アリス・アクイラの過去 1
私はずっと…貴方に謝りたかった。
私には初めから父がいなかった。唯一血が繋がった肉親は母親だけ。そして彼女は私を生んだ時、私を神の子だと信じ込んだらしい。
「本当なんです。夫も恋人もいないのに、この子を授かったのですよ。この子はきっと神からの贈り物に違いありません」
母は田舎に住む、ただの貧しい村娘で、そして敬虔な信徒だった。夫もいないというのに子供を身籠ったのだから、特別な子であるに違いない。そう考えた母は村の教会に私のことを伝えたのだそうだ。
勿論、ただの村娘の言葉など簡単に信じられるはずがない。十何回も門前払いをされ、そして、ある日。
運よく私は神父様の目にとまった。彼は赤子の私を一目見て「この子は特別な存在だ。私には分かる」と言った。
この日から、私は"聖女"として扱われることになる。
幼少期の記憶のほとんどは、小さな部屋で過ごしたものだった。
聖書が一冊。寝起きするために必要な最低限の家具。外側から鍵をかけられた重くて分厚い扉。外の世界を覗くことができない代わりに、天井近くで眩しく輝くステンドグラス。
扉が開けられることは滅多になく、食事は扉につけられた小さな窓口から入れられる。
「…」
数ヵ月に一度、会いに来る神父様以外に話しかけてくれる人もいず、私は十歳になるまで満足に言葉を喋ることができなかった。その代わりに文字だけは教えられていたから、私はずっと聖書とステンドグラスを眺めていた。
幼い私の世界はその部屋だけで完結されていた。小さな独房のような場所だった。
それらは全て"世の穢れから守るため"。まだ幼く、身体も弱い私はこの部屋から一歩でも出ればきっと死んでしまう。だから、もう少し成長して許可が下りるまで、ここにいなくちゃいけない。そう何度も言い聞かされる。
私は疑いもしなかった。疑うということさえ知らなかったから。
「聖女様。行きましょうか」
そして十歳になって、開けられることがなんて想像もしなかった扉はあっさりと開かれ、外の世界へと連れ出された。
私は初めて外の世界は眩しいのだと知った。
「…っ!」
太陽は明るくて、空気は美味しくて、頬を撫でる風は心地よかった。空は涙が出るくらいに綺麗な青色で、教会の庭には花が咲き乱れている。美しかった。私はすぐに外の世界が好きになった。
でも、それと同時に、世の中には苦しいこともあるのだと知ることになった。私には一つだけ仕事ができたからだ。それは…治癒魔法を覚えること。
「貴方は選ばれた方だ。きっとできるはずです。さぁ、もう一度」
毎日五時間だけ行われた魔力操作の練習は、地獄のような時間だった。
肺が痛かった。心臓が爆発しそうだった。目と脳の奥がズキズキと痛み、口からは血の味が消えない。
思わず床に膝をついて、もうできない、やめて、助けて、と目で訴える。
しかし、神父様は憐みの視線を向けるだけで決して許してはくれなかった。
「苦しいでしょう。辛いでしょう。私もそうでした。ですが、これもまた貴方が練り越えなければならない試練なのです。続けなさい」
神父様は村で唯一魔法が使える人で、彼は私の先生でもあった。
彼もまた若い頃は、死に物狂いで魔法を身に付けたらしい。苦しかった、と彼は言う。しかしこれもまた自分が成さねばならないものなのだと己を叱咤し、努力を続けたのだと言われる。
穏やかな人だったけれど、魔法の指導には一切妥協せず、私が練習を嫌がっても絶対に休むことを許してくれない人。熱が出ている日も、肺が痛くて満足に呼吸ができない日も私の練習は続けられる。
厳しい人だった。それでも私は彼に褒めて欲しくて、必死に血反吐を吐きながら魔力操作を身に付けた。
「よく頑張りましたね。流石は聖女様です」
初めてそう言ってもらえた時、飛び上がるほどに嬉しかったことをよく覚えている。頬を赤らめる私に彼は目を細めて、大きなあたたかい手で頭を撫でてくれた。
まるで自分の娘を褒めるみたいに。
私には母がいると聞いていたけれど、物心がついてからは一度も会ったことがない。私にとっての親は神父様だったのだ。小さい頃から彼だけが私に話しかけてくれた。色んなことを教えてくれた。頑張れば褒めてくれた。
彼の言うことは絶対で、いつも正しい。私のことを気遣ってくれて、顔さえ分からない母の代わりに大切に思ってくれている。私は神父様を慕っていた。
「聖女様。聖女様、助けてください」
治癒魔法が使えるようになると、もう一つ仕事が増えた。患者の人たちを治療することだ。毎日、沢山の人が来た。
大怪我をして血が止まらない人、心の病を患った人、片腕を失った人、生きることに絶望している人、不治の病を患って死を待つだけになってしまった人。
私の役目はこの人たちを元気にすることだった。…でも、元々身体が弱かった私は、彼らを全員救えるほどの力がなかった。重い病を患っている人は、救えるのが十人がやっと。
それ以上治療をすると、私の身体は悲鳴を上げ始める。魔力が乱れ、耐え難い苦しみが襲ってくる。
それでも自分の体調のせいで患者の人たちに我慢を強いらせているのが申し訳なくて、気力だけで治療をしていたある日。
冬の日だった。ぷつりと心のどこかで音がして私は思ったのだ。
もう治療をしたくない。
苦しかった。しんどかった。もう限界だった。
溜め込んでいた不満や疲れがあふれ出て、そう思ってしまったのだ。
「…もう、やだ」
それが生まれて初めて、私が自分の意思で言った言葉だった。今日は治療をしたくないと私は神父様に我が儘を言ったのだ。
その瞬間、なんの躊躇もなく頬を叩かれて、私は痛みに呻いた。
「治療ができない貴方に価値などありません」
神父様は冷たい目で私を見下ろしていた。その恐ろしさに思わず身体が固まってしまう。
「…ぇ」
「自分が苦しいからと役目を放棄することのなんと幼稚なことか。貴方は選ばれた聖女なのです。自分の我が儘を押し通すことが許されると思っているのですか」
「だって…私は…」
「聖女とは民を癒やし、民を想い、民に尽くすものでなければなりません。この、聖書に書かれた聖女のように」
神父様はそう言って、懐から聖書を取り出して愛おしげに撫でる。
聖女。私は部屋のステンドグラスを思い出した。
慈愛に満ちた眼差しをこちらへと向ける少女。彼女こそが聖書に登場する聖女で、私が手本としなければならない存在。
「貴方は彼女にならなければなりません。それが貴方の使命なのですから」
皆が私を聖女と呼ぶ。
だから、私は彼女のようにならなければいけない。人のために動き、身を捧げ、この命が尽き果てるまで人々を愛し守らなければならない。
…頭では、そう分かっていたはずなのに。
「反省はなさっていないようですね」
「…離してっ!!」
神父様は私の腕を乱暴に掴んで部屋から出た。ギリギリと強く掴まれた手は振りほどくことなんてできなくて、私は引きずられるように外へと連れ出される。
その日は大雪が降っていた。地面にも降り積もっていて、辺りは銀世界だった。
これからされるであろうことを察して「嫌だ」と抵抗すると、乱暴に雪の下に放り投げられる。全身がびっしょりと濡れて、肌を刺すような寒さに泣きそうになった。
「暫く、そこで頭を冷やしなさい」
冷たくそう言われ、扉が閉じられる。
「まって…」
無慈悲に閉められた扉に私は手を伸ばした。叩いても、助けを呼んでも扉が開けられることはない。
「ごめん、なさい。わがまま…言わないから。だから…捨てないで…」
扉に向かって、私は謝罪し続けた。
自分が必要ないとされることが、どうしようもなく恐ろしかったのだ。
この居場所を失ったら、私には何も残らない。"聖女"でない私なんてきっと誰も必要としてくれない。
「ごめんなさい。わがまま、言って、ごめんなさい。もう、言いません。治療します。させて、ください。ごめんなさい。…捨てないでっ…ください…」
何時間もそう叫んで。開く気配がない扉を、私は指先が血で真っ赤になるまで引っ掻き続けた。
縋ることしかできなかった。私は誰かに必要とされたかった。
この日、私は悟ったのだ。私はどんなことがあっても"聖女"であり続けなくてはいけない。
たとえ自分がそんな大層な存在のではないのだと思っていたのだとしても、他の人たちにそう思わせるように演技をしなければ…自分の有用性を存在し続けなくては、誰も自分という存在に見向きもしなくなるのだと。
いつの間にか私は意識を失っていて、気付いた時には暖炉で温められた部屋の中に座っていた。
あたたかい。くるしくない。さむいのはもういや、ずっとここにいたい。
パチパチと火花が散る様子を眺めながら、肩にかけられた毛布にくるまり震えていると、ドアが開く音がして神父様が入って来た。
また外に連れ出されるのだと思うと怖くて、私は彼の手から必死に逃げる。だけど小さな部屋の中ではすぐに逃げ場はなくなってしまって、私はぎゅっと目をつぶった。
そして、神父様は怯える私を優しく抱き締めてくれた。
私はなにがなんだか分からなくて身体を強張らせる。だけど、同時にそのあたたかい体温にどうしようもなく安心してしまって、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
「反省しましたか?」
私は何度も頷いた。
「はん、せい…したから…。すてないで…」
震える唇で、寒さでろくに動かなくなった舌で、必死に私は訴える。
神父様は慰めるように私の頭を撫でた後、静かな声で言った。
「それは貴方次第ですよ、聖女様。私を失望させないでください」
私はその日から、なにも自分の意思で喋らなくなった。
馬鹿な私は神父様が求める聖女らしい言動なんて分からなかったから、なにが言っていいことなのか、なにが駄目なことなのか分からなかった。だから、せめて余計なことを言わないように、口を閉ざし続けることにしたのだ。
苦しい治療も文句も言わずに、毎日ただ耐え続けた。私にできることはこれしかないのだからと、自分に言い聞かせ続けた。
「いいですか。この世の中には、魔物、魔族と呼ばれる化け物がいるのです」
そう教えられたのは、魔物に腕を食われたという少年を治療していた時だった。
酷い傷口だった。無惨に食いちぎられ、肉が抉られている。
治療を終えても襲われた時の恐怖がその子の心に住み着いてしまったのか、その子はずっと「たすけて」「いたい」「ゆるして」「こわい」という言葉を繰り返していた。私はその子を抱き締めることしかできなかった。
治癒魔法は万能じゃない。傷口を塞ぎことはできても、失った手が戻って来ることはないし、心の傷まで癒してあげられない。
そんな無力感に苛まれている時に、神父様は憎々しげにある方向を睨んで吐き出すように言う。彼の視線の先には立派な城があった。魔物たちを統べる王が住んでいると言われる場所。
「奴らは姿も醜く、心というものもなく、私たち人間をずっと虐げ続けている。魔物とは、生きるべきではない醜悪な生物なのです。…もうすぐ天罰が下ることでしょう」
神父様は魔物を憎んでいて、村の誰もが憎んでいた。だから私も魔物たちは憎むべき相手なのだと信じるようになった。
「さぁ、聖女様」
ある夜、ナイフを渡されて村人たちで捕まえたのだという魔物の前に立たされた。
初めて見る魔物はまるで獣のようで、自分の身体を縛る鎖から必死に逃れようとしている。血走った目が私を睨んだ。その目が一瞬恐怖に揺れたように見えて、私は上手く息ができなくなった。
神父様が魔物を指さして「殺しなさい」と囁く。村の人たちが期待の眼差しを向けている。
殺さなきゃ。役目を果たさないと、私は捨てられるんだから。
大丈夫。
だって神父様だって言ってたじゃない。魔物には心がないんだから。
心がないのなら、これを殺すのは悪いことなんかじゃない。
死んで当然の存在なんだから、これを殺すのは、きっといいことなんだ。
大丈夫。大丈夫。…刺せばいいだけ。ほんの少し我慢すれば、すぐに終わる。
息を整えて、手に持っていた小さなナイフを魔物の心臓に突き刺した。ぬるりと生暖かい血が私の手を汚した。
「素晴らしい!!!」
割れるような拍手に場が包まれる。皆はきらきらとした目を私に向けていて、「聖女様が仇をとってくださったぞ!」と輝くような笑顔を浮かべていた。
その姿を見て…私はひどい吐き気を覚えた。
「聖女様!」
この場にもう一秒だっていたくなくて、私は逃げ出し、教会にある自分の自室へと逃げ込んだ。
ベッドに寝転がり毛布をかぶる。耳と両手で塞いで目を閉じれば、今だけはこの世界のすべてから逃れられた気がして、ようやく肩の力が抜ける。
「だい、じょうぶ。だいじょうぶ…」
鳥肌が立っている自分の腕をさすり、大丈夫だから、と自分に言い聞かせる。
魔物には心なんてない。あんな生き物、死んで当然なんだ。
私はいいことをしたの。
殺したんじゃない。あの魔物が勝手に死んだの。
だから私は…誰も殺してなんかいない。
私は必死にそう思い込んで、自分の心を守ろうとした。そうしないと、自分が正しいと思っていたものすべてが崩れ落ちてしまいそうだったから。
次の日には私の記憶はもうおぼろげで、罪悪感のような感情も薄れていた。神父様に「昨日はすぐに帰ってしまわれて、皆が心配していましたよ」と言われて、なにをしたんだっけ、と首を横に傾げる。
神父様は笑って「覚えておく価値もない、どうでもよいですよ」と言ってくれた。
十三歳になった時、私はあることに気付いた。嫌な胸騒ぎを覚えたり、酷い頭痛がすると、必ずその後に何か不幸なことが怒るのだ。ある時は穀物の不作。ある時は、見知った患者が命を落とすこと。ある時は悪天候を予言した。
十四歳になる頃には、その力を自覚するようになって、もっとはっきりと分かるようになった。
「素晴らしい。それこそ、聖女様の力です」
神父様はとても喜んでくれた。聖書に書かれていた聖女も、天啓を聞くことができたらしい。
声は聞こえないし、ただ単に勘が鋭いだけなのだろうと私は思ったけれど、それを聞いた皆がひどく喜んでくれたから否定することができなかった。
「…」
その日、私は久しぶりに聖書を読んだ。
部屋に閉じ込められていた時は暇さえあればずっと読んでいたはずなのに、治癒魔法を覚えてからは自然と遠ざけていて、読むのは数年ぶりだった。
聖女と呼ばれる少女が、悪魔とも魔王とも呼ばれる化け物を倒すまでの物語。本の中で少女が人々に言ったとされる言葉は教えとされ、村人たちの心の拠り所になっている。
聖書にさえも、魔物たちは憎むべき敵として書かれている。
少女は癒しの力を持ち、人々を守る。しかし、ある日決意するのだ。このままでは自分たちは虐げられるだけだと。戦わなくてはならないと。
「『私は勇者じゃない。でも、これで貴方を倒すの。私は魔王を倒さなくちゃいけないから。貴方が王座に座ってから、魔族は更に力をつけた。だから、貴方を倒して、戦力を削ぐの。…ごめんなさい』」
私は聖書に書かれた、彼女の台詞を声に出して読み上げる。物語の中で少女は死ぬのだ。魔王を殺すために自分を身代わりにする。
命をかけて他の人たちを守る、そんな慈愛に満ちた彼女だからこそ聖女だと慕われているのだろう。
…どうして、この人は謝っているんだろう。謝っても魔族には心なんてないから、分からないはずなのに。
人を殺すのは悪いこと、だけど魔物を殺すのはいいことだ。だから謝罪の必要なんてない。
私には彼女が、最後の言葉として謝罪を選んだ理由が分からなかった。神父様に聞いても「私ごときでは、その方のお心を推し量ることはできません」と言って教えてくれなかった。
分からない。私は彼女の代わりをしなくちゃいけないのに。
分からないことが、酷く不安だった。
そして十七歳になった時。私は神父様に呼び出されて、ある使命を告げられた。
「魔王を殺しなさい」
あまりにも唐突過ぎて、最初は言われた言葉が理解できなかった。
魔王というのは魔物たちをまとめる君主のことで、実力主義の彼らの中で頂点に立っているということはただの人間が太刀打ちできないほど強いということを意味している。
そんな存在を自分が倒せるとは思えなかった。
「近年、魔族に襲われて命を落とす人が増えているのは知っているでしょう」
魔物の人口が増えていることは知っていた。
それに比例するように、魔族に襲われて運ばれてくる患者の数も増えている。…助けられなくて、目の前で死んでしまった人が沢山いた。
「魔王を殺せば、魔族たちに混乱が生まれます。また人間が魔族の中で最も強い者を殺したとなれば、奴らも今のように簡単に手を出してこなくなるでしょう。できますね?」
私は知らずの内に手を握りしめていた。手のひらはじっとりと汗ばんでいて、喉がからからに渇いている。
いつものように、すぐに「できる」と頷くことができなかった。
自分が魔王を殺すだなんてできるわけがない。
だけど、神父様は私が魔王を殺せると信じ切っているようで「心配する必要はありません」と微笑む。
「聖書で聖女様が亡くなったのも、今の貴方と同じ十七歳でした。貴方と過ごした時間は私の宝物ですよ。少し寂しくはありますが、とても誇らしい気持ちでいっぱいです」
「…ぇ」
まるで最初からこうなることが決まっていたような口ぶりに、私は思わず声を上げる。
神父様と話すのはあの冬の日以来で、話すことはとても怖かったけれど、それでも尋ねずにはられなかった。
「私を、そのために…育てたの…?」
最初からそのつもりで私を引き取ったの。十七歳になったら魔王の元に送って、死なせるつもりだったの。
声を出したのは、どんな形であっても彼に否定して欲しかったからだった。自分は愛されているのだと信じたかった。
だけど、神父様はにこりと笑って、嬉しそうに肯定した。
「ええ。最初は私ごときが聖女様を育てるなどできるはずもないと不安でしたが…。貴方はそんな私を慕ってくださり、ここまで成長なされた。微力ながら聖女様のお力になれて、とても嬉しく思います」
彼の言葉には嘘がなかった。悪意もなくて、ただ親愛や敬意だけが滲み出ている。
彼は私を愛してくれていた。歪ながらも。彼なりの方法で。
十七歳になったら死を迎えさせることもまた、彼の愛情だったのだろう。
聖書の中の聖女と同じ死に方をさせることは私の幸せに繋がるのだと、彼は信じて疑っていなかった。
私は神父様が好きだった。顔も知らない母の代わりに愛情を注いでくれた人。嫌いになれるはずがない。
神父様が言うことはいつも正しい。だから今、私が覚えているこの感情はきっと間違いで、本当は喜ぶべきなのだ。神父様が喜んでくれているのだから。憧れの聖女と同じ死に方で、人を守って死ねるのだから。
「…はい。神父様」
この人のために私ができることは、“聖女”として死ぬことだけなのだから。
魔王の城に向かう途中で、人間に飼われている羊の群れを見つけた。
羊毛を刈り取られ続けて、使えるだけ使われて、最後は肉になって人の懐に収まる。肉の一欠片まで利用され尽くす動物。
何故だか分からないけど。私みたい、と思った。
でも、どうしてそう思ったのか、私には上手く説明できなかった。