魔王と聖女の転生日記 13
「レオ…」
父様は俺に呼び掛ける。
「はい」
「…それは本当にお前が考えたものなのかい?」
「そうです」
父様の声が震えているように思えた。
俺は子を待ったことがないので親の気持ちは分からないが、やはりこれくらいの年頃の子供が魔法を作ることは変だと思うのだろうか。
この居場所は居心地がいい。しかし、この居場所を失いたくないと言って目立つ行動を控える気はない。
幼くして前代未聞のことをやった。それだけで気持ち悪いと冷たい目を子に向けるのならば、この両親もその程度の人間だったということだ。父様の反応次第では、俺は彼らに見切りをつけて、この屋敷からさっさと出ていくだろう。
さて、父様はどんな反応をするのか…。
「本当。私、見てた。レオが石に魔法式を書くところ」
俺の言葉に嘘がないとアリスも言う。
「…すごい」
ぽつりと父様の口から、そう言葉が漏れた。
「はい?」
「レオ、素晴らしい発明だよ!町の人たちの負担もずっと軽くなるだろう!」
父様は目を輝かせ、俺に近づいてくる。次の瞬間、ふわりと浮遊感を覚えた。
遠い。地面が遠い。俺は父様に持ち上げられていた。
そのまま、父様はぐるぐると俺を回す。完全に子供扱いだ。
「よく、頑張ったね」
「え…あ…はぁ…?」
俺の予想を裏切り、父様は笑みを浮かべながらオレを床に下ろすと、頭を優しく撫でてきた。何度も褒められ、頭を撫でられる。父様だけでなく、母様からも。俺はぽかん…と呆けていることしかできなかった。
「レオ、ビックリしてる。そんな顔できたの?」
「…忘れろ、アリス。まさか喜ばれるとは思っていなかったんだ」
そう。こんな反応が返ってくるとは予想外だったのだ。
気味悪がられるか、驚かれるだけかと思っていたのに。
まさか喜ばれるなんて。
「レオ!さっそく明日僕の知る最高に良い商人を呼ぶよ!!その前にもっと詳しい説明を…」
その後、俺は一晩中父様に説明することになった。
翌朝。父様の部屋に呼ばれ、部屋に来ると見知らぬ人間がソファに座っていた。紅茶を飲みながら、父様と楽しげに談笑していた。
客は、恰幅のいい男だった。着ている服から相応の経済力を伺わせる。彼は俺が入ってきたことに気づくと、立ち上がり、俺に笑みを向けて手を差し出してきた。
「初めまして、坊っちゃん。私はアンドレと申します」
「アンドレは僕の古くからの友人だ。僕の発明品を高く評価してくれていて、よく店で売ってくれるんだよ。そして、商売上手だ。僕には商売の才能はないからね。彼にはよく相談にのってもらっているよ」
俺は昨日の父様の言葉を思い出した。すぐに良い商人を紹介するとは言っていたが、まさかこんなに早くに?
取り敢えず、俺も笑みを浮かべその手を取り、握手を交わす。
「いえいえ、アレク様の天才的な数々の発明品は素晴らしいものでございます。私がしたことなどその素晴らしさを客に広めただけ。そのような過分な評価は…」
「おや、本当のことだろう?それに、才能なら僕よりも絶対にレオの方があるだろうね」
「アレク様よりも、でございますか…」
昨日細かい構造を説明すると、父様は興奮して幾つか質問を返してきた。俺が前世の記憶で知っていたことはまだこちらでは解明されていないようだ。父様の質問は的を射ていて、俺も久しぶりに魔法学のことを語り合えて楽しかったため、つい熱を入れて色々と教えてしまった。
そのせいで、俺は随分と父様に気に入られたらしい。
「失礼だとは存じますが、坊っちゃんの年齢をお伺いしても?」
アンドレ殿が、まだ彼の腰ほどの身長しかない俺を見ながら尋ねる。
まぁ、見かけは本当に子供だからな。父様の言葉は身内の贔屓に見えるんだろう。
俺はゆっくりと優雅な所作で頭を下げる。
「先日五歳になりました。今日は御足労頂きありがとうございます、アンドレ殿」
「ほぉ…五歳。アレク様、どのような教育をされましたら、このような聡明な息子様に成長なさるのですか?私にも息子が一人いますが、坊っちゃんよりも歳上だというのに、未だに商売の勉強が嫌だと我が儘ばかりで…」
「レオも少し前までは子供らしい子供だったのだけどね。最近急に大人びてきてしまって。やはり子供の成長は早い。父親としてはこんなにしっかりしてきて嬉しいような、まだ子供でいて欲しかったと寂しいような、複雑な気持ちだよ」
中身はこの中で最年長だからな。前世の分も合わせると。
本当に数年しか生きていないアンドレ殿の息子と俺を比べるのは流石に可哀想だろう。