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英雄 9 (三人称)


ライアンがあまりにもしつこいので、「これから三十分間でレオに剣を当てられたら、ここに滞在している間に稽古をつける。無傷だったなら、今後一切そういった要求はしない」という条件で勝負をすることになった。


攻めるのはライアンだけで、レオは防戦のみ。使うのは両方木剣。剣術以外も何でもあり。話術で相手を動揺させるのも手ということだ。


これならばライアンにも勝機があるかもしれない。サイラスがルールを提案し、二人とも構わないか、と尋ねると、ライアンはすぐさま頷いた。



「レオ君はどうだ? 君には不利な条件ばかりだが」


「構いませんよ。ただ」


「ただ?」



レオは微笑んで、ライアンの肩に手を置いた。



「負けた時はちゃんと守ってくださいね? 今後、一切、俺に、付きまとわない、と。あぁ、真夜中に耳元で大声で叫ぶのも止めてください」


「お、おぉ…」


「ご理解いただけました? なら、復唱してください」


「ふ、復唱?! …負ケタラ、付キマトワナイ」


「もう一回。ついでに、騒がない、も」


「負ケタラ付キマトワナイ。騒ガナイ」


「ええ、結構です。…破ったら分かっているだろうな?」


「おぉ…」



最後に、ぼそっと念押しまでされた。演技と素が違いすぎるだろ、二重人格か何かなんかな、怖っ…とライアンは思った。



「じゃあ、始め!」



審判役を買って出たサイラスが手を空に上げて、試合の開始を告げる言葉と同時に腕を振り下ろす。


ライアンは剣を構えて、じりじりっと詰めよった。打ち込む隙を伺っているのだ。勢いで攻撃すれば何とかなるような相手ではないと分かっている。


一方。固まって切り込むタイミングを伺うライアンとは対照的に、レオは身体から余分な力を抜いて、左足の爪先で地面を軽く蹴ったり、手首を回したりしている。


「どうした? かかってこないのか?」レオが不敵に笑う。煽られたと思ったライアンは、「やあぁ!!」と声を張り上げて、彼に向かって走った。


そうして打ち込んだ剣は軽く受け止められる。力を入れてどうにか押し込もうとするがビクともしない。


くそっ…。やっぱり正攻法じゃ駄目か…。


そこまで考えて、つい先程のレオの動きを思い出す。サイラスに足をかけて転ばせていた。あれを真似すれば…。



「視線」



レオが口を開いた。



「分かりやす過ぎる」



とんっ、と肩を弱く押される。転ばせようと足を動かしていたせいで、すぐにバランスが崩れた。「わぁあ?!」足がもつれて、ライアンは後ろに尻餅をつく形になる。


転ばせようとしていたはずなのに、気がついたら、自分が地面に手をついている。


何が起こったのか分からずにレオを見上げると、彼は薄く微笑んで自分を見下ろしていた。まるで自分が上であることが当然、というような目だ。


ぐっとライアンは唇を噛んで立ち上がる。



「早めに降参するのもありだぞ?」


「まさかっ!」



剣術以外も何でもあり。ライアンは立ち上がる際に、地面から掴み取っていた土をレオに向かって投げた。土から顔を守るように手がかざされる。


今だ。視界が悪くなるその瞬間を狙って、横から切りかかる。



「転んだらただでは起きない。その姿勢は認めよう」


「うえっ?!」



これもまたあっさりと受け止められた。驚いたものの、すぐに次の攻撃に移る。また防御される。次…次…。


二十分後。ライアンは膝に手をついて、肩で呼吸をしていた。どうにか上がった息を整えようとしながら、汗で滑りそうになる剣の柄を握りしめる。



「マジかよ…」



大して動きもせずに、レオはライアンの攻撃をかわし続けた。剣で受け止め、身体をそらし、時には相手を転ばせて。


十何回と地面に転がされたせいでライアンの方が擦り傷を負っているくらいだ。レオは防御しかしていないというのに。



「あと七分。そろそろ疲れが出始める頃か? 元気一杯に走り回っていたものな」



ロージーに呼ばれて、サイラスは席を外している。二人きりになったレオは、ライアンを挑発するようなことを言った。おそらくそうすることで、更に冷静さを失わせようとしているのだろう。


頭に血がのぼった人間は、攻撃が単調になりやすい。


苛立ちを覚えながらも、そうはいくか、とライアンは歯を食いしばった。ただの力比べなら既に負けは見えている。ここで考えることを放棄するべきじゃない。


では、どうするか。力でも負ける、小手先だけの技も駄目となると、口で負かすくらいしか方法はなくなる。


だけどなぁ…とライアンはレオをじっとりと見た。正直言って、目の前にいる彼を動揺させられるだけの言葉が思い付くとは思えない。


これならばまだサイラスの方がマシだ。母さんに秘密で、夜に酒を飲んでるだろ、言いつけるぞ、と言えばいいだけなのだから。



「…お前の妹、不満そうだったぞ! 山に連れていってもらえなかったってな!」


「そうか。体力がないアリスが悪いな」


「くっ…お前、何が嫌いだ! 俺は雷が怖い!」


「そうか。どうでもいい」



くそ、ブレない。コイツって動揺することあるのか? とライアンは思う。



「あと五分」



レオが呟く。わざわざ時間を数えていたらしい。こちらは攻撃するのに手一杯だというのに、随分と余裕なことだ。


うぅ…とライアンは唸り、そして今朝のことを思い出した。



「なぁ、約束って何なんだ?」



思えば、アリスの帽子を汚すことになったのはあの会話が原因だった。前のレオと約束したのだと彼女は言った。


前の、とはどういう意味だろう。約束とは何のことだろう。尋ねたいことはあったのに、詳しく話そうとしないアリスに不満をぶつけようとして手が当たってしまったのだ。


動揺させる意図があった訳ではなかった。ただ純粋に疑問に思っていたから口にしただけだ。


だが、それを言った途端に、レオの態度が明らかに一変した。



「………………約束?」



掠れた声で呟かれる。



「お前、何を知っている?」



別人かと思うほど、低く暗い声だった。


レオはライアンに詰めよって地面に押し倒す。


ライアンは背中を強く打って、思わず痛みに目をつぶる。文句を言おうと再び目を開けて、息を止めた。


眼球に触れるか触れないかの距離に木剣を突きつけられていたからだ。



「こんなガラクタでも、刺せば眼球は潰せる」


「…は…?」


「こちらに来てから、俺は一度として、"アイツ"との約束のことは言っていない。お前が知るはずがない」


「…何、言って…」


「目の次は、手足の指。次に四肢。内臓。順に潰す。歯と舌は最後にしてやろう。何も言えなくなったら困るからな」



本気の目だった。あまりの恐怖にライアンは凍りつく。彼が何に対して怒りを覚えているのか分からない。



「早めに言うことを勧める。このことに関して、俺はあまり気が長くない」



彼の手が動いた。眼球に、剣の先が添えられる。少しでも動かせば表面に刺さるだろう。


彼は目を細め、手を動かそうとした。



「…待てっ!! い、言う!! 言うから!」


「…」


「別に隠してたことじゃない! 俺も分からなかったから、聞いたんだっ!!」



レオが動きを止める。無言だが、目が無事であるということは聞く気があると言うことだろう。


続けろという意思表示だと捉えたライアンは、早口で説明した。



「お前の妹が言ったんだっ! お前との約束だって! だから自分はお前の隣にいなくちゃいけないって言ったんだよ!」


「…………妹? アリスのことか?」


「そうだ! 俺はそれを聞いてただけだ! それ以外は何も知らない!!」



彼は不審げに眉根を寄せる。



「…どういうことだ? アリスとそんな約束をした覚えなどないぞ」


「俺が知るかよ!」


「…嘘は言っていないようだが。記憶にない」


「認知症なんじゃねえの?! 病院行けば?! ついでに精神病も患ってないか診てもらえ!!」


「お前、少し黙れ。目を潰されたいのか」


「あ、はい。黙ります。すみません」



脅すようにペチッと刃を頬につけられる。ヒッ、と短い悲鳴を上げてライアンは口を閉じた。思わず敬語で謝罪してから。


レオはぶつぶつと独り言を呟いて、思案にふけっているようだった。一分もしない内に考えがまとまったのか、「よし、話していいぞ。聞きたいことがある」とライアンに言う。



「前の、以前の、昔の、といった修飾語がついていなかったか。その約束をしたという俺に」


「…そう言えば。前のレオとの約束、とは言ってたけど…」


「それだな。ならば、今の俺には関係のないことだ」



どういうことだ? とライアンは頭にクエスチョンマークを浮かべた。今の俺には、昔の俺が関係ない? 意味が分からない。



「…つまり?」


「勘違いだな。お前の解体ショーは中止になった」



顔に添えられた剣が外される。ライアンは、ほっ…と息を吐いた。生きた心地がしなかった…。


が、安堵したところで、レオに肩を掴まれる。



「と、いうことで」


「?」


「口を開けろ。流石に記憶に残されるとまずい。アリスが五月蝿くなる」



レオは試験管を片手に、ライアンに口を開けろと要求してくる。


先ほどまで目を潰すといっていた奴だ。今度は何をする気だとライアンは再び凍りつく。



「ただ眠らせて、俺との会話を忘れさせるだけだ。そう怯えるな」


「いや、信用できないって!!」


「それとも。目を潰して泣き叫ぶお前に、無理矢理飲ませてやろうか?」


「飲みます。ちょうど喉が渇いてたんだ」


「聞き分けがよくて助かる」



液体を飲まされると、抗いがたい睡魔が襲ってくる。あれ…これ、前にも飲んだことがあるような…。そこでライアンの意識は途切れた。







「起きろ」



ライアンは目を覚ました。自室の天井ではなく、青空が見える。


地面に寝転がるライアンをレオが見下ろしていた。



「あれ…? 俺って…」


「俺との勝負中に派手に転んだ。当たり所が悪かったんだろう。最後に気絶したんだ」


「そうだったか…?」



レオの説明を聞いてライアンは不思議に思うが、相手だったレオが言うのならばそうなんだろう、と自分を無理に納得させた。



「…で! 勝敗はどうなったんだ?!」



ライアンは飛び起きて、レオを見つめる。彼の身体のどこにも怪我らしきものはない。「俺の負けか…」と意気消沈したところで、「いや」とレオが否定した。



「ルール違反で俺の負けだ。俺は防御のみ、お前に危害を加えようとするのは禁止事項だったからな」


「え? でも、俺が勝手に転んだだけなんだろ?」


「…どうだろうな」


「?」


「まぁ俺が勝ちを譲ると言っているんだ。素直に喜べ」


「お、おぉ…?」



やったー…? と首を横に傾げつつ、一応喜んでおく。何がどうして勝つことになったのか納得はしていないけれど。



「じゃあ! 俺に稽古をつけてくれるってことか?!」


「そうなるな。俺が貴白を見つけて帰るまでは」


「よっし!!」



稽古をつけてもらえると聞き、ライアンは素直に喜んだ。


勝負してみて彼の強さは嫌という程に実感した。少なくともサイラスよりも強いのだ。きっと実りのある時間になるに違いない。


嬉しそうにするライアンを見て、レオは一度薄く微笑む。



「ちなみに」


「何だ?」


「剣術、体術、その他諸々を含めた武術の指導に関して」



そして彼は悪どい笑みを浮かべ、手にあった木剣を撫でた。



「俺はスパルタ形式のものしか知らない。心しておくように」



え…? とライアンは固まった。




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