英雄 30 (三人称)
「と、いうわけで。これからの計画を説明する」
飲み物を飲んで一息ついたところで、レオは今後の行動について説明を始めた。
「何で、お前が仕切ってんの?」
「お前たちにあまりにも計画性がないから。後先考えずに倒れるまで治療し続ける奴と、希望が見えたら後先考えずに飛び付いて走り出す奴。自覚はあるか?」
レオは交互にアリスとライアンを指差す。それぞれ心当たりがある二人は視線を泳がせた。
「契約したからにはちゃんとやる。さっさと終わらせよう。まず、アリスは重症者のみ治療。余程の高熱でない限りは薬を渡すだけにしろ。治療する人数の限度は五人まで」
「完全に、治さなくて、いいなら、もっとできる…」
「却下。また倒れたら俺が迷惑するんだ。いいか。苦労するのはお前ではなく俺だ。他人の魔力操作は疲れるんだからな」
「…分かった」
で、お前は、とレオはライアンの方を見る。
「薬を飲んだ後、蜘蛛の駆除」
「遠回しに俺に死ねって言ってる?」
「言ってない。被害妄想が激しい奴だな」
「え、確実にまた噛まれるでしょ。熱でるでしょ。死ぬでしょ」
「そのための薬だろう。蜂の巣を駆除するようなものだと思えばいい」
「蜂でも刺されたら死ぬ時があるんだぞ? アナフィラキシーショックってご存知ない? 蜂でも危ないのに、更に毒蜘蛛を駆除しろと?」
「お前の場合、蜘蛛の毒も効きにくいようだから心配するな」
「安心できるか?! 俺一人でそんな地獄へ行けと?! 鬼かよ?!」
「誰も一人でとは言ってない。俺も同伴する」
「あ、なんだ。それならまぁいいけど」
「お前一人で行かせたら、また足やら腕やらを折って帰ってきそうだ」
話はまとまり、深紅毒虫蜘蛛の駆除と患者の治療を平行して進めることになった。
治療した村人たちにはアリスの能力は口外しないように頼み(「人の口に戸は立てられないが、何も言わないよりはマシだろう。全て終わったらまとめて記憶を消す。多少外に情報が漏れるのは諦めろ」とレオが言った)、できる限り目立たずに内々で片付けるという計画だ。
子供だけでできるような計画ではないが、この二人ならやるんだろうなぁ…とライアンは思った。
こうして計画が決まり。薬の効果を確かめる目的もあって、ライアンとアリスが薬を飲むことになったのだが。
「いや、おかしい!!」
アリスは瓶一個。ライアンは十個ほどを飲めと渡された。明らかに量が違う。
「恨むなら自分の体質を恨むんだな。薬も効きにくいから、毒を完全に消すならこれくらい必要だ」
「えぇ…これって不味い?」
「不味さというよりは苦みが強い。俺も試しに飲んだがそれほどでもなかったぞ?」
レオの言葉を信じて一口飲む。ライアンは手で口を押さえ、その言葉を易々と信じたことを後悔した。めちゃくちゃ苦い。
何なんだ。胸焼けするほど甘いものを飲まされた次は、吐き出したいほど苦いものを飲まされるのか。自分が何をしたっていうんだ。
「この苦さを『それほどでもない』で済ませる…お前の味覚って狂ってるよ。確信した」
「苦いものは好きだな。甘味が嫌いな代わりに」
アリスは目をつぶって、息を止め一気に飲み込んでいた。それに対し、ライアンには何せ量がある。息を止めて、一気飲みできる量ではない。
「苦い苦い苦い苦い…」と一向に手をつけないでいると、「なら、手伝ってやろう」とレオがライアンの口を無理矢理開けさせ強制的に飲ませる。ライアンは死にかけた。
その後テッドの家にも薬を届け、何かに噛まれたと思ったら取り敢えずこれを飲むように、と近所に配る。
薬の効果は劇的で、高熱がでていたテッドの母は昼下がりには平熱に戻ったらしい。患者の数は一気に減った。
数日後。ライアンは冬服を八枚は重ね、ズボンは三枚を重ね着して庭に仁王立ちしていた。
顔には目の部分だけが空いている頭巾を被り、目以外は一切肌をさらしていない。完全防備状態である。これから、かの蜘蛛を駆除しに向かうからだ。
服には虫が嫌うとされる薬草の匂いを焚き染め、思い付く限りの準備をした。厚着をしているため、身体の体積は三倍ほど大きく見える。端から見れば雪だるまのようである。
そんなライアンの隣に立っているのは、対照的に動きやすい服装のレオだ。彼は呆れた視線を隣のライアンに向ける。
「気分はどうだ?」
「あ"つ"い"…」
「だろうな」
レオの方は魔法で対処する気らしい。万一噛まれても薬でどうにかするという姿勢だ。ライアンは薬で窒息死しかけるのはもうこりごりであるので、絶対に噛まれないようにしよう、と心に誓っている。
こうして二人は蜘蛛の駆除に向かった。