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英雄 25 (三人称)


ライアンの家へと到着した後は、アリスが使っていた部屋に彼女を寝かせる。


レオは一度雨に濡れた服を着替えるために二階へと向かい、そして着替えを済ませるだけでなく、小さな小瓶を持って下りてきた。


小さな瓶だ。人差し指程度の大きさしかない。



「それは?」


「薬」



短くライアンにそう返して、彼は何を思ったのか「アリス。今だけ起きろ」と寝ているアリスの頬を叩いて、乱暴に起こし始める。



「今から口に含むものを飲めよ。意識がなくても気力で飲み込め」



そんな無茶振りを言いながら、アリスにどうにか小瓶の中身を飲ませる様子を見て、ライアンは疑問を覚えた。道中で彼は言っていたはずだ。この毒を打ち消す薬はないと。



「その深紅なんとかっていう蜘蛛の毒、解毒剤がないんだろ? それは?」


「ないぞ。それ専用の解毒剤はな」


「?」


「これなら深紅毒虫蜘蛛の毒にも効果があるはずだ。この毒で効果を確かめた前例はないだろうから、確実とは言えないが」



彼の言っていることが理解できずに、ライアンは首をひねった。これはな、とレオは空になった瓶を見せる。



「貯蔵根彩花と呼ばれる植物の根を材料に作ったものだ。その植物は、どの病、毒にも効果がある万能薬になると言われている」


「はぁ?! そんなのアリかよ?!」


「ただ効果がどれ程かまでは分からない。熱を一時的に抑えるだけなのか、それとも完全に下げられるのか。…完全に治らなくとも、魔力操作ができるくらいまでに下げられればそれでいい。治癒魔法さえ使えればこちらのものだ」


「そんな薬があるなら、最初から使えばよかったじゃないか」


「言っておくが、この小瓶一本でも売れば、お前の父親の稼ぎ十年分以上の大金に化ける」


「うっわ…高っ…」



具体的な金額を想像し、ライアンは思わず引いた声が上げた。そして、「あ、縫いぐるみの子から買ったっていう…」と前に言っていた話を思い出す。


レオは意地の悪い笑みを浮かべた。



「あぁ…最初に提示された額の約二倍支払うことになったが、それでも市場で買うよりはるかに安上がりだった。本当にいい買い物をした」


「その子、普通に売ればもっとお金もらえたんじゃ…詐欺だ…」


「人聞きの悪い。あちらもその金額で納得した。両者ともに得をしている、いい取引じゃないか」



レオはそう言い切った後、ふと顔から感情を削ぎ落としてアリスを見下ろした。



「随分とまぁ…ギリギリの状態で治療していたものだ。逆流する一歩手前といったところか」



ライアンはその言葉に耳を疑い、「逆流って…なったら死ぬってやつじゃないか…」と聞き返す。



「だから死にかけているようなものだな。あと一人でも治療していれば完全に手遅れだったが」


「治せるのか?」


「熱の方はこれ以上できることはない。魔力の流れはこれからどうにかする」



レオはアリスが横になっているベッドの横に椅子を置き、それに腰掛けて彼女の手をとった。そして、何かに集中するように目を伏せる。


その行為に見覚えがあった。ライアンが魔法を使いたいと言った時に、レオがやっていたものだ。その時と同様に、手に触れてアリスの魔力の流れを調整しているのだろう。


手持ち無沙汰にただ見ているのも耐えられず、ライアンはレオに問いかける。



「なぁ…俺にできることはあるか?」


「ない」



バッサリと切り捨てられ、ライアンは呻いた。



「でも…なんか…見ているだけってのも申し訳ないっていうか…」


「お前が今できることは、精々その口を閉じて俺の集中を乱さないように努力するだけだ。暇ならば母親の看病でもしているんだな」



母親。はっ…として先程の薬のことを思い出す。



「なぁ?! さっきの薬って、他にもないのか?!」



五月蝿くし過ぎたのか舌打ちをされた。目を開けたレオに睨まれ、ライアンは「悪い…」と肩をすくめる。


レオは不機嫌な顔のまま「あるにはある」と空いているもう片方の手で、懐から小瓶を取り出した。ぱっと顔を明るくさせるライアンに、ただし、とレオは付け加えた。



「売れるのは一つだけだ。俺が今持っている薬はこれが全てで、他はまだ薬にしていないからな」



これで母さんは助かるかもしれない。ライアンはすぐさま薬に手を伸ばそうとしたが、病床に伏す友人の母親の存在が脳裏に浮かんだ。


一つ。一人分。助かるのは一人だけで、これを使ってしまったら、テッドの母さんはどうなるんだ?


額に嫌な汗が滲んだ。さっきまで全く気にならなかったというのに、喉がカラカラに渇いていく。


どうする? …俺は、幼馴染みの母親を見殺しにできるのか?



「どうした? 欲しくないのか?」



レオが首を横に傾げて尋ねてくる。その顔を見て、ライアンは歯を噛み締めた。


コイツ、分かって言ってる。薬が一つだけしか持っていないのは嘘じゃないみたいだけど…間違いなくテッドのことも考えて、あえて選択を迫ってきている。


…本当に、いい性格してるよな。その余裕そうな顔を殴ってやりたくなる。



「…いらない」


「何だ。一時の感情に流されない方がいいぞ? 母親は大事にした方がいい」


「お前、分かって言ってるよな。その薬を使うってことは、テッドの母さんを見捨てるってことだ」


「命に優先順位をつけることの何が悪い? 友人の親といえど、所詮は他人。ならば血の繋がった自分の親を優先するのは自然なことだ」



強く握った拳が小刻みに震える。


それでも、と思った。嫌だった。


だってそれは…なりたいと思った自分じゃない。


レオフェルド・ダ・ヴィルトが書いた物語の主人公。ライアンはその主人公に憧れた。いつか自分もこんな風になりたいとずっと思っていた。


…本当は分かっている。レオと戦ったり話したりして日々を過ごしていると、自分がどれだけその主人公とかけ離れた、卑怯で自惚れた性格なのか嫌と言うほどに思い知らされた。


実力が見合っていない。言動に責任が持てていない。困った時はすぐに誰かに頼ろうとする。無責任。勇気なんてものはなくて臆病だ。あの主人公とは似ても似つかない。



『なれるよ。ライアンなら、きっと』



それでも。アイツだけは、いつもそう言ってくれたから。



「…俺は英雄でも大した人間でもないけどさ、せめて夢を応援してくれた友だちを裏切るような、最低な奴にはなりたくないんだ」




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