英雄 18 (三人称)
レオが帰ってきたのは深夜だった。村人も寝静まったような時間帯に家の扉が開く音がして、上着を羽織ったレオが入ってきたのだ。
眠る気もおきずに彼が帰ってくるのを待っていたライアンとサイラスは、無事に帰ってきたことにほっ…と安堵の息を吐いた。
「おや、まだ起きられていたんですね」
「お前なぁ!! いくらなんでも遅すぎるぞ!!」
「そうだぞ。レオ君。君が貴白をずっと探しているのは知っているが無茶はよくない。危ないだろう」
とっくに寝ているかと思っていた、という顔をするレオに、二人は、寝られるはずがないだろう、と反論する。ライアンでさえレオを山に残してきたことをそれなりに気にしていたのだ。
「…レオ君。君の妹さんのこと聞いてもいいか?」
レオの安全を確認したところで、サイラスは真剣な顔で尋ねる。
「その様子だと、彼女の力を知ったということでしょうか」
「やはり知っていたんだな。彼女の兄なんだから当然か」
「他人の前で、ほいほいと見せるものではないと言ってはいるのですがね。怪我人を前にすると、その後のことも気にせずに、その場で治療しようとするのは彼女の悪いところです」
「あの力は生まれた時から?」
「そうではないでしょうか。僕は詳しくは知りませんけど」
レオの言い方に違和感を覚え、「どういう…」とサイラスが口を開きかける。次の瞬間にレオは懐から試験管を取り出し、サイラスに中の液体をかけていた。驚く暇もなく、サイラスは意識を手放しその場に崩れ落ちる。
「父さん?!」
「残り二本…。初めの内に使いすぎだな」
「お前、何やってるんだよ!! 父さんに何したんだ!!」
「寝ているだけだ。そう騒ぐな」
そう言われてライアンが落ち着いて見ると、父がただ眠っているだけであることが分かった。
「そちらに敵意がないのなら、特に傷付けるつもりはない。今のところはな」
「…そうか。俺はいいのか?」
「お前の場合は今更だろう。子供一人が騒いだところでできることなど限られている。お前はまだいい。それで? 手短に状況を話せ」
レオは疲れたように溜め息をついて、頭を押さえながら椅子に座る。「全く…登山後すぐに頭を使わせるとは。なかなか鬼畜なことをさせる」と文句を言いつつ、腕を組んで目を細めた。
「…俺たちが家に帰ってくる前に、近所の人を治癒してたらしいんだ。高熱が下がらなくて苦しんでいる時に、声をかけたらしい。それで…魔法で治療をしたらしいんだけど、患者の妻の人が…」
「人が?」
「…なんか、嫌な感じだった。感じが悪いって訳じゃないんだけど、何て言うのか…魔法に魅せられたって感じで。俺の怪我も治してもらえって詰め寄ってきたんだ。多分、治癒されるところをもっと見たかったからだと思うけど」
「ふぅん。ま、アリスの魔法だとそう見えるだろうな。その患者、どれくらいの容態だったか分かるか」
「いや、俺が見たのは治癒が終わった後だったから。元気にしてたよ」
「そうか。アリスは?」
「今は寝てる。…なぁ、気のせいかもしれないんだけどさ」
ライアンは一度言葉を区切り、言うかどうか迷ってから…意を決して話し始めた。
「俺の治療が終わった後、アイツの顔色悪くなってたように見えたんだけど…。その…魔力操作が難しいってことは嫌ってほど分かったけど、他にも副作用とか、反動みたいなものがあるのか…?」
ライアンの質問は予想外だったのか、レオは意外そうな顔をした。そして、「そうだな…」と顎に手を当てて考えるような素振りを見せる。
「俺は治癒魔法を使ったことがないからよく分からない。ただ魔法を使う際に魔力は勿論、体力も消費する。アリスの場合、魔力切れよりもこちらの体力が消費される方が疲れるだろう」
「あぁ…体力があんまりないんだっけ?」
「基本的に運動の習慣もないようだ。普段は家から出ないし、歩き回る機会も少ないから仕方がないけどな。…疲労が溜まれば、魔力操作も雑になる。少し操作を誤って、逆流でもすれば命を落とすといった事態にもなりかねない」
「…治癒できる限界の人数とかは?」
「病状によるな。掠り傷程度ならば数十人は対応できるだろうが、全員が重傷者となれば、治癒できる人数はかなり減るだろう」
やっぱり都合がいいばかりの力ではないのか…。話を聞いて、ライアンは改めてそう実感する。これを簡単に強くなれそうだからと手を出そうとした、過去の自分が恥ずかしく思った。
「あとさ。これも言っていいのか分からないけど」
「?」
「怯えてたんだ。その女の人に」
「アリスが? ただ騒がれただけで?」
「あぁ」
レオは不可解に思ってるような顔をする。
ライアンだってよく分からない。確かにキャシーの様子はどこかおかしかったけれど、アリスの魔法がすごいものだし、あり得ない反応ではないと思う。
アリスがずっと今回のように、目に入った病人や怪我人たちを治癒してきたのならば、今までにもあんな風に騒がれることはあったはずだ。それなのにどうして過剰に怖がっていたのだろう。
「取り敢えず事情は分かった。明日の朝、その患者の家へ案内しろ。騒ぎになる前に記憶を消す」
「記憶を消す? そんなこともできるのか?」
「まぁな。アリスにも明日、話をつけておこう。流石に今日は疲れた」
レオは立ち上がって、床に転がったまま放置されていたサイラスに杖を向ける。
ーーーーー苦痛は。憎しみは。怒りは。記憶は。時と共に風化する。ならば、我は一陣の風となろう。其方の苦しみが薄れるよう。我は一つの箱となろう。其方の辛い記憶を閉じ込める箱に。其方がもう泣かずともいいように。
慣れた手付きで魔法をかける彼の姿を見つつ、ライアンはふとある考えが浮かんだ。
「慣れてるな。妙に」
「こういったことは多々あるんでな」
「…その記憶を消す魔法、俺にも使ったことがある…とかないよな?」
レオは手を止めて、こちらを振り向いた。
「さぁ? どうだと思う?」
「うっわ…鳥肌が立った。え、怖い。なんかお前怖い。俺がお前に何かしたってこと?」
「解体ショーは中止になった。今のところずっと延期される予定だが、俺の気紛れで開催されるかもしれないから気をつけろよ」
「何?! 解体ショーって何なんだ?! え!! 怖っ!!!」