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英雄 22 (三人称)


「遅い!!」



ライアンは、窓から雨が降り続く外の様子を眺めつつ、不満げな声を発した。今は既に夜だ。レオと分かれてからもう何時間も立っているが、未だにアリスとレオも帰ってこない。


ロージーもサイラスも、夕食の席に二人の姿が見えないことに心配していたし、ライアンだってあんな別れ方だったから気がかりだった。


雨雲を睨み、せめて雨が降っていなかったら、とどうにもならないことを考える。天候がよかったら他にも色々とできることがあったかもしれないのに。



「はぁ…」



ライアンは窓から離れ、ベッドに勢いよく身を投げる。毒とは何なのだ。噛み跡とは何なのだ。二人はちゃんと無事なのか。そんなことを悶々と考えていると、ふとライアンは思い出した。



「あれ…俺、何か忘れてないか…?」



自分自身に向けてそう呟くと、妙に心が落ち着かなくなる。何か大事なことを頼まれていたような…。


ひっ、と悲鳴が漏れそうになった。片手で口を覆い隠すことでどうにか我慢したが。



「伝言と上着っ…!!」



そもそも伝言はアリスに伝えてくれと頼まれたものだし、そのついでに上着も渡してくれと言われていたのだ。一気に血の気が引いていく感覚がし、ライアンは飛び起きた。


渡すの忘れてたなんてアイツに知られたらっ…! こ、殺されるっ…!!


命の危機を感じ、ライアンは一階へとかけ下りる。



「母さんっ、アリスの部屋から…母さん?」



咳き込む音がして、ライアンは足を止めた。ロージーはぐったりとした様子で椅子に座っており、こちらを見上げると「…何かしら」と弱々しい声で尋ねてくる。


見覚えのある様子に懸念を覚えたライアンはすぐに駆け寄り、「体調が悪いのか?」と焦った口調で聞いた。



「ちょっと風邪を拗らせたかしらねぇ…」


「…母さん。手、見せて」



答えを聞く前にライアンは母の手を掴み、テッドの母親にあった噛み跡を探す。



「ない…」


「ちょっと。どうしたの?」


「最近、虫に噛まれたりしてないか?」


「虫?」



ロージーは不思議そうな顔をし、「そう言えば」とスカートの裾を少しめくり、膝までを見せる。ふくらはぎの辺りに、赤い小さな、何かに噛まれたような傷跡が残っていた。



「この前…洗濯物を干している時にチクッとはしたわね」



レオの言う通りだ。その赤い噛み跡を見てライアンは青ざめる。掴んでいる手もライアンの体温より確実に高く、熱が出始めていることが分かる。



「父さんは?!」


「お酒を飲んで眠くなったみたいで、もう寝ているけど…。ライアン、ちょっと落ち着きなさい。朝から慌ただしいわよ」


「今すぐ父さんを叩き起こして看病させて!! 母さんはベッドで安静にしてて!!」



ライアンはそう叫んで、アリスの上着を探し出し家から飛び出した。雨外套を雑に羽織り、朝にアリスが行くと言っていた患者の家へと急ぐ。後ろからロージーの引き留める声がするが、ライアンは振り返らずに夜道を走り続けた。



「くそ…くそっ…!! 何なんだよ!! 訳が分からねぇ!!」



まさか母さんがなるなんて。未だに信じられない気持ちだった。


村で人が病に苦しんでいても、それはやはりどこか他人事で、自分やその周りには関係のないものだと信じ込んでいたのだ。実際に家族がなってから、他人事じゃないんだと実感した。


アリスなら熱も治せるはずだ。まだ病状が悪化してない内に治してもらわなければ。


そう思ってライアンは走った。


目的地にたどり着き、何度もドアを叩く。住人が怪訝そうな顔をして、ドアを開けると同時にライアンは「アリスは?!」と尋ねた。



「ライアン君じゃない。どうしたの?」


「アリスは…いないんですか?」


「アリス? あぁ…お昼くらいから会ってないわ。ちょっと前から体調を崩している人がいたから、その人のところに案内したんだけど…」


「昼…?」



今は夜だからもう何時間も前だ。彼女から案内したという次の患者の家を聞き出し、ライアンは頭を下げてからまた走り出した。


次の患者のところへ行っても、かなり前にここを去ったと告げられる。



「まだ戻ってないってことは…こんな時間まで治療してるってことか…?」



そう思ったライアンは近所の家を回り、ここに銀髪の女の子が来ていないかと聞き回った。分かったことは、一週間ほど前から体調を崩した人が多数いたということだ。


最初はただの風邪かと思ったら、この数日で急に高熱が出始め、何をしても下がる気配がない。アリスに治療してもらったという患者たちは口を揃えてそう言い、彼女には助けられたと感謝の言葉を述べる。



「いやはや、あの子はすごいねぇ。まだ小さいのに、熱に魘される儂を大丈夫だと励ましてくれてのぉ…。天使様がいらっしゃるのなら、きっとあの方のような人を言うんだろうねぇ」



彼らの話を聞きながら、自分が思っているよりも深刻な事態になっているのかもしれない、とライアンは不安に駆られた。


七人。ライアンが聞いただけでもこれだけの人数が治癒魔法を施されている。


この短期間に七人も、レオが言っていた生物に噛まれているという事実も気になるが、それよりも気にしなければならないのは、一日でこの人数をアリスが治療したということだろう。


外の人間との交流が少ない閉鎖的な村だ。


村人たちの距離は近くて、親戚同然の付き合いをしている人がほとんど。噂話はすぐに広がるし、何かあれば互いに助け合おうという精神が根付いている。


そして、原因不明の病か何かが流行り始める。この状態でアリスの存在が知られれば、他の親しい人も治して欲しい、と頼むのは自然なことだろう。


母を治してもらうために彼女を探している、今の自分のように。



「…っ」



ライアンは唇を噛み締め、また雨の中を走り出した。







「駄目だっ…!! この子、顔色が真っ青だよぉ…!!」



アリスがいたのはテッドの家だった。ドアをノックしようとするとそんな声が聞こえてきて、ライアンは慌てて窓から中の様子を伺った。


テッドが、アリスをキャシーから庇うように両手を広げて立っていた。目には涙を溜めて今にも泣きそうで、足はガクガクと震えている。それでも必死に声を張り上げている。



「何を言ってるの? 貴方のお母さんも病気なんでしょう?」


「…な、なんで分からないの?! この子、今にも倒れそうなんだ!! この子の方がお医者さんが必要だよ!!」



彼の後ろには朝よりもぐったりとした様子のアリス。キャシーは気付いていないようだが、明らかに足元がふらついているし、体調が悪いのが分かる。あのままだとすぐに倒れそうだ。


ライアンは居ても立ってもいられずに、ドアを乱暴に叩いて「テッド!! 入れてくれ!!」と叫んだ。



「ラ、ライアン?」



テッドが驚いた様子でこちらを見て、ドアを開けると同時に、ライアンは家の中へと入りアリスを手で支えた。アリスの身体から力が抜ける。



「おい!! 大丈夫なの…か…?」



支えた身体が、自分よりも熱いことに気が付いた。平熱じゃない。まさか…アリスも…。


一気に青ざめるライアンとは対照的に、アリスはぼんやりと宙を眺めている。



「治さ…なきゃ…」



治さないと、私が、役目なんだから、とうわ言を呟いている。正気じゃなさそうだと判断したライアンは「アリス!! しっかりしろ!!」と肩を揺すった。


アリスは顔を上げ、ライアンを見上げた。どこか虚ろな瞳と目が合った。



「ごめん…レオ。…ごめんね」



そう言って、アリスは気を失った。







補足(なくても本編は読めますので、読み飛ばしても大丈夫です)



急に病人がバタバタと倒れているように見えますが、ライアンたちが気付いていなかっただけで、かなり前から噛まれている人はいます。


治せると分かって「私も」「あの人も」とアリスが連れ回されているので、何故か急にめっちゃ病人が登場してくる…みたいな展開に見えますね…。


アリスの治癒魔法は自分にもかけられますが、魔力操作ができないほど自分が体調が悪い場合は、魔法が使えません。使えば逆に悪化、悪い場合は魔力操作を誤って死に至ります。


体調不良の時に魔法が上手く使えないのは、アリスだけでなく、魔法を使う人間や魔物全員に言えることです。


もう少し早めに対処すれば、アリスのも治癒できたのですが、彼女は自分のことに関してはかなり無頓着なので気付いていませんでした。ここはレオと少し似てますね。



次はアリスの過去編となります。楽しんでいただければ幸いです。


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