英雄 26 (三人称)
ライアンがきっぱりと断るとレオは「そうか」と軽く答えた後に、小瓶を懐へと戻した。
「まぁ元々、お前にこれが買えるだけの金を用意できるとは思っていないけどな」
「うっ…お前…俺の決心を踏みにじるようなことを言うなよ…」
「事実だろう?」
そりゃそうだけど…とライアンはうなだれる。
父親が十年働いて漸く用意できるような大金だ。家にある金をかき集めても、彼が望むような金額には届かないだろう。
金が用意できないのだから、元々、買うという選択肢なんてあってないようなものだ。
「だが…それなりに覚悟を見せたお前に、施しをやろう」
レオはライアンに向かって、試験管を放り投げる。慌ててキャッチし、これは?と首をひねるライアンに「お前の父親にかけたのと同じものだ」とレオが言う。
「匂いを嗅いだら眠るってやつか」
「熱に魘されるより、寝てしまった方が楽だろう。薬にはならないがまだマシだ」
もう一つやるからあの友人にも届けてやるといい、と言われて、二つ目を投げられる。それを受け取って、ライアンはまじまじと見つめた。
何故急に?と不思議に思ったが、少しして彼なりの気遣いなのかと気が付いた。ところどころ言葉が刺々しい気がするけども。
「…ありがとう」
「そのまま放置して見殺しにしたとなれば、アリスが五月蝿いからな」
それだけ言うと、用は済んだとばかりにレオは魔力操作へと戻ろうとする。ライアンはそんな彼の袖を引っ張り、「あ、そうだ。まだ聞きたいことがあるんだけど」と引き留めた。
まだ何かあるのか…と顔をしかめるレオ。
悪い、と苦笑しつつライアンは「石碑の、星とか欠片っていう単語って何なんだ。赤い悪魔ってのが分かったけどさ」と尋ねた。
何だ、とレオは眉を上げた後に「星の欠片のようだ、と言われている植物のことだ」と答える。
「植物? まだ何か難しい名前が出てくるのか…?」
「今回はお前も知っているものだぞ」
「で、それが何だって? それが蜘蛛とどう関係があるんだよ?」
「深紅毒虫蜘蛛の毒を打ち消す薬になると書いていた。本当かどうかは知らないけどな」
さらっと打ち明けられた、驚くべき事実にライアンは目を見開き「解毒剤?!」と叫ぶ。
「そ、それって?!」
「あっているのかどうかさえ疑わしい。そう簡単に期待しない方がいいと…」
「いいから!! その植物の名前は?! 俺も知っているものなんだろ?!」
真実かどうか分からない、と渋る彼をライアンは急かす。解毒剤になるかもしれないのなら、昔の伝承でも眉唾ものかもしれないものでも何だってよかったのだ。
人の命がかかっている。少しでも助けになるのなら、自分にできることは何だってやりたかった。
「貴白だ。薬になるのは。これだけ探しても見つからないのだから、期待するだけ…」
「マジか!!!!」
「五月蝿い…お前は叫ぶのが趣味なの…」
「マジで?! 本当に?! そんなことってあるのか?!」
「人の話をき…」
「なら話は簡単じゃないか!! 貴白を持ってくればいいんだな?!」
聞き覚えのある単語に、思わずライアンは大声を上げた。レオの肩を掴んで乱暴に揺すりながら、本当なのか、本当なんだろうな、と何度も確かめる。
言葉を遮られ続けることに不快そうな顔をしつつ、レオがこっくりと頷くと、ライアンは顔を明るくさせた。
「お前、気でも狂ったのか? 貴白は見つかっていないと言ってい…」
「よし!! 取ってくればいいんだよな。やってやるよ。それで助かるんなら」
「はぁ…?」
「お前はここで治療してればいいから!!」
貴白が咲いている場所ならば知っている。あれがあれば病人が助かるのだ。毒やら薬やら、難しいことは分からないが取ってくるだけでいいなら、自分だってできるだろう。
ライアンは不審そうな顔をしているレオを放置し、一階へと下りる。
試験管の蓋を開けて、容器に入れる。それを熱に呻く母親の枕元に置いてから、看病の途中で寝落ちしている父親を蹴飛ばして叩き起こした。
「父さん!! その熱、ただの風邪じゃないからちゃんと看といてくれよ!!」
そう言い残すと、雨外套を羽織って外へと飛び出した。