英雄 5 (三人称)
夕食を食べ終えるとライアンはすぐに自分の部屋に籠った。アリスとレオたちは皿洗いを手伝っているようだ。
愛想を振り撒くのに忙しいらしいな。ライアンは下の様子を見て鼻を鳴らす。二人が来てからロージーは二人とライアンを比べたがるようになった。
二人は手伝いをしてくれるというのにアンタときたら。二人はこんなに素直なのにアンタときたら。
家にいる間ずっとそんなことを言われていれば、ライアンも思うところがあるものだ。
それならその二人を子供にしたらいいじゃないか、すみませんね、こんな息子で、と文句を言えば、更にロージーを怒らせることになる。
そしてまたライアンの機嫌が悪くなり、二人の仲がこじれる…といった負のサイクルが生まれていた。
モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、ベッドで寝転がっていると梯子をレオが登ってくる。ライアンはきっ…と彼を睨んだが、レオは涼しい顔をしてその視線を受け流し、部屋の隅に座り本を読み始めた。
「おい、お前」
「…」
「おい! 無視をするな!」
「…何か?」
「何か、じゃない。忘れているようだから言っておくがな! ここは俺の部屋で、お前は俺の部屋に居候している身だ! ちょっとは俺に対して遠慮とか、気遣いとかするべきじゃないのか!」
「例えばどのような?」
「えっ…た、例えば…面白い話をしたりとかだ!!」
「面白い話ですか…まぁタダで食事をいただいているので、それくらいは」と、レオは顎に手を当てて思い出す素振りを見せる。
「あぁ、祖父の借金で苦しむ少女の話でしたら、詳しく話せますよ」
「…何だ、それ。聞くまでもなく暗い話だろ。どこが面白いんだよ」
「最終的に、首をもがれた縫いぐるみが祖父に苦しめているようだ…というところが」
「おい、待て。首をもがれた縫いぐるみが? それは…大丈夫なのか?」
「アリスがわざわざ直していたのですから、持ち主に害はないのでは?」
「その子の祖父、孫の縫いぐるみを壊したのか…酷いな…」
「いえ、首をもいだのは僕ですけど」
「お前、何をやってるんだ?! 呪われたいのか?!」
縫いぐるみの首をもぐ…。ライアンはその光景を思い描き、ゾッとした。
縫いぐるみは愛らしいものだ。動物や人間をモデルにしたそれは、ただの布と綿の塊であると分かっていても、何だか命が宿っているように感じてしまうものだし、捨てたり壊したりするのを躊躇うのが普通だろう。
少なくともライアンの感覚では、躊躇うのが普通である。
それをレオは躊躇もせずに、首を引きちぎったと言う。何で呪われているのがコイツじゃないんだろう、とライアンは真剣に思った。
「呪われたくはありませんよ。それに縫いぐるみを壊す必要があったんです。中に鍵が入っていたので」
「鍵?」
「ええ。亡くなった祖母からの贈り物。それを見つける宝探しに参加する機会がありまして。鍵は次のステップに進むために必要なものでした」
「宝探しか!!」
ライアンは目を輝かせる。冒険物語にも宝探しをする話がある。仲間たちと知恵を振り絞り、ヒントを元に謎を解いていくのが面白いのだ。
「それで?! その後はどうしたんだ?!」
「その鍵の他に、次のヒントが書かれていました。鍵を使って開かずの間に入り、そのヒントを元に本を探します。それは三つの単語を示していました」
「その単語とは?!」
「"太陽"と"堕落"、"翼"です」
ライアンは暫く考えた後、パチンッと指を鳴らした。
「レオフェルド・ダ・ヴィルトの詩だ。イカレスだな」
ライアンがそう答えると、レオは眉を上げた。
「よくご存じで」
「好きなんだ。この辺りじゃ書物はあんまり手に入らないから、本は持っていないけど、観光客の人から色々と教えてもらったんだよ。大体の作品は知ってる」
「へぇ…それは意外です」
「おい、意外ってどういう意味だ。まさか俺が馬鹿に見えるって言ってるんじゃないだろうな?」
「その後、僕たちはレオフェルド・ダ・ヴィルトの書物を探し…」
「少しは否定しろよ」
「本の中に"屋根裏"と書かれた栞を見つけます。実際に屋根裏へいくと、そこは物置きになっていました」
「ものが沢山あるのか…見つけるのは苦労するな。ヒントはそれだけなのか? どこら辺に隠したとかは」
「ありませんでしたね」
「…ううん、話だけじゃ分からない。お手上げだ。どこにあった?」
「蝋燭が入れられた箱の底に、紙と鍵がまた入っていました」
「イカレスで、蝋、だから蝋燭か。ふぅん、それはお前が解いたのか?」
「イカレスの話は知りませんでしたので、知人から助けを借りましたが、屋根裏についてはそうなりますね」
それを聞いたライアンは少しレオのことを見直した。それなりに考える頭はあるらしい。
「鍵は開かずの間にあった引き出しを開けるためのもの、そして中には少女の祖母から首飾りが入れられ、紙には幼い頃に教えた歌を思い出せと書かれていました」
「幼い頃か…その子は覚えていたのか?」
「いいえ。忘れたとほざくので、僕はランプで殴ろうとしましたね」
「お前こそ馬鹿じゃないのか?」
前言撤回だ。一瞬だけ見直したが、ランプで殴れば記憶を思い出すと考えている、頭がトチ狂った奴だということが分かった。レオに対する印象に、性格異常者、という単語が追加される。
「何がどうして、忘れたという奴を殴ろうっていう発想になるんだよ」
「走馬灯で思い出せるかと」
「その前に死ぬだろ」
「悪運が強ければ生き延びれるかと思いまして」
「どうしてそこで運任せになるんだ?」
ライアンは、顔も名も知らぬその少女のことを不憫に思った。祖父の借金を負わされただけでなく、殺されかけるだなんて。貧乏くじを引きすぎている。
「…それで? まさかその子は死んで、持ち主を想う縫いぐるみが、全てもの原因である借金があった祖父に復讐してる…なんてホラーな話にならないよな」
「それも面白そうですね」
「何も面白くない」
「残念ですが、違う話です。色々とありましたが、祖母の首飾りがヒントになって、歌を思い出せることになりますよ。そして庭で宝物を見つけます」
「見つけたのか! 宝物は?!」
「ある植物の根です」
「は? 根? それの何が貴重だって言うんだ?」
てっきり金銀、財宝を思い描いていたライアンは拍子抜けした。根。そんなものに何の価値があるというのだろう。
その反応を見たレオは、笑って「珍しい植物は金になるんですよ。貴白だってそうでしょう。特にその根は、そこらの宝石よりもずっと価値が高いものでしたから」と答える。
「宝石よりも貴重なものなんてあるのか」
「宝石など所詮はただの石ころに過ぎません。光を反射して輝くだけだ。それよりも、貴重な薬になる植物の方が、時にずっと多くの人間に求められる」
「…よく分からないな」
「あくまでも僕の考えですから。お気になさらず」
「その根は高く売れたのか? 少女はどうなった?」
「売れましたよ。その後にまた色々とありまして、最初に言われた額の二倍以上の金を用意させられることになりました。酷い話ですね。普段の僕ならば、話が違うと訴えるところです」
「…ちょっと待て。聞き逃しかけてたが、お前が買ったみたいな言い方じゃないか?」
「買いましたから」
「はぁ?! お前がか?!」
ライアンは思わずレオに詰め寄り、「どうやって買ったんだ?! 大金が必要だったんだろ?!」と尋ねる。
「どう、と言われましても。稼いでその金を渡したとしか」
「お、お前…すごい金持ちか何かなのか…」
「そこまででは。普段はそこまで高い買い物はしません。あの根が特別だっただけで。そのせいで今は自由に使える金が大分減っていますね。ですので、貴白が多く見つけられたら、余った分は知り合いの薬屋に売ろうとも思っています」
「お、おう…」
冷静に返されたライアンは困惑しながらそう言って、静かにベッドに戻る。「ご満足いただけましたか?」とレオが尋ね、もう読書に戻ってもいいかと視線で尋ねられる。
「縫いぐるみのこととか、まだ聞きたいことはあるが…また明日でいい」
「そうですか」
素っ気なく返して、レオは読書に戻る。そんな彼にまた話しかけようとして、ライアンは昨日無視されたことを思い出した。読書中は基本的に話しかけない方がよさそうだ。
せっかく面白い話を聞いて機嫌もいいというのに、不快な思いはしたくない。
冒険小説のような、非日常的でワクワクする話だった。誰もが経験することではないだろう。そんな話を持ってるなんて、まるで…。
まるで物語の魔道士みたいだ、とライアンは思いながら、眠りについた。