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アリス・アクイラの過去 6



「もういい。アリス」



レオに呼び掛けられて、私は手を止める。父様の首の傷を一通り治し終えて、母様の怪我を八割方治していた時だった。


父様の傷口から硝子の破片を取り除いていたレオが、私の方を見て制止するように言ってきたのだ。



「レオ…?」


「俺が気が狂って暴れて、それに巻き込まれて父様たちは怪我をした。その時に気絶したって説明するなら…多少怪我が残っていた方がいいだろう。跡が残らない程度に治したら止めていい」


「? まだ、治療できる、よ?」


「痛覚どころじゃなくて、自覚がないようだけどな」



レオは溜め息をついてから、苦々しい顔で自分の頬を指で叩く。


不思議に思いつつ私も自分の頬を触れば、固い感触がした。何だろう、と思って力を込め、抜こうをすると「あ、おい。雑に抜こうとするな」と咎められた。



「破片、突き刺さってる。お前もかなりの重傷だ。あと必死に表情を取り繕っているようだが、その魔法、体力か何か削られるだろう」


「…驚いた。知ってた、の?」


「妹の顔色が悪化してるくらい見れば分かる。残りの魔力は、あとは自分の治癒に回せ。父様に刺さっているものが取り除けたら、次はお前のをやるから。その後にちゃんと自分も治せよ」


「これくらいなら…私は、後回しでい…」


「やれ」


「分かった…」



有無を言わせず、納得させられてしまった。


そのまま私が治癒魔法をかけている間に、勝手に頭に布を当てられ、包帯を巻かれる。どうやら私も頭を切っていたらしい。


その後ピンセットで破片を取り除かれ、傷口を消毒された。



「すごい…慣れてる、感じ」


「応急処置はな。よし、終わりだ。魔法で傷口を塞いでいいぞ」



破片を全て取ると、レオはまた父様たちの処置に戻ってしまった。完全に治しきっていない傷口に薬を塗ったり、包帯を巻いたり、特に迷うこともなくテキパキと動いている。


…でも、そうやって動いている本人は、包帯を雑に巻いているだけだ。白い包帯は血が滲んで赤く染まっている。



「レオは? その怪我…治癒…」


「必要ない。暴れた本人が軽症じゃ説得力がないだろう。部屋をこの有り様にするくらいに暴れ回ったってことにしないといけないんだぞ?」


「…じゃあ、母様たちに、説明する? 魔法のこと…」



こちらは魔法の進歩が遅れている。父様が作る魔法道具でさえ最先端の技術という扱いなのだ。


道具の補助もなしに使える私たちの魔法は、はっきり言えば、こちらの人たちにとって夢物語の不可思議な力のようなものだ。だから、信じてもらえるかは分からないけれど…。



「…悪い。今はまだ黙っていてくれ。誤魔化すのは大変だと思うが」


「でも、誤魔化す、ために、その怪我を、放置するのは…」


「俺はいいから。兎に角自分のを治せ。万が一傷跡が残ったら罪悪感が更に酷くなる…」



そう言われて、腑に落ちないものの、渋々治癒魔法を自分をかける。レオが硝子の破片を取ってくれたおかげで大分やりやすかった。



「母様の服、適当に持ってきたから着替えさせてくれ。俺は父様を運んでくる。着替えが終わって、呼びに来てくれたら俺が母様も運ぶから。絶対に運ぼうとするなよ」


「私も、運べる」


「止めておいた方がいいと思うぞ。潰れるのが目に見えてる」



むっ…とした私は、母様の腕を掴んでどうにか持ち上げようとする。が、すぐに重力に耐えられず押し潰されて、地面に這いつくばる形になった。


ほら言った通りになった、とレオが苦笑する。



「体力がないアリスが耐えられる訳がないだろう」


「…そんな、こと、ない」


「はは。悪かったって。不機嫌になるな」



結局レオが二人を連れていくことになった。レオも大人の父様を運ぶのはしんどそうだったけれど、どうにかこうにか気力で引きずっていく。


置いていかれた私は、言われた通り母様を着替えさせることにした。


意識がない人を着替えさせるのは意外と難しいのだと分かった。手を入れて欲しくても、そう言って聞いてくれる訳もないので、身体を支えながら手を引っ張らないといけない。



「終わった…」



着替えを終わらせた頃には、びっしょりと汗をかいていた。額に滲む汗を拭い、思ったよりも時間がかかったから早くレオを呼びに行かないと、と考える。


レオがいるであろう、父様たちの寝室に向かった。


父様はベッドに寝かされていて、その横にレオが椅子に座っている。無言で父様を見つめる、彼の横顔はどことなく暗いものだった。…先程のことを気にしているのだろうか。



「レオ」


「…あぁ。今行く」



レオがこちらへと視線を移して立ち上がる。肩を並べて廊下を歩いている途中、私は「気に、してる?」と話しかけた。



「気にしていない、と言えば嘘になるな」


「…レオは、悪くない、と思う」


「自分の父親を殺しかけておいて?」


「…」


「無理に慰めなくていい。俺がやろうとしてたのは、それだけ許されないことだ」



私には、何と言葉をかければいいのか分からなかった。


その後は母様を運び終え、一息つくとレオが「何か飲むか?」と聞いた。疲労困憊になっていた私はすぐに頷く。レオが用意してくれると言ったので、咄嗟に思い付いた飲み物を頼んだ。



「ホットミルク」


「お前、あれが好きだなぁ…。俺が毎回蜂蜜を入れると、甘過ぎるって文句を言うくせに」


「落ち着く、から…」



呆れた顔をしつつもレオは台所へと行き、作りたてのホットミルクをカップに入れたものを私に渡してくれた。レオは蜂蜜を加えず、甘くないようにして飲んでいる。


一口飲むと、甘さがじわじわと疲れた身体に染みていく感じがした。いつも通りちょっと甘過ぎるものの、この甘さが飲みたいと思う時があるのだ。


先程まで騒がしかったのが嘘のように、屋敷は静けさに包まれていた。



「リアって、誰?」


「え? あぁ…口走ったな。夢で一緒にいた奴だ。忘れてくれ」



ずっと聞こうか、と迷っていた質問を投げ掛ける。レオは一瞬表情を強張らせた後に平静を装って答えた。


簡単には教えてくれないようだ、と思った私は質問を少し変えて尋ねることした。



「彼女、さん?」



レオは盛大にむせた。


タイミングが悪く、ホットミルクを飲み込もうとした矢先だったようで、口元を押さえ苦しげに呻いている。



「げほっごほっ…!!…ぃ…今の、気管に入った気がする…」


「えっと、彼女さん。頭がよくて、強くて、稼げて、借金がない人? じゃないと、私、応援できない」


「ここでその切り返しが来るか…」



私としては至極真面目に言ったつもりなのだが、彼は冗談だと思ったようで頬をひきつらせた。そして、一周回って面白くなったのか、「本人が聞けば腹を抱えて爆笑しそうだな」と笑いを堪えた声で言う。



「違うの? レオが、何だか必死に、探してた、みたいだったから…」


「アイツとはそういう関係じゃない」



迷う様子もなくキッパリと否定された。これだけ強く否定するということは、恋愛とはまた違う関係性だったのだろう。それでも、レオの言動から親しい間柄だったということは容易に推測できた。



「あんまり、話したく、ない?」


「…死んだんだ。俺にとっては、ついさっきの出来事だから、今はまだ詳しく話せそうにないな。けど」



レオはそこで一度区切り、宙をぼんやりと眺める。



「あの地獄みたいな世界の中で、唯一信頼できて、背中を預けられる奴だった」



優しい、懐かしむ声でそう言った。







ちなみに。


風魔法はレオが一番得意な魔法です。一話でお金を奪う時に、男性の首を切り落としたのもこれですね。


鎌いたちのような感じです。魔力で風を圧縮し、殺傷能力を上げた空気の塊をぶつけます。


一番使い慣れているものなので、レオが唯一無詠唱で安定して発動できる魔法です。本気でキレた時、咄嗟に使ってしまうのはこれです。


ただ、あまり使い勝手はよくありません。基本的に外用ですね。室内、特に密閉された狭い空間でやると、壁で跳ね返ってきた風が自分に当たり、大怪我を負う…ということになりかねません。


再生能力が高い魔物の身体なら、ある程度は大丈夫でしょうが、今の人間の身体だと確実に大変なことになります。


一瞬でライアンの背後に回り驚かす…というシーンがありましたが、この瞬間移動も風魔法の応用です。この使い方なら室内でも使用可能です。それでも、やはり外の方がやりやすくはありますが。


魔力操作による身体強化、プラス風魔法を加えると、人間を完全に止めてるレベルの速さになります。


また、この魔法については、レオはほとんど他人に教えません。


幼少期はよく使っていましたが、王座に座ってからは「変に見せびらかして、対策がされると面倒」という理由から、いざという時の奥の手という扱いにして、使用を控えるようになりました。


ですので、メインで使うのは火の魔法や体術ですね。前世よりも魔力量が限られているので、できる限りは体術、または試験管で携帯している薬で対処するように意識しています。




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