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英雄 2 (三人称)



葡萄畑を抜け、荷車を引く人たちに挨拶をしながら道を進んでいく。目指すのはいつもよく行く草原だ。時々牛が草を食べているが、草原は広いので、牛の群れがいたとしても、居眠りをするスペースくらいはある。



「ライアン!」



突然名前を呼ばれて、ライアンは足を止めた。


小太り気味の気弱そうな少年が、こちらに助けを求める視線を向けている。幼馴染みのテッドだった。彼は逃げようとしたところで母親に捕まったのか、首根っこを掴まれた状態だった。



「テッド? どうしたんだ?」


「母さんが花瓶を割った犯人は僕だって言うんだ! 僕は何もしていないのに! 助けてくれよう!」



テッドはそう言ってライアンに泣きつく。彼の母親の手には無惨に割られた花瓶の欠片が握られていた。


「アンタ以外に誰がいるって言うの! お父さんもお母さんも家にいなかったのよ!」と彼の母親が叫ぶ。テッドは、違うよう…と弱々しく反論したが、自信なさげにそう言っても説得力に欠けていた。



「テッド? 君がやったのか?」


「違う! 僕じゃない! 目を離したら勝手に割れてたんだ!」


「だ、そうですけど…」


「アンタね、ライアンちゃんに泣きつけば何事もどうにかなるって訳じゃないんだよ! 白状なさい!」



テッドの母親が、腰に手を当てて息子を叱る。テッドは泣きながらも、首を横に振るばかりだ。不注意で壊してしまってどうにか隠し通そうとしている…という風にはあまり見えない。


うーん、とライアンは悩んだ後、空を見上げて、あっと思い付いた。



「テッドじゃなくて、鳥の仕業じゃ?」



ライアンの家でも、窓を開けっぱなしにしていると勝手に鳥が入ってくることがある。


そのせいで時には皿が割れてしまったりするので、部屋から離れる時はできるだけ窓は閉めるようにと、ロージーはいつも口を酸っぱくして言っているのだ。


テッドは抜けているところがあるし、窓を開けっぱなしにしていたこともあり得るだろう。


ライアンがそう言えば、テッドの母親には思い当たるところがあったのか、声の勢いが弱まった。「確かに…つついたみたいな、細かい傷があったけど…それに、羽も落ちてたような…」とぼそりぼそりと呟く。


「ほら!!」と濡れ衣を着せられかけていたテッドは声を上げた。



「僕のせいじゃないでしょ?!」


「…そうだとしても、窓を開けたのはお前だろう!」




調子に乗ったテッドは頭をペチリと叩かれる。彼は「痛い!」と大袈裟に叫んだ。


一通り説教を終えてテッドの母親が家へと戻っていくと、テッドはライアンに羨望の眼差しを向けた。



「でも、すごいや。ライアンは。だって僕は鳥の仕業なんて見抜けなかったんだもの」


「すごくなんかないさ。誰だって分かるだろ?」


「誰だってできる訳じゃないよ! ライアンは頭がいいなぁ…」



手放しで褒められるとライアンも悪い気はしない。ふふんと胸を張りながら、すごい、すごい、と言う幼馴染みをつれて草原に向かった。



「ライアンは大人になったら何になるの?」



目的地について、草の上に寝転がるとおもむろにテッドが尋ねてくる。ライアンはニヤリと笑って、持っていた本を開いて見せた。



「俺は、彼みたいになりたいんだ」



レオフェルド・ダ・ヴィルトが書いた冒険小説だ。冒険を夢見る少年が世界を救う英雄になるまでの物語。


普通の平民として暮らしていた少年の村に、ある日強い魔道士がやって来る。外の世界に憧れている少年は、外にはどんな世界があるのかと魔道士と交流するようになり、見込みがあると言われて彼から稽古をつけてもらうようになる。


着々と力をつけた彼は田舎の村を出て、旅をするようになり、仲間を増やしていく。そして最後は化け物の王に打ち勝って世界を救うのだ。


勿論その強さを手に入れるまでには、様々な苦悩や挫折があった。仲間の死、師である魔道士から託された願い、周りからの期待の重圧に押し潰されそうになる場面もある。


しかし、その困難を乗り越えて敵を撃ち取って見せた、彼だからこそ魅力的で格好いい、とライアンは思う。初めてこの本を読んだ時から、この英雄はライアンの憧れだった。


いつか自分もこんな風に強くなりたい。獣や化け物を格好よく倒して、皆から感謝される存在になるのだ。それがライアンの夢だった。



「なれるよ。ライアンなら、きっと」



熱く夢を語るライアンに、テッドは興奮したように顔を赤らめて肯定してくれた。


二人は夕方になるまで野原にいた。


日が沈みかけてくるのを見て、テッドは「そろそろ帰らなきゃ。母さんが心配しちゃう」と言う。


ライアンは自分が雑草抜きを放り出して、ここに来たのを思い出した。まだ帰りたくないと思ったが、テッドは帰ると言うので仕方なく自分も帰路に着くことにした。


テッドと別れ、家につくとロージーは激怒していた。


アンタのことを信頼して任せたというのに何てこと、こんな時間まで何をしていたの、と甲高い声で問い詰められる。


ライアンはその声を鬱陶しく思って、夕食を無言で食べ、雷を落とす母を無視して二階へと上がる。


別にいいじゃないか。俺がどうしようと勝手だ。心配しずぎなんだよ。一人で何もできない赤ん坊じゃあるまいし、少しくらい好きにさせてくれたらいいのに。


そう心の中で反論する。


母に苛立ちを覚えながら、昼にも読んでいた本を開けて、ページをめくる。


化け物を倒す英雄の挿し絵があって、その姿はキラキラと輝いているようた見えた。


本を開いたまま、ごろんっとベッドに寝転がる。



「俺はこうなるんだ」



そう呟いて、ライアンは眠りについた。





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