英雄 16 (三人称)
「本当にいいのか? 一人だけで…」
「気にしないでください。ライアンの怪我は早く医者に見てもらった方がいいでしょうから」
大怪我を負ったライアンを抱えてサイラスは山を下りることになった。そしてレオは一人で探すから自分のことは気にせずに、一足先に帰ってくれと言い出したのだ。
「早く見つけなければならない事情ができまして。これ以上僕の我が儘に付き合わせてしまうのは申し訳ないです」
心配げにライアンを見つめて、弱々しい笑みを見せるレオ。
無論、演技である。コイツの演技力ってこれで飯を食っていけるんじゃないかなぁ…なんて思いながら、別人のような彼をライアンは見る。先ほどまで、馬鹿だ阿保だとライアンを嘲笑っていた子供とは別人のようだ。
ライアンが心配だから今すぐに帰った方がいい、自分のことは気にしないでくれ。そんな内容のことをつらつらとレオは述べ、サイラスは「レオ君…ライアンのことをそこまで心配して…」と彼の口車に乗せられている。
父さん。違うよ。コイツはもう演技が面倒臭いし、一人で探したいからさっさと帰ってくれってのが本音だ。俺知ってる。コイツがそういう奴だって俺知ってる。
しかしそんなことを言えば、あとでただでは済まないことが分かっているので、ライアンは死んだような目をして、言葉巧みに騙すレオと騙される父を見守っていた。
こうして話は纏まり、二人は家に帰ることになった。
「あぁ、そうだ」
「?」
「アリスを頼るつもりなら、彼女に伝えておいてくれ。『治療は時と場所を考えろ』。いいな?」
別れ際にそれだけをライアンに耳打ちし、レオは背を向けて歩いていった。
家に帰ったライアンは、まずロージーの甲高い悲鳴で出迎えられることになった。
「なんてこと!! だから言ったでしょう?! あの山に子供を連れていくのは危険だって!!」
「い、いや…ロージー…ちょっと落ち着けって…」
「落ち着けですって?! 子供が大怪我を負ってきたのに?! 崖から落ちたのに?! 落ち着けですって?!」
「その…レオ君は平気だったし…意外と大丈夫なのかって…」
「そういう考えの浅さが命取りになるんです!! …待ってちょうだい。そのレオ君は? 貴方たち三人で山に行ってたわよね?」
「…山に…」
「山に?!!! まさか一人で行かせたって言うんじゃないでしょうね?!! 子供を!! 崖や危険なものが沢山ある山の中へ?!!」
ロージーに雷を落とされたサイラスは、すっかり気落ちした様子で叱責を受けている。
息子の成長にテンションが上がってしまい、レオも山に登れるのだからライアンも別に平気なのでは、と考えてしまったのだ。
その後もレオを山に残ることを許してしまった。普通に考えれば、彼も連れて帰るべきだったとはずなのに。
サイラスは意気消沈し、ロージーは激怒している。
その原因であるライアンは何だか居たたまれない気持ちになり、他のことに意識を向けようと辺りを見回して、アリスの姿が見えないことに気がついた。
「…?」
どこかに出掛けているのだろうか。そんなことを思った時だった。
「ロージー!! ちょっと来てちょうだい!!」
バンッと家のドアが勢いよく開かれた。開けたのは近所に住むロージーの友人だ。時々家に遊びに来て、二人で茶を飲みながらお喋りをしている。
彼女は何やら興奮した様子で叫び、そして血だらけのライアンを見て驚愕した。頭から血を流し、手足は折れて腫れ上がっているのだ。驚くのも無理はないだろう。
「あっ…その。見た目ほどは痛くないんで…」
凝視されたライアンは慌ててそんなことを言った。嘘だ。死ぬほど痛い。今も泣きそうになるのを男の意地で我慢しているだけである。
ライアンを見つめる彼女は、はっとした顔をしてこちらへと近寄ってきた。そしてライアンの手を取り、「貴方も治してもらいなさい!」と目を輝かせて言う。
「…は? 治してって」
「素晴らしいことが起こったの! あの子なら貴方の怪我もきっと治してくれるわ!!」
「キャシー。ちょっと落ち着きなさいよ。何があったっていうの?」
呆気にとられるライアンの代わりに、ロージーが呆れた様子で彼女に尋ねた。
「私の夫が足を怪我していたのは知っているわよね?!」
「え、ええ…」
彼女の夫は、片足が不自由だったはずだ。若い頃に獣に噛まれてしまってから、上手く動かせなくなって普段は杖をついて歩いている。
そんなこと村の誰でも知っていることだ。それがどうしたのか、と困惑するロージーに彼女ーーキャシーは満面の笑みを浮かべ、
「あの人の足が治ったのよ!! お医者様も元通りにはできないって言ってたのに!!」
と嬉しそうに叫んだ。