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英雄 1 (三人称)



太陽の日差しが窓から差し込んでいる。ライアンは眩しく思って、ううんと唸り寝返りをうった。


ライアンの部屋は屋根裏部屋で、一階からは美味しそうな匂いが漂ってくる。それなら暫くはベッドでごろごろとしていが、ぐうっ…と腹の音が鳴って、漸くベッドから起きることにした。


服を着替えて、最低限、身支度を整える。梯子を使って一階へと下りると、母親のロージーがシチューをよそっているところだった。



「起きたのね。おはよう、ライアン」


「…おはよう」



ライアンはぶすっとした顔で、小さく挨拶を返した。テーブルにつくと朝食が並べられるのを待つ。


ロージーはそんな息子に呆れながら「ちょっとは忙しい母さんの手伝いをしよう、なんて思ってくれないかねぇ」と文句を言いながら、食事を二人分並べ始めた。



「父さん、もうすぐ帰ってくるよね?」


「三日後には帰ってくるじゃないかしら」


「今度は何があったかな。面白い土産話を聞かせてやるって言ってくれたんだ」


「私としては、危ないところへ行くのはもっと控えて欲しいんどけどね。人生何が起こるか分からないもんだよ。不幸が突然降りかかることもあるからね。ほら、隣の爺さん。病気一つせずピンピンしてたってのに、ある日コロリと死んじまったしねぇ。上等な服が鳥につつかれたり、虫に食われたりして痛んだり。ほんと人生はままならないものだわ。あぁ、そう言えば、噂で聞いたんだけど、最近風邪が流行っているらしくて…」


「もう…母さんは心配しすぎなんだよ。父さんもいつも言ってるだろ。『ロージーは心配性だ。終には空が落っこちてこないか、なんてことまで言い出すんじゃないか』ってさ」



ライアンたちが住んでいる村は山麓にある。辺りは山に囲まれていて、中には春になった今でも山頂に雪が残っているくらい標高が高い山もあった。


ライアンの父親、サイラスは農業の他に、副業として冒険者の真似事のようなこともしていた。


山の中には凶暴な獣がいて、サイラスは村の他の男たちと共にそれを討伐し、それを解体して得た肉やら骨やらを都会の方へ売りに行くのだ。


数日前にサイラスは山に登っているので、そろそろ村へ帰ってくる頃だった。


今度はどんな獲物を捕まえたんだろう、どんなワクワクする話を聞かせてくれるんだろう、とライアンは期待に胸を膨らませる。


鋭い牙や爪を持つ獣を相手に果敢に戦った体験談は、ライアンにとって非日常的で心踊るものであったのだ。自分もいつか…。



「そうだ、ライアン。庭の雑草が伸びてきたようだから、午前中は雑草抜きをお願いしますよ」



剣一本で獣を倒す大人になった自分の姿を想像していると、向かいに座っていたロージーからそう言われる。ライアンの気分は一気に下がった。


雑草抜きだなんて。なんて退屈な仕事だろう。


すると、ロージーはライアンの考えを読んだかのように、目を鋭くさせて「雑草抜きも立派な仕事です。普段家事を手伝いもしないんだから、それくらいのことはやりなさい」と厳しく言った。ライアンは渋々頷いた。



「暇だ…」



シチューと固いパンといった簡素な食事を終えると、ライアンは家から叩き出され、庭の手入れを命じられた。


暫くはぶつくさと文句を言いながらも手を動かしていたが、一時間もすれば集中力は切れて、やる気も萎えてくる。


草を見つけて、引っ張って、抜く。その単純作業の繰り返しだ。飽きないという方がおかしい、とライアンは思った。


ごろんっと地面に寝転がる。土で服が汚れてしまうかもしれないが知ったことじゃない。意外と足腰に疲労が溜まっていたようで、寝転がると筋肉が伸びるような感覚がした。


青空を雲がゆったりと流れている。暇だ…と再び呟いた。


穏やかで、平穏で、そして退屈な毎日。何か刺激となるものが欲しくても、こんな田舎の村では刺激になるような目新しいものなんてない。



「何か、面白いことが起きないかなぁ…」



ライアンは、空へと手を伸ばした。雲を握り潰すように動かすが、勿論のこと雲に手が届く訳はなく、空気が指の間から逃げていくだけだ。


そこへ大きな虫が飛んで来て、ライアンの手にとまった。ライアンはうげっと思って勢いよく手を払った。虫は嫌な羽音を立てながら飛びさっていく。



「くそっ…何か起きればとは言ってけど、そういうことじゃないんだよ…!!」



虫がとまっていた箇所を撫でながら、ライアンは憎々しげに飛びさっていく虫を睨んだ。


それからライアンは立ち上がった。どうせ寝転がるのなら、虫が沢山いる庭ではなくて、もっと日当たりがよくて風が気持ちがよいところに行こうと思ったのだ。


窓から家の中を盗み見ると、ロージーは出掛けているようだ。


きっと洗濯用の水を汲みに、井戸に向かったのだろう。井戸に向かったということは、きっとそこで近所の人たちと長話でもしているはずだ。


子供のライアンには何がいいのか分からないけれど、大人たちは噂話が大好きなのだ。


あそこの家の主人が酔って暴れた、あそこの家の娘が恋人にフラれたらしい、あの家にはもうすぐ子供が生まれそうで、あの人の息子は妻に浮気されらしい、といった具合に。田舎の小さな村ではプライバシーなんてものはないのだから。


ライアンからしてみれば、他の人の話をずっと聞くよりも、物語を読んだり、遊んだりする方が好きだし、余程楽しいことだと思う。


しかし大人たちはそうじゃないらしい。自分に関係のない他人の話で大いに盛り上がり、時間を潰すのが大人たちの楽しみなのだ。


まぁそういうことで、ロージーは暫く帰ってこないに違いない、と考えたライアンは与えられた仕事を放棄し、遊びに行くことにした。


梯子を登って自室からお気に入りの本を持ち出し、台所から小腹が空いた時のためのお菓子も失敬した。ロージーが焼いたクッキーは美味しい。


それらを持って、ライアンは家を出た。



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