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英雄 28 (三人称)


身体全身が痛かった。それでも朦朧とした意識で、どうにか前へと進む。何時間経ったのだろうか。行きよりも大分時間がかかってしまっているのは確かだろう。


レオはもう寝たのだろうか。なら起こさなくては。声が出るだけの体力が自分に残っているといいけど。


そんなことを考えながら、ただ足を引きずる。


視界が霞んで上手く見えない。だから記憶だけを頼りに、自分が通ったはずの道を進んでいく。


体温さえ既に分からなくなっていた。自分の身体が熱いのか冷えきっているのか、よく分からない。ただ痛みの感覚だけが感じることができる。


痛い。痛い。痛い。



「でも、進まなきゃ…な…」



限界は既に迎えていて、使命感だけが身体を動かしていた。


どれくらい歩いたのだろうか。自分以外の、雨音ではない誰かの声が聞こえた。



「酷い有り様だな」



無意識の内に口角が上がり、ライアンは苦笑した。「だろ?」と笑って言い返したかったけれど、足がもつれて地面に倒れる。声も掠れて意味のない音にしかならなかった。



「急に叫び出し、嬉々として雨の中へ飛び出した時は気でも触れたかと思ったぞ。今からでもいい精神病院を探してやろうか?」


「…ぉ…(病んでる可能性があるのはお前の方だろ)」


「右手は骨折、足は打撲、それでは飽きたらず魔力の流れまで危険な状態。何をしたらそうなるんだ?」


「…(プラス毒もある)」



ライアンは弱々しく、折れている右手をその声の主ーーレオに差し出す。レオは片眉を上げた後に、その噛み跡を見つけ「しかも噛まれたのか。馬鹿だな」と呆れた声色で言った。



「で? そこまでしてお前は、何がしたかったんだ?」



抗いがたい眠気が襲ってくる。


ライアンはどうにか視線を自分のポケットに向け、レオに中にあるものを取るように訴えた。意図を理解したのかレオがそれに手を伸ばす。


あぁ…痛い。眠い。



「花…? これは…」



目蓋が重い。



「なるほど。さて、これを見てお前に話したいことができたんだが、悪い話と、いい話、そして提案。どれから聞きたい?」


「…」


「じゃあ悪い順から行こう。残念だがこの一輪だけだと、薬にするには足りないだろう。一人分でさえ足りるか分からないのにお前を含めて三人だ。またこれから噛まれる患者の数も考えると、かなりの量がいる」


「…」


「次に、悪い順から行くと提案なんだが。俺と…」



意識が薄れて、音も満足に拾えなくなってきた。ライアンは残っていた力を振り絞って、レオの袖を掴む。



「なん…ぃいから…たす…って…」



レオは少し驚いたあとに、微笑んで「では、取引成立ということで」と呟く。



「安心して寝ておけ。契約した以上、あとは俺がどうにかしてやる」



レオのその言葉を最後に、ライアンは意識を失った。








花の甘い香りがする。ライアンはゆっくりとした動きで瞬きを繰り返した。自分の部屋だ。


既に雨は止んだのか、開けられた窓からは眩しいほどの日光が差し込んでいた。嵐が過ぎ去った後のような、平穏で明るい景色のように思えた。



「起きたか」



そんな声がして、レオがベッドで横になる自分の顔を覗き込んでくる。



「俺…」


「覚えているか? 俺に貴白を届けた後に気絶したんだ」



はっとしてライアンは飛び起きる。



「あの後どうなった?!」



レオに花を届けたはいいが、一輪では足りないとかそんなことを言われた気がする。足りなかったならば、まだ一人も薬を飲めていないということに…。



「落ち着け。馬鹿」



ペチっと頭を叩かれる。



「お前…一応こっちは重傷者なんだぞ…怪我人を叩くとかさ…」


「手当てはしてる。魔力の流れも整えてやったんだから、こちらが感謝して欲しいくらいだ」



そう言われて見下ろせば、右手に添え木と包帯が巻かれていた。応急処置はしてくれたらしい。


コイツわざわざ雨の中、俺をベッドまで運んで処置までしてくれたってことか…? そこまで考えて、ライアンは寒気を覚えた。



「えっ…怖っ…急に優しくなるとか…何企んでるんだよ…?」


「失礼な奴だな。手当てが嫌なら、傷口という傷口に毒を塗り込んでやろうか?」


「だよな…お前ってそういう奴だよな…なんか安心したわ…」



今までの自分の行いを悔いて改心したとか、そんなことはないらしい。いつも通り悪意を感じさせる言葉に妙に安心して、「じゃあ何だ? 気紛れとか?」と尋ねる。



「いや、一応取引相手ならば丁重に扱うべきかと」


「取引相手? 誰が?」


「お前が」


「は?」


「知らないとは言わせないぞ。昨日の夜、俺は『対価は高くなるが取引をするのか』と提案し『何でもいいから助けてくれ』とお前は頷いた。これは嘘偽りなく真実だ」



夜…と呟きながら、意識を手放す前のことを思い出す。そして頭を抱えた。言った気がする。あの時は兎に角、一杯一杯でそんなことを口走った気がする。



「で…? 俺はお前に何されんの…? サンドバッグ? 実験体?」


「お前は俺にどんなイメージを持ってるんだ」


「心が病んでて、ついでに頭もイカれてる狂科学者が子供になった奴、ミニマッドサイエンティスト」


「お望みなら考えてやるが? 実験体はキツいぞ、目を潰されても文句は言わないくらいの気概がなくてはな」


「お前のその『目を潰そう』って脅しなんなんだよ? 背筋がヒヤッとするんだけど。マジで」


「脳は忘れても身体が覚えてるんじゃないか」


「え、何それ。俺、潰されかけたってこと?」


「…」


「無言で笑ってるのが一番怖い。目を潰すって何。やっぱりお前って精神病んでんじゃないの?」


「まず痛みより先に、とてつもない違和感に襲われる。自分の内部に異物が入り込んだ感覚を味わい、次に想像を絶するほどの激痛。細長い棒でゆっくりとかき混ぜられれば、固体が潰れる音と液体状になったものが混ぜられる音が頭に響いて…」


「痛い痛い痛いっ!! 聞いてるだけで痛い!! は?! 馬鹿じゃねぇの?! 潰すだけじゃなくて、かき混ぜるって何?! マジで精神イカれてる!!」


「心底同意する。その言葉にならない絶叫を聞くのが毎日の楽しみ、などとと言う奴は、絶望的に趣味が悪いと思う」


「それを! お前が! 俺に! しようとしてたんだよな?!」



抗議の声を上げて暴れれば、折角手当てされていた右手がズキリと痛んだ。ライアンは手を押さえて痛みに呻く。


レオは「怪我の把握、行動の制限さえできないのか」と鼻を鳴らす。



「実験体よりはマシだ。一生に味わう自由の一部を奪われるという点では、似ているけどな。ほら」



レオは分厚い紙の束をライアンに差し出す。パラパラとめくれば、何やら数字が並んでいる。



「これは?」


「請求書」


「はい?」


「材料に使った貴白の代金と、徹夜で行った俺の労働賃金」


「待って。待ってくれ。おい、ここ間違ってるだろ。合計金額ヤバい額になってるんだけど」


「あってる。現実を直視しろ」


「…これってつまり?」


「借金だ。今すぐ金を用意できないお前が、一生の三分の二ほどをかけて払う。最後の五枚が借金返済計画書だ」


「…」


「安心していいぞ。本格的な取り立ては十八歳からにしてある。それまではここで採集できる植物を送ることで小銭を稼ぎ、十八歳からは質素倹約を心がけるといい。お前の父親の収入を参考に、お前が将来稼ぐ収入を計算してギリギリ生活できるくらいにはしてある」


「…」


「万が一計画通りに借金が返せない場合でも、お前が老衰死するまで取り立てるので逃げ場はないと思え。夜逃げしても地の果てまで追いかけるのでそのつもりで。対価について簡単に説明すると以上だ。質問は?」


「…お前、詐欺師の才能あるよ…」


「それはどうも。ちゃんと払えよ」




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