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ほくろの実り 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おー、今日はめっきり人が少ないな。自主休校ってところか? うちの学校、まだ休校にするとは行っていないはずなんだがね……強く言い出せないのが、辛いところだ。

 そのような中でも登校してきてくれたみんな、本当にありがとう。お礼に宿題の量を減らしてあげよう。今日の分だけだけどね。

 しかし、君たちもなかなか珍しい時代にあたったものだ。もしかすると、生徒不在の卒業式を経験することになるかもしれないんだからな。無観客で行われるスポーツもちらほらと見られるし、衛生面で考えたら仕方ないかもしれない。

 だが、騒がれるほどやばいんだったら、我々はとうに全滅していてもおかしくないんだよなあ。先生は少なくともそう思う。


 正直なところ、新型ウイルスよりインフルエンザの方が、人数的に見てもまだまだ怖い。それでもここまで大騒ぎするのは、最終的に小さくおさめようって考えがあるんだと思うよ。

 小火ぼやを相手にする時だって、駆けつける消防車はウンウンとサイレンを鳴らすだろう? 当然みんなは「なんだなんだ?」と関心を向ける。

 それさえできれば、仕事は半分果たしたようなものさ。警戒心が芽生えただけでも、人の取り組みはだいぶ変わるものだからね。対岸の火事で終わり、骨折り損に文句をぶーたれようが、健康に解決したのは違いない。

 そうして保った健やかな心身で、なすべきことをなす。それこそ実りのある生活とはいえないだろうか?

 実り、か。この学校生活、君たちの中でちゃんと糧となることができただろうか。もしも無為に過ごしてしまった自覚がある人は、気をつけたほうがいいかもしれない。

 こいつは先生が学生時代に体験した話なんだけどね。

 

 今でこそ標準体重を維持している先生だが、小さいころはぶくぶくに太っていたんだ。いま、このクラスにいる誰よりも横幅があったな。

 先生は運動をしたくない人間だった。生涯において人間はおよそ20億回、心臓を鼓動させると聞いたんだ。これは多少の差はあれども、人間はこの領域に納まるともね。

 しっかり運動すると、心臓がドキドキするだろ? ぜえぜえ肩で息をしつつ、開いた口が出てくるんじゃないかと思うほどのバクつき加減だ。


 ――こうやってたくさん心臓を動かしていたら、死ぬ時が早くやってきちゃう。そんなのは絶対に嫌だ。

 

 そう思った先生の体育の成績は、ぼろぼろに落ち込んでいった。成果を出すことより、できる限り心臓の鼓動を早めないようにつとめたからだ。本当なら見学したいところだけど、先生から家の人に連絡されたら、お目玉を食らいかねないからね。

 授業だけでなく、日常生活でも身体を動かす機会を減らし、家ではごろごろ一択。それでいて美味しいものには、節操なく手を伸ばすものだから、ぶくぶくに肥えた身体ができあがったんだ。

 見る影もなく太りきった我が子を見て、親が問い詰めてくることもあった。でも先生が、自分なりの死への恐怖を語ると、かえってそっとしておかれるようになったよ。

 誰だって一度は、自分が死ぬことについて考えたことがあるだろう。親たちもそれを経験したために、この通過点を息子みずからの力で、うまく通り過ぎてほしいと願ったんじゃないかな。

 

 そうして不摂生な日々を送っていた、ある日のこと。

 今日は布団の周りに、お菓子の袋やペットボトルが転がっていない。親が掃除をしてくれたばかりだからだ。

 時間的に、そろそろ起きて登校の準備をしなくちゃいけない。のそのそと起きた先生は、重い足を引きずって、雨戸の閉まった窓へ近づいていく。

 雨戸をちょっとずらし、すき間を作ってから端をぐっとつかむ。このまま戸袋へ押しやるつもりだったけど、かけた指の上に「ぴちゃん」と音を立てて跳ねるものが。

 引っ込めてみると、クリーム色をした液体がこびりついている。そのうえにごまか、わさび漬けのように濃い色をした粒が混ざり、かすかに臭った。鳥のフンだ。

 舌打ちしながら、洗面所へ。せっけんを三度までつけなおして、徹底的に洗ったよ。力を入れすぎたせいか、フンをもろに受けた人差し指と中指は腫れたように赤くあり続けた。

 朝ご飯を食べても、学校に行っても帰っても、色は薄まらない。

 フンに不潔なものでも混ざっていたのだろうか。先生はまたいまいましさが湧いてくるのを感じながら、風呂場でこれでもかと洗剤攻勢をかけてやる。


 肌の紅色は三日ほどでおさまった。けれど、新たな問題は持ち上がる。

 先生のお腹だ。以前から脂っぽいものを食べると。胃か腸かがきりきりするんだ。

 痛みとは少し違う。自分の皮の内側、肉の部分にぎゅうっと脂が溜まっていくような感覚だ。「ああ、いま身体に脂肪が溜まってんな」と、自分なりに解釈していたよ。

 今朝もそれに襲われる。経験上、横になってじっとしていれば、数十秒でおとなしくなる。今回もそうだったんだが、いざパジャマを脱いでみて、先生は驚いたよ。


 ほてい様のように、大きく膨らんだ先生のお腹。その表面に、まばらにほくろが散らばっていたんだ。

 何年間も一緒に過ごしたマイボディ。腹にほくろなんてひとつもなかったのは、把握している。それが今朝になって、一気に50個ほどが姿を現したんだ。

 これらの中で大きいものだと、小指の先くらいのサイズはある。先生は皮ごと指でつまみ、ぎゅっと絞ってみる。

 爪の先でコリコリと触れられるほど出っ張っていたが、とれない。かさぶたのように行くかと思った、先生の希望はついえる。何より、ほくろまみれというのは気色悪かった。

 これまで異常のなかった場所が、余計な手出しによって汚される。このことが、当時のナイーブな先生にとって、気に食わなかったんだ。

 

 ほくろたちは、何日も先生の腹の上に居座り続けた。

 身体を念入りにこすって、このありさまだ。もう、何者かが外から張り付けたという線はない。

 しかも日を追うごとに、ほくろの数は増えている気がする。きっちり数えたわけじゃないけど、密度があがっているんだ。それも上から見た都市区画のように、ある程度のグループとなってかたまり、他とは距離をおいている部分がある。

 この期に及んでも、先生は病院に行きたくはなかった。

 医者とはいえ、突き詰めれば赤の他人。そいつに自分の肌をさらしてどうこうされるなど、気持ちが悪かったからね。

「もうそろそろあきらめて、受け入れろよ」とつぶやく先生と「いや、明日にはきっと。そうでなくとも、明後日ならきっと……」とごねる先生。

 この二人がしょっちゅう、頭の中で激論を交わしていたよ。

 

 そんなある夜。先生はぴんと身体がかたまるのを感じて、目が覚めたよ。

 閉じた雨戸と窓が開いている。そこから流れ込む風がじかに肌をなでていくのは、先生が布団はおろか、パジャマのボタンさえも外して、お腹を丸出しにしているからだ。

 そのお腹の上にとまっているのは、数羽のカラス。いや、先生の認識ではカラスに近かったというだけだ。それも人のお腹の上に何羽かまとまって足をおろせるくらい、コンパクトサイズの、ね。

 

 カラスたちは、探るように足踏みをしている。そのたび爪が食い込むのか、先生のお腹がチクチクといたんだ。追い払おうにも身体は動かず、声は出せないときている。

 やがて一羽が、ぐっと足を踏ん張ったまま羽を広げた。カラスが飛び上がると共に、先生の耳にミリミリミリと、何かがはがれる音が飛び込んでくる。

 カラスが完全に飛び立つ。二つの握りこぶしを合わせたほどの物体をつかみ、開いた窓から飛び去っていく。他のカラスたちも、それに続いて次々に先生のお腹から何かを引きはがしては、消えていった。

 先生は動けないまま、カラスが飛ぶたびに感じる、無数の痛みに耐えていた。

 ほくろをつまみ出そうとしたときより、何倍増しにもなったものが、いくつも襲ってくるんだ。もし、口も動くのだったら、どれほど大きい声で叫んでいたものか。

 カラスたちがいなくなってほどなく、先生は手足の自由が利くようになる。真っ先に丸出しとなった腹に手をやると、べっとりとした粘性の液体がくっついた。

 血? と思ったが鉄のような臭いがしない。部屋の明かりをつけてみると、先生の腹の上に広がっていた液体は、あの日、指につけられたフンと似たような色をしていたんだ。


 そして先生のお腹自体にも変化がある。

 突っ張っていたはずの腹の肉が、すっかり引っ込んでいた。そしてほくろでいっぱいだった表面も、きれいさっぱり。数日前の状態を取り戻している。部屋のティッシュで液をぬぐい取る時には、もう痛みもなくなっていたよ。

 先生はあのカラスたちが、種をまいたんだと思っている。先生の肥えた身体を栄養とし、種を落として指から植え付け、育てたんだ。それがちゃんと実りとなったから、刈り取りにやってきたんだろう、とね。


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