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英雄 6 (三人称)


頬に風を感じてライアンは目を覚ました。部屋は暗く、まだ夜であることが分かる。



「寝る時は窓を閉めろ…って」



風は開けられた窓からだった。月明かりで本を読んでいたレオのことを思い出し、ライアンは文句を言おうとベッドの横を見る。


この部屋には寝床が一つしかない。昔ライアンが父に大きめのベッドをねだったので、あと一人くらいは十分に寝れるスペースがあり、てっきりレオはここにいると思っていたのだ。しかし。



「いない…?」



そこには誰もいなかった。誰かが寝た形跡もない。


ライアンは不審に思ってベッドから起き上がり窓の外を見る。目をこらすと、家から少し離れた木の幹に人影が見えた。



「アイツ、あんなところで何をやってるんだ…?」



じっ…と目をこらしてみていると、彼の方へと一羽の大きな鳥が飛んできた。鷹や鷲よりも大きな鳥だ。枝みたいなしっかりとした足に、身体と同じくらい大きな荷物がくくりつけられている。


レオは鳥の頭を一撫ですると、足の荷物を外し始めた。どうやら中は本のようだ。ページをパラパラとめくっている。


鳥を調教してるのか? そんなこと…できるんだろうか?


驚くこともなく鳥を扱う様子に、どうやらレオが鳥の飼い主らしいということは容易に予想がついた。だが、ライアンはあんな鳥は見たことないし、そもそもどれだけ特別な躾をしても、鳥が空を飛んで重い荷物を運んでくるなんて無理な気がする。どういうことなんだろう。


ライアンはそこまで見ると、上着を引っ付かんで駆け出した。もっと近くでレオと鳥を見てみたかったからだ。


家を出て、物陰に隠れながらこっそりと、しかし急いでその木へと向かう。雲が流れて、月明かりが更に明るくなった。レオの方を見て、あっ、とライアンは声を上げた。


一瞬のことだ。幹にとまり彼の横にいた鳥が突然縮んで、小さな石に変わったのである。レオはその石を受け止めて「ご苦労だった」と呟く。


その姿と…冒険小説に登場する魔道士の挿し絵の姿が重なった。



「覗き見とは趣味が悪い」



レオが後ろを振り向く。呆然としているライアンと目が合った。


ライアンは目の前の光景が理解できず…取り敢えず、思っていたことを至極真面目な顔で尋ねた。



「寝ないのか?」


「寝ますよ。ここで。同じ部屋に他人の気配があると、深くは眠れないので」


「木の上でか…寝相がいいんだな」


「落ちたことはないので、そうでしょうね」


「そうか…」



そこまで話して、やっと頭が情報の処理に追い付いた。ライアンははっ…として、今見た光景の異質さを理解する。



「今?! 今の! えっ! えっどっどやっ、て?!」


「そのまま流してくれるとありがたかったんですがね」



舌を噛みながらそう尋ねると、レオは笑って木の上から降りる。右手に分厚い本を三冊も軽々と抱えて、軽やかに着地。その動きでさえ人間離れして見えた。



「お前! 魔道士だったのか?!」


「魔道士?」


「魔法を自由自在に使えるってことは、そういうことなんだろ?! すごい! 初めて見た!!」


「人違いでは? その魔道士という方は存じ上げませんが」


「違う! レオフェルド・ダ・ヴィルトの!」


「あぁ…物語の登場人物ですか」



ライアンの言葉に首を横に傾げていたレオは、そういうことかと合点がいった顔をした。


夢にまで見た魔法という現象を実際に目にした、ライアンの興奮は冷めず、目を輝かせてレオを質問責めにする。


最初は微笑を浮かべて、のらりくらりと穏やかに誤魔化していたレオだが、次第に面倒になってきたのか笑みが崩れていく。終いには、早く解放してくれ、という本音が滲み出た顔をしていた。


けれど、ライアンはそんなレオの変化など意に介さない。どうなっているのか、いつから魔法を使えるようになったのか、と問い詰めるばかりだ。興奮から音量はどんどん上がり、騒がしくなっていった。



「どうやってやったんだ?! 鳥を石に変えたのか?! それとも石を鳥に?! あ、石の中に鳥を入れて?!」


「…」


「なぁ、それは俺もできるのか?! 俺を弟子にしてくれたりとかは」


「音量を抑えろ。何時だと思っているんだ」


「…つめたっ?!」



レオは我慢の限界を迎えた。


隠し持っていた試験管の液体を、ライアンにぶっかけたのである。


暖かくなってきたとはいっても夜はそれなりに冷える。突然そんな仕打ちをされたライアンは、液体の冷たさに飛び上がり、「何をするんだ!!」と抗議の声を上げかけた。その時だった。


突如として抗いがたい眠気に襲われる。



「え、何…だ、これ…?」


「へぇ、驚いた。すぐに意識を手放さないとは」


「こ…これ…」


「お前、薬や毒が効きにくい体質か。これは追加分必要だな」



地面に膝をついたもののまだ話せる状態のライアンをしげしげと見つめ、レオは感心したようにそう言った。懐から二つ目の試験管が取り出される。


ライアンは反射的に目を閉じて息を止め、両手で鼻と口を覆い隠した。



「おい」


「んんっんーー?!(なんだよ、それ?!)」


「ただ眠らせるだけで、有害なものじゃない。とっとと寝ろ。それで綺麗さっぱり忘れろ」


「んっんんんーーー!!(絶対にお断りだ!!)」


「ほら、口を開けるだけだ。経口摂取の方が効果がある」



顔に手が当てられ、無理矢理口を開かされる。顎と頭を掴まれて。頭蓋骨が縦に伸びてしまうんじゃないだろうか、とライアンは本気で思う。人参みたいに縦にひょーんと伸びた自分の顔を想像してゾッとした。


何だ、コイツ!! 細っこい身体のくせに!! 俺より背が低いくせに!! これ絶対に子供の力じゃないだろ、ふざけんな!!


全力で抵抗したが、結局口を開かされ、試験管に入っていた液体を入れられた。口の中に渋い苦みが広がる。ライアンが飲み込んだのを確認すると、パッとレオの手が離れた。


ごぼごほっと咳き込み、レオをキッと睨む。頭がぐるぐると回る。瞼が重い。



「では、おやすみなさいませ」



元凶であるレオは白々しく笑って手を振っている。明らかに挑発だ。殴ってやりたくなる。お前のせいだぞ、この野郎、とライアンは悪態をつきながら眠りに落ちた。



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