英雄 19 (三人称)
「一緒に来てちょうだい!!」
そんな大声でライアンは目を覚ました。ベッドから飛び起きて一階を見れば、アリスの手を掴むキャシーの姿が見えた。サイラスとロージーは困惑した顔をして二人を見ている。
「私の知り合いが倒れたの。また熱よ。あの人と同じだわ」
「えっと…」
「あの熱、どの薬も効かないのよ。貴方じゃないと治せないわ」
やられた、とライアンは思った。今日の朝、これからキャシーの記憶を消しに行く予定だったのだ。
サイラスたちは昨日レオに魔法をかけられていて、アリスの力のことは忘れている。そのため二人は何の話なのか理解できずに、ただ状況が飲み込めずにキャシーとアリスを見守っているだけだ。
せっかく消したのに、この調子だとまだ言いふらされてしまう。彼女が言う、次の患者にも治癒のことを言ったりしている可能性も…。
「失礼。どのようなご用件で?」
アリスたちの間に、レオが割って入った。キャシーは見るからに気分を害した様子で「誰?」とレオを睨み付ける。
「関係性は、彼女の兄ということになりますね」
「…そう。お兄さん。貴方も不思議な力が使えるの?」
「何のことでしょう。夢でも見られたのですか? 不思議な力が使えるなんて何とも素敵な世界観ですね」
「…私が寝ぼけているっていいたいのかしら。本当よ。昨日、貴方の妹が私の夫を治したの。熱も、足もね。すっかり元気になったわ」
「貴方の妄想では?」
「…っふざけないで!! こっちは人の命が関わっているのかもしれないのよ?!」
馬鹿にするように嘲笑され、キャシーは激昂した。レオに詰め寄って「何よ、さっきから偉そうに!!」と叫ぶ。
「分からないの?! 怪我が治るのよ! まだ薬が作られていない、不治の病と言われているものでさえ治せるかもしれない。これがどれだけ苦しむ人の救いになることでしょう」
「…まるで自分のもののように語りますね。治す治さないを決める権利はアリスにあるでしょう」
「彼女の力は神様からの贈り物よ! 一人でも多くの人を助けるために使われるべき力だわ。そうでしょう?」
レオは冷ややかに彼女を見つめていた。ライアンは、彼が背中に隠し持っているものに気付く。試験管だった。タイミングを見計らって彼女にかけて、記憶をなくすつもりなのだろう。
「待って」
そう言ったのは、アリスだった。彼女は思い詰めた顔をして、「熱、出してる人がいるの?」とキャシーに尋ねる。
「ええ!! そうよ! 苦しんでいる人がいるの!!」
「そう、また熱…」
少し考え込んだ後にアリスは、レオを振り返り「治しに、行く。放って、おけない」と告げた。
「面倒なものに目をつけられたな。こういう輩は話が通じないんだ」
「記憶も、消さなくて、いいから。予備、少ないんでしょ?」
「お前の胸騒ぎはこれか?」
「その一部、だと、思う。だから、記憶は、消さないで。いつもと、違う事態に、なってるって、村の人たちも、知っておいた方が、いい」
「…放っておくべきだと俺は思うが」
「貴白を見つけるまで。でしょ? 私は、その間、好きにやる。レオも、私のことは、放っておいて、いいから」
「…分かった。お前がそうしたいのなら好きにやるといい。後で後悔しても知らないからな」
「うん。ありがとう」
レオと簡単な会話をし、そのままアリスはキャシーに連れられて家を出ていった。ライアンは急いで二階から下りて、いいのか? と問いかける。
「どう行動するのかは彼女は決めることだ。俺が口出しをする権利はないだろう」
「でも、家族なら。危ない目に遭うって分かってたら、たとえ喧嘩してでも止めるものじゃないのか?」
「貴白を見つけるまで好きにやれと言ったのは俺だ。止めるつもりはない」
「…そうか」
空にはどんよりとした暗雲が立ち込めている。
そんな空の下、いつものように朝の特訓をしている最中、「ああー!!」と大声がした。何の騒ぎだとレオたちが見れば、桶を抱えたテッドがいた。
彼はレオに容赦なく蹴られているライアンを見て、口をパカッと開け、顔を真っ青にし、泣きそうな顔になった。誰だ? と首を横に傾げるレオと、あ、これは誤解されてる、と察するライアン。
「ラ、ライアンを苛めるなぁ!!」
テッドは桶を放り投げ、こちらへと走ってきた。両腕を交互にぐるぐると振り回して。彼にとっての精一杯の威嚇なのだろうが、喧嘩慣れしていないのが簡単に分かる。
勿論、そんな攻撃がレオに当たるはずもなく。レオはテッドに足をかけて転ばせる。「ぴゃっ!!」と間抜けな悲鳴を上げて、テッドは思いっきり地面に顔をぶつけた。
「痛いぃぃ…!!」
「…コイツは?」
「俺の幼馴染みみたいなもんだよ。テッド、何やってるんだ?」
ベソベソと泣くテッドに、ライアンは呆れながら、助け起こそうと手を差し伸べる。
「だって、だってぇ…ライアンが悪い奴に苛められてたから…」
「誤解だって。俺は特訓に付き合ってもらってるんだよ」
「特訓…? ライアンの?」
「そう。コイツって結構すごいんだ。だから色々と強くなる秘訣を教えてもらってるって訳」
「へ、ぇ、そ、そうなの…?」
テッドは恐る恐るレオを見る。事実なのでレオも頷く。
「ぴっ、ごっごめん!! 急に殴りかかったりして!! 痛かったよね?!」
「いや、掠りもしてないが」
「どうしよう…本当にごめんね。ライアンが嫌なことされてると思ってたから、必死で…ライアンの友だちだったなんて…」
「「別に、友だち(友人)ではない」」
「え、えぇ…い、息が合うんだね…」
きっぱりと否定しあった二人に、テッドは面食らったようだった。「まぁ兎に角、勘違いでよかったよ…」と安心して、放り出していた桶を取ってきた。
「どうして桶なんか?」
「あぁ、母さんが動けなくなっちゃって。僕が水を汲みに行くことになったんだ。今日は偶然早起きできたから、早めに汲みに行っちゃおうって思ってさ」
「動けない? まさかお前の母親も熱か?」
「え、何で知ってるの? 僕言ったっけ?」
どうやらテッドの母親も熱が出ているらしい。昨日の夜から熱が出て、今も寝床から起きられないようだ。風邪とかだと思うんだけど、とテッドは特に重くは受け止めてはいないようだが。
ライアンはレオに目配せした。これって…。
「流行り病か、それとも…。お前の家に案内してもらえるか?」
「え? いいけど。どうしたの?」
「調べたいことがある。悪いようにはしない」
特に断る理由もないテッドは不思議そうにしつつも、あっさりと家に来ることを許した。ライアンはレオに「調べられることなんてあるのか?」と小声で話しかける。
「アリスの治癒の後だと、何が原因か分からないからな。治癒前の患者を見ておきたい」
「酷いやつなのかな…?」
「アリス程、勘が当てになる訳ではないが。…確かに、嫌な胸騒ぎはあるな」
こうしてライアンたちは、テッドの家に向かうことにした。