのか、ライアンの監視役になった。


うげぇ、と顔をしかめるライアンに対し、小鳥は「夜逃げなんて考えてみろ。その瞬間に目を潰してやるからな」という風に、ライアンの目前まで飛んでカチカチと嘴を鳴らした。


脅し方まで一緒とは。やはり飼い主に似るものらしい。



「…で、頼んでいたやつは? 綺麗になったのか?」


「あぁ。俺がわざわざ苦労して綺麗にしたんだからな。感謝しろ」


「…対価は?」


「話が早くて助かる。お前の借金に上乗せしておいた。身を粉にして働け」


「だよなぁ…」



別れの日の前日。ライアンがレオに頼んでいたことは済んだかと尋ねると、彼は勿論と預かっていたものを差し出した。


汚してしまっていたアリスの帽子だ。しかし、今は汚れはなくなり元の真っ白の帽子に戻っている。


あれからロージーに頼んで洗濯してもらっていたのだが、元々が白と汚れが目立ちやすい色のため染みになっていた。


これはどうにもできないか…と項垂れていたところで、レオが「これくらいなら落ちる」と言い出したのだ。


半信半疑でどうやるのか尋ねていけば、彼は家事の知識もまた豊富だということが分かった。


中には熟練の主婦が編み出したような工夫まで知っているので、「すげ。どこにでも嫁げるじゃん」と感心して褒めれば頭を叩かれたが。



「お前って金持ちな割に、何て言うの? 貧乏性? みたいなところあるよな。生活の知恵みたいなのに詳しいし。物も結構丁寧に扱ってるし。洗濯の知識は母さんも熱心に聞いてたぞ」


「余計な世話だ。金を湯水のように使える生活とは縁遠いところで育ったんでな、未だにその癖が抜けない」


「植物に大金は払えるのに?」


「知識になるなら話は別だ。それ以外の贅沢品には基本興味がない」


「ふぅん?」



よく分からないが、仕事は済ませてくれたらしい。…対価は高かったけれども。


汚れがすっかり落ちた帽子を握り、ライアンは深く息を吐く。アリスは庭で洗濯物を取り込んでいる最中だ。


話しかけて帽子を渡し、ごく自然に謝る。そう、それだけでいい。ライアンは自分に言い聞かせるも、なかなか最初の一歩が踏み出せない。



「さっさと行け。謝るんだろう?」


「分かってる!」


「謝罪の言葉を一言言うだけに、これだけ時間がかかるとは。呆れればいいのか、笑えばいいのか…」


「五月蝿いっ!!」


「ついでに愛の言葉でも囁けばいいのでは? 口下手なお前がどこまでやれるのか見物だな」


「お前は人を貶さないと生きていけないのかよ?!」



やってやるよ!! と叫んで、ライアンは家を飛び出す。大丈夫…やればできる…と言い聞かせ、腹を括って庭にいたアリスに話しかけた。



「……よ、よぉ」


「? どうしたの?」


「あー…スゥー…き、今日はいい天気だな!」



後ろから、レオが笑いを堪える音が聞こえた。



「…帽子?」


「う、ぇ…? あ、そう。うん。帽子」


「私の?」


「おー…? お前の」


「…えっと、返して、くれるの?」


「あっ! そっか! 返す! そう、返すから!」



見物しているレオは笑いを堪えるあまり、肩を震わせている。一応笑い声を上げていないところを見ると、邪魔しないようにはしているらしい。



「綺麗に、なってる…」


「…レオが。やってくれたんだ」


「貴方が、頼んで、くれたの? レオが無償で、やる、のは、珍しい」


「あ、まぁ、うん。対価は…払うことになったけど…」


「そう。ありがとう。嬉しい」



アリスはそう言って微笑む。ライアンは顔を真っ赤にさせ「…あ、あのさ!」と勢いのまま言葉を続けた。



「…悪かったよ。帽子とか。謝罪、遅くなったけど」


「いい。気にして、ないから」


「本当か?!」


「うん。こっちも、冷たい態度をとって、ごめんね」



許してもらえた。緊張で強張っていた身体から力が抜ける。ほっ…とライアンは安堵した。



「あ、あとさ…」


「? うん」


「…あー…お前って、えっと、好きな奴? とか、いるの?」


「好きな人? 私に? どうして?」


「いや、その…まぁできればでいいんだけど…お、お前がいいってんなら? それに俺がなってやってもいいっていうか…なりたいというか…」


「?」


「…あーっ、もう! だから! す、好きだって言ってんだけど! 俺と付き合ってくれない?!」



言ってやった! とライアンは顔を赤くさせた。もう後戻りはできない。


明日になれば二人は帰ってしまうのだ。この機を逃せばもう気持ちを伝える機会はないかもしれない。だから今日伝えようと決めていた。


ライアンは伏せていた顔を上げ、恐る恐る彼女の方を見る。アリスは驚いた顔をしていた。


その表情に嫌悪感といった悪い感情は見受けられない。これなら…。



「も、勿論! 最初は友だちみたいな? そんな軽いのでいいから。ここから実家まで遠いなら、手紙とかだけでも…」


「あ、ごめんなさい。借金が、ある人は、駄目って」


「は?!」



迷う素振りもなく、バッサリと切り捨てられた。しかもフラれた理由は「借金があるから」。予想外の理由にライアンは目を白黒とさせる。


背後でレオが吹き出す音が聞こえた。いよいよ耐えられなくなったのか腹を抱えて、アハアハと笑い転げている。



「借金…が…あるから…?」


「うん。駄目。ごめんね」


「え、脈なし? 一ミリも?」


「うん。ないね。ごめんなさい」



アリスは「えっと。ありがたい、ことですが、お断り、させていただきます」と律儀に頭を深々と下げる。


あ、どうも…とライアンも頭を下げかけて、はっ…とレオを振り返った。



「レオ!! そもそも借金って、お前のせいだろ?!」


「おや。フラれたのを他人のせいにするとは小さい男だな」


「帳消しにしろよ!! こんなことってあるか?!」


「アリスに入れ知恵をしたのがどこの誰だが知らないが、なかなか役に立つアドバイスだ」


「はぁ?!」


「別に借金全てを悪く言うつもりはないけどな。育った環境のせいかアリスは、節約という概念がイマイチ理解できていない。金銭感覚が合わない相手、特に倹約しなければならない相手とは止めておいた方がいいだろう」


「うんうん、って頷いてる場合じゃないんだけど?!」



ライアンの初恋は、儚く散った。




結界に関しての解説。


基本的に結界を張った本人はどちらも移動できる(通り過ぎたくない場合はそう意識すればできる)のですが、中に閉じ込められた人、または外側にいる人の移動についてです。



裏結界…内から外へは行けるけど、外から内へは移動できない。



表結界…裏結界の逆バージョン。外から内は行ける、内から外は行けない。


表結界は"うなぎうけ"をイメージしていただければ、分かりやすいかなと思います。ウナギを獲る時に使う、中には簡単に入れるけど一度入ったら出れないという道具みたいな感じですね。罠とかに使えます。



二重防御結界…裏結界と表結界を二重に張ります。


防御するためならば、これが一番頑丈です。ただ二重に張るので魔力消費は二倍となります。


熱を出していて意識を取り戻したアリスが頭をぶつけていた場面がありますが、その時の結界はこれですね。外と内、どちらの移動もできません。



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