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英雄 13 (三人称)


受け流されたら、すぐさま次の行動へ。やっていることは前と同じであるはずなのに、以前よりもずっとスムーズに身体が動いた。


剣が駄目ならと足で蹴り、避けられれば、意識が下に向いている間にまた切りかかる。



「だぁあ!! もう!! あとちょっとなのに!!」


「…すごいな。いや、驚いた」


「何が?! 話す余裕がありますよアピールはウザいんだけど?!」



しかし、あと少しのところで避けられる。今までとは違って、頑張れば手が届くかもしれないという期待がある分、余計に悔しさを感じた。


そんな余裕のない状態なので、感心したような父の声でさえ挑発に聞こえ、ライアンはサイラスを睨み付けた。血気盛んな息子にサイラスは苦笑を漏らす。



「そう睨むな。本当に驚いたんだって。たった数週間とは思えないくらい成長しているからな」


「…」


「レオ君のおかげか。やはり、切磋琢磨し合う仲間がいるものはいいものだな! 若人は青春してこそだ!!」



あれが青春で片付けられてたまるか、馬鹿。ライアンは心の中で盛大に反論した。


思い出すのは、死にそうになった記憶ばかり。喉が渇き、足はもつれ、手は痺れ、鋭い指摘の言葉ばかりがとんでくる。


止められればどれだけ楽だと思ったか。それでも意地で続けたのだ。



「あれだけやったんだ。この勝負に勝つ、くらいの見返りがあってもいいだろ!」


「流石にそれは欲張りというものだ! 父さんにも意地があるんでな!! こちとら剣を握って二十年以上だ! 流石に息子に負ける訳にはいかない!!」



勝ってやる、と意気込む息子に、サイラスは笑いながら答える。


両者ともに勝負に熱くなり、激しい攻防が続けられる…と思ったところで、パンッと手を叩く音ともに「そこまで」と落ち着いた声が響いた。



「ルール通りであれば、勝負ありでしょうか」



「何故だ?!」「えっ、なんで?!」とサイラスとライアン、二人の驚く声が上がる。二人の手にはしかと剣が握られており、どちらもまだ戦える状態だったからだ。


レオは自分の右手を見せ、肘の辺りをとんとん、と指差す。


サイラスが自分の腕を見ると、いつの間についたのか一筋の傷ができていた。大した傷ではないものの、明らかに剣のような鋭利なものに切られてできた傷だ。



「興奮状態だったのか、どちらも全く傷に気が付いていないようでしたので。止めさせていただきました。ルールでは、ライアンは相手に傷をつければ勝ち、でしたね?」



レオに言われて、漸く二人はルールを思い出した。勝負に熱中して、相手を気絶させる以外の方法があったことを忘れていたのだ。


こうして呆気なく勝負が決まった。


今まで傷一つつけられなかった相手に少しでも剣を当てられたことを喜べばいいのか、それとも、もっと上手くやれたはずだと悔しがればいいのか…。ライアンは呆けながらも、身体から力を抜いた。



「わっ?!」



動いていた時は気付かなかったけれど、自分が自覚していた以上に身体を酷使していたらしい。力を抜いた途端に足が震えて、ライアンは膝を地面についた。


こちらへと歩いてきたレオが、隣にしゃがんで話しかけてきた。



「俺の時と同じくらい動き回っていたからな。当然疲れるだろう」


「えぇ…? そんなに動いてるつもりはなかったんだけど…」


「勝てそうだと思うと、相手にばかり集中する。痛覚は麻痺するし、疲れも感じなくなる。だが、疲労だけを考えれば、お前がいつも休憩になったら倒れるレベルの運動量だ」


「そんなにやってた…?」


「息を整えることも忘れてな」



水を差し出されて、勧められるままに喉を潤す。水を飲んでから、やっと喉が渇いていたのだと分かった。「熱中すると水分補給を忘れる。死にたくなければ飲んでおけ」と言われて、ライアンはこくこくと頷いた。



「いやぁ! 強くなったなぁ、ライアン!!」


「わっ?! ちょっと父さん?!」


「俺に怪我を負わせるなんてなぁ!! 小さい時は剣も満足に持てなかったライアンが! 子供の成長は嬉しいもんだ!!」



サイラスはこちらに走りよって来て、嬉しそうにそう言った。そして、ライアンの頭を乱暴に撫でる。気恥ずかしくなったライアンは「べ、別に…大してすごくないし…。ちょっと当てられただけだろ…?」と返した。



「いいや、これは立派な成長だ。お前の努力の成果だよ。誇るべきだ」


「努力の…成果…」


「強くなる過程というのは、案外泥臭いもんだ。基礎は面白みなんて全くないし、延々と同じ練習を繰り返すのはつまらない。それなのに、しんどいものばかりだからな。だが、それでも着実に成長するためにはそうやって努力するしかないんだ」


「…」


「泥臭くて、みっともなくて、格好悪くて、それでも死に物狂いで身に付けたものこそが力になる。だけど、それを知らない大抵の人間は文句を言って止めてしまうんだ。『もっと簡単に強くなる方法が知りたかったのに』ってな」



ライアンは思わず視線をそらした。他人事だとは思えなかったからだ。そんなライアンの気持ちを知ってか知らずか、サイラスは優しい口調で言葉を続けた。



「何の苦もなく得た力ほど、虚しいものはない。最終的にな。泥臭く努力できる奴が一番格好いいんだよ。お前は努力して、俺に傷をつけられるくらい強くなったんだ。その強さを得るまでに諦めた奴らより、お前はずっとすごいってことだ。自分を誇れ」



胸が苦しかった。理由も分からないのに、目の奥が熱くなって涙が込み上げてきた。


サイラスは笑ってそう言い残し、「ロージー! 酒が飲みたい!! 息子の成長を祝って今日は飲むぞー!!」と家の中へと入っていく。


「何を訳が分からないことを言ってるの?! 知ってるのよ。昨日、隠れて一杯飲んだでしょう?!」「ち、違う!! 誤解だ! 俺は飲んでない!!」「嘘おっしゃい!!」という夫婦の喧嘩が聞こえてきた。


さっきまで格好つけてたのに締まらないなぁ、と泣きそうになりながら、ライアンは思う。



「そっか…俺、ちゃんと成長してんだな…」



鼻をすすってライアンは呟いた。少しでも早く強くなりたい、と焦っていた自分が馬鹿みたいだと思った。



「目は覚めたか?」


「…基礎をちゃんとやれってことだろ」


「俺はどちらでも構わないぞ? お前の腕が弾け飛んだところで、俺は特に困らない」


「お前の言い方って、なんでそんなに物騒なんだよ。…いいんだ。ちゃんと強くなれる方をやる。地味でも、それが一番の近道って分かったからさ」



そうか、と隣にいたレオは言った。特に何とも思ってなさそうな声だ。


むっ、としたライアンは「お前ってクールすぎじゃないか? 教育ってのは飴と鞭がいいって聞いたぞ。今のところ鞭ばっかりじゃないか」と拗ねたように言う。



「少しくらい、甘やかしてくれてもいいと思う」


「先程の勝負。後半になると指摘した癖が出ていた。直せと言っただろう」


「いてっ?! 違う違うっ!! だから鞭じゃなくって!!」



頭をペシッと叩かれ、ライアンは抗議の声を上げる。



「初めに教えたものさえ直していないのに、何を褒めろと言うのか。恥を知れ。自分の立場を弁えろ。こちらには何のメリットもないのに、時間を割いて教えてやっているんだぞ」


「えぇ…めっちゃ言う…」


「厳しくやると初めに言った」


「言ったけどぉ…」



嘘だろ、鬼だ、とライアンは思った。


いや、知ってたけど。コイツがこういう性格ってのは既に分かってたんだけど。途中から癖が出てたのは自覚してたし。言われるかな、とは身構えてたんだけども。今の雰囲気がそれを言っちゃう…?


信じられないと拗ねて顔をそむけていると、レオが立ち上がった。用事も済んだし、家に戻ろうとしているのだろう。



「冗談だ。よくやった」



ぽんっ、と頭に手が軽く置かれた。



「へ…?」



驚いて顔を上げる。しかし、レオは既に頭から手を離し、ライアンに背を向けて家へと歩き出していた。


彼の態度はいつも通りで、後ろにいるライアンのことなど全く気にしていないと風にスタスタと歩いていく。


頭を押さえ、残されたライアンは呆然とした。今のは幻聴だろうか、と自分の耳さえ疑った。



「…はは。明日は雪でも降んのかな」



じわじわと胸に広がる、嬉しいという感情に気付かないフリをして、ライアンはそう呟いた。




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