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英雄 17 (三人称)


キャシーに連れられ、ライアンたちは彼女と夫が住む家へ向かった。その間、キャシーは熱に浮かされたように自分がその目で見た光景の素晴らしさを意気揚々と語っていた。


彼女が手をかざすと夫の身体がまばゆい神秘的な光に包まれた。昨日から下がる様子のなかった高熱が引くばかりか、治る見込みさえないと諦めていた足まで完治した。


サイラスとロージーはそんなキャシーの話を半信半疑といった様子で聞いていたが、ライアンは話を聞けば聞くほどに嫌な予感を覚えるようになっていった。


彼女の魔法は以前見せてもらったことがある。光に包まれて、今までの苦しみが悪い夢だったのかと思うほど、呆気なく痛みが消えるのだ。


人によっては人知を越えた、人ならざるものの力にさえ見えるだろう。


治療は時と場所を考えろ。レオの言い残した言葉が、頭の中で何度も思い出されていた。


家に着くと、ベッドで横になる男性と穏やかに談笑するアリスの姿があった。彼女は振り返り、そして大怪我を負ったライアンを見て目を丸し、こちらへと走り寄ってきた。



「怪我…どうしたの?」


「…崖に落ちたんだ。ちょっとヘマして」



ライアンは後ろを気にしながら、気まずそうに答える。



「ねぇ?! この子も治してあげてちょうだい!」



キャシーはライアンの肩に手を置いて、アリスに期待するような眼差しを向けた。アリスは一瞬だけ、びくり、と怯えたような仕草をした。それを見たライアンはキャシーの手を振り払い、「…いりません」ときっぱりと断る。



「いらないってどうして? 私の夫も、ほら、この通りなのよ。ライアン君も治してもらえばいいじゃない。心配することなんてないわ」


「俺の不注意で負った、自業自得のやつなんで。治してもらわなくていいです」


「どうして?」


「い"っ?!」



キャシーは再びライアンの肩を掴んだ。今度は強く握られ、腕が折れているライアンは思わず顔をしかめる。



「ほら、痛いんじゃないの。治してもらいなさいよ」


「…何なんですか。彼女の治癒は、貴方を喜ばせるための芸じゃないんですけど」



ライアンがキャシーに言い返そうとしたその時、彼の手をアリスが掴んだ。眉を寄せて「痛いの?」と尋ねてくる。



「そりゃ痛い、けど。…だけどっ!!」


「…大丈夫。私は、大丈夫、だから」



アリスは手に持っていた杖をライアンに向けた。




ーーーーー傷口に蜂蜜を。痛みに薬草を。苦しみに慈愛を。足りぬなら、魔力を差し出そう。我は癒しの手を持つ者なり。




辺りが光に包まれた。



「素晴らしい!!」



キャシーは拍手をしながら感極まったような声を上げた。まるで奇跡が起こった場に立ち会ったかのように、感動の涙を流して「素晴らしいわ。本当に。なんて美しい光景なのでしょう」と感嘆する。


光が止むと、ライアンは傷一つない姿でその場に立ちすくんでいた。ロージーたちが驚く声がして、キャシーはライアンの手足をとってしげしげと不躾に眺め始めた。



「傷が一つもない。それどころか顔色もずっとよくなってるわ」


「…」


「どう? 痛かったところは? 違和感はないの?」


「…」


「すごいわね。あの大怪我がこんなにすぐに治るだなんて」



黙り込むライアンに気分を悪くした様子もなく、キャシーは独り言のように言葉を続ける。素晴らしい、これこそ奇跡だわ、と何度も自分で言って頷くという動作を繰り返していた。



「キャシー」



そんな彼女の夫は、妻を制止するように名前を呼んだ。



「何?」


「お茶を持ってきてくれないか。小さな恩人さんに何も振る舞わないのは申し訳ない」


「それもそうね。お礼は大事だわ。前にいい茶葉をもらったの。美味しい紅茶を用意してくるわね」



キャシーは彼の言葉に納得するような素振りを見せて、そう言ってから部屋を出ていった。ライアンは思わずほっ…と息を吐く。彼女の異様な雰囲気に自然と警戒心を抱いてしまっていたからだ。



「すまないね。キャシーはどうにも思い込みが激しいところがある。彼女も悪気があってやっている訳ではないんだよ」



ライアンは、キャシーの様子を思い出し、反論しようとした。



「でも、あれは…」


「彼女は早くに父を病で亡くしているんだ。不安なんだよ。病気や怪我というのを何よりも恐れている。私が熱を出す度に酷く心配しているんだ」



そう言われてライアンはぐっ…と言葉に詰まる。彼女には彼女なりの理由があるのだろうが…。


キャシーの夫は、アリスの手をとった。



「きっと彼女の目には君は、悪魔のように恐ろしい病を払ってくれる、神の使いのように見えるんだろう。それで今は落ち着きをなくしてしまっているだけだ。どうか嫌いにならないでやってくれ」


「うん。平気」


「そうかい。君は優しい子だね。ありがとう」



安心したように微笑む彼と、「私に、できる、ことがあって、よかった」と少しだけ強張ったように見える笑顔を浮かべるアリス。その姿は無理を必死に隠そうとしているかのように見えて、ライアンはアリスにだけ聞こえるように尋ねた。



「大丈夫なのか? 本当に」


「…うん」



平気、とアリスは力なく呟く。彼女の顔色は先程よりも青白くなっているように見えた。



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