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誕生祭 23


「さて…」



アーラを床に下ろした俺は辺りを見回す。見物人たちは目を点にして、俺を凝視していた。


急に殴り合いが始まったと思ったら、ただの子供が割り込んできて事態を収めたのだから、無理もない反応だがな。



「どうぞ、僕たちのことはお気になさらず。お騒がせして申し訳ありません」



俺はそう言って会釈をし、アーラとエヴィの祖父を引きずって、アリスたちのところへと戻る。



「アリス、後でアーラの治療を頼めるか?」


「うん。熱、酷い?」


「人の身では少々辛いだろうな」


「そう…」



アリスは心配そうにアーラを見つめていた。一方、エヴィはと言うと。「アンタって、肝が据わりすぎてるっていうか…人間止めてるところあるわよね…」と妙に感心した顔で俺のことを眺めている。


俺の顔を見ている暇があるのなら、金をさっさと回収しろと俺が急かすと、エヴィは慌てて祖父が座っていた場所に積み上げられている金を取ろうとする。が、そこで邪魔が入った。


エヴィの伸ばす手を遮るように、横から手が出される。



「おおっと、そりゃあいけねぇ。喧嘩が始まっちまって、流されそうになったが…まだ勝負は途中だぜ?」



他に賭けていた者たちが、勝負を途中で降りることは許さないと言い出したのだ。金をほいほいと捨てるいいカモを逃がしたくない、といったところか。



「そこの気絶しちまった爺さんは、最後に大勝負をしかけてたんだ。そのほとんどを賭けるって言ったところで、お前さんたちが入ってきたんだぜ? 宣言したからには、約束は守ってもらわなきゃな」


「でも…お祖父ちゃんはもう気を失ってるわ。やる人もいないし…」


「なら、お前が代わりにやるか? 話を聞いてた限りじゃ、家族かなんかみたいだしな。俺たちはそれでも文句ないぜ? 爺さんの負けた分を取り返してみようって思わねぇか?」



彼らはニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて、挑発するようにエヴィに言う。エヴィはぐっと黙った。


確かにこのままだと全額を返済するには金が不足している。賭け事をやればその分を取り返すチャンスが残っている。


エヴィの顔に迷いが表れているのを見て、俺は口を開いた。



「一応忠告だ。ルールさえ分からないものに、無闇に手を出さない方がいいぞ」


「…アンタは、簡単に稼いでいたわ」


「誰もが簡単に勝てるのなら、博打など流行っていない。勝者がいるのならば、必ずその分損をした敗者がいるはずだ。これ以上借金を大きくしたくないのなら止めておけ」



場の雰囲気からして、初心者だから手加減してやる、といったことはないだろう。というよりも、初心者だからこそ骨までしゃぶり尽くしてやろう、といった魂胆が透けて見える。


ここで俺の忠告を聞かず、勝負にのれば更に借金が膨れ上がることになるだろうな。



「…私ね、夢があるの」



エヴィは、呟いた。



「お母さんとお父さんたちがやっていたカフェを、もう一度開きたい。二人はもういないけど…私の思い出の場所なのよ。だから、借金があっても、あの場所だけは絶対に売らなかった。お祖父ちゃんにも鍵を渡さなかったし、借金取りの人にも売れる家があるって言わなかったの」



俺は、エヴィが初めに俺たちを案内した家を思い出した。


借金に苦しんでいるというのに、何故売っていないのだろうとは思っていたが…。



「いつか、大人になったら…カフェを開く。でも、その時にまだ借金が残っていたら、夢を叶えるのは難しくなるでしょ? だから、私はお金が欲しい。生きるためと、夢を叶えるために。…夢を叶えるために邪魔なものが、取り除けるなら…」



なるほど。彼女にとって、形見のようなものだったのか。


形見。




ーーーーーねぇ、約束だよ。




エヴィは真剣な目をして、勝負を持ちかけてきた者たちを睨み、置かれていたカードに手を伸ばす。


俺はその手を掴んだ。



「止めておけ。こういうのは感情論でどうにかできるものじゃない。その家さえ失うことになるぞ」


「何よ、邪魔する気?」


「いや、逆だ。…俺が代わりにやってやろう。少なくともお前がやるよりは勝率が高い」



予想外の言葉だったのか、エヴィは目をしばたたく。



「は? アンタが? アンタには何のメリットもないのに?」


「…『ありがとう』、だそうだ。お前が選んだプレゼント、父様は無事に母様に渡せていた。おかげで仲直りまで果たせ、名前も顔も覚えていないお前に感謝したいと言っていたから、彼の代わりに伝えておく」


「え、ええ…気に入ってもらえたなら、よかったわ…」


「父様たちの仲を取り持ってくれた礼、そして、あとは…俺からの誕生祭の贈り物、ということにしておこう。俺が無償で何かをやるなんてほとんどないと言っていいぞ。床に額をつけ、泣いて喜び、狂喜乱舞するといい」


「うっわ…一瞬湧いた感謝が、最後の一言で消え去ったわ…」



プライド高すぎて引くわぁ…と言いながら、エヴィは「…信じていいのね?」と言って席を譲る。



「さぁ。俺も運が悪ければ負ける時があるからな。絶対に勝つとは保証できない」


「…つまり、運が悪くなかったら負けないってことかしら」


「分からんぞ。今回はお前も関わっているからな。お前はその不運体質で、俺の邪魔をしないように、外にでも出ていろ。あぁ、そこの気絶している二人も連れていけ」


「…ほんっと、一言二言多いのよ! 可愛くないっ!!」



エヴィはそっぽを向いて、祖父とアーラを乱暴に引きずっていく。力がないためか運び方は雑だ。気絶した二人は、頭やら腕やらを時々壁にぶつけられている。



「じゃあ、お望み通り出ていくわ!! 負けたら、承知しないんだから!!」



そう言い残し、乱雑にドアが閉められた。



「…随分と気の強い嬢ちゃんだな」


「同意します。人への頼み方というのがまるで分かっていませんね」



大人の一人が思わずといった風に呟き、俺も同意する言葉を返した。泣いたり怒ったりと騒がしい奴だ。


エヴィの祖父が座っていた席に腰を下ろし、対戦相手たちに笑いかける。



「では、ゲームを始めましょう。僕はこの通り子供ですので、お手柔らかにお願い致しますね」


「はっ…後悔しねぇようにな」



場にカードが配られる。








一時間後。俺の前には、銅貨や銀貨、金貨の山が積み上がっていた。参加者たちの有り金全てを並べたものだ。


騒がしかった最初の頃とは違い、場は静まり返っていた。野次馬として見ていた見物人たちも、無駄話をせずに口を閉じている。



「また僕の勝ちですね」



ありがたいことに、エヴィの不運は働かなかったらしい。俺の勝利が続いている。



「イカサマだっ!!」



一人が叫んだ。そうだ、そうだ、と周りから援護する声が上がる。



「嫌だな。僕は真っ当に勝負していますよ」


「嘘だ!! そんなに続いて勝てる訳がないだろうっ!!」



興奮したように苛立った声が上がる。


テーブルに手が叩きつけられたため、酒が机の上に飛び散った。俺はその様子を見て眉をひそめる。



「本当です。貴方たちが分かりやす過ぎるんですよ」


「は?」


「表情や仕草から、持ち札が簡単に推測できます。僕はそれを見て考え、自分のできる最適な方法を取っているだけ。そんな大したことはしていませんよ?」


「お前、ふざけてんのか?」


「ご理解いただけなかったようで残念です。…さて」



俺は椅子を引いて立ち上がった。金も十分に稼いだことだし、もうここに用はない。



「レオ」



後ろにいたアリスが俺の名前を呼ぶ。



「かけておけ」



短くそう言うと、アリスはすぐに意図を察したのか、頷いて杖を取り出した。そして、治癒魔法を自分に向けてかけ始めた。


俺は懐から二つ目の小瓶を取り出し、蓋を開ける。


これは先程のものを更に強力にしたものだ。この部屋のような密閉に近い空間だとすぐに影響が現れる。



「エヴィが単純な…いえ、素直な性格で助かりました。流石に三人を担いで出るのは骨が折れます。では、さようなら。また機会があれば遊んでくださいね」



蓋を開けると、落ち着いた薬草の香りが辺りに満ちる。そしてバタバタと人が倒れ始めた。最後の一人が眠りにつくと、俺は杖を取り出す。




ーーーーー苦痛は。憎しみは。怒りは。記憶は。時と共に風化する。ならば、我は一陣の風となろう。其方の苦しみが薄れるよう。我は一つの箱となろう。其方の辛い記憶を閉じ込める箱に。其方がもう泣かずともいいように。




「やはり無詠唱の忘却魔法は危険だ。父様の件で身に染みたので、意識を失わせてからかけるという方法に変えたんですよ。早速、反省が生かせたようでよかった」



では、僕たちのことはどうか忘れてください。





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