冒険者ギルドにヤバすぎるやつが登録しにきた話
よく晴れた日の昼下がり。
ロンダル王国の冒険者ギルドにて。
「こんにちは!」
快活な、少年のような甲高い声が屋内に投げかけられた。
両開き式の重々しい扉を開け放って立つ、成人男性ほどの背丈をしているもの。
その姿を視認した冒険者およびギルド職員一同は、あまりの驚愕に声を失ってしまう。
なぜなら、そのものの姿が、完全に魔物の類であったからだ。
まず、顔は鶏のそれに近しい。
真っ赤なとさか、硬質な黄色のくちばし、皮膚を隠した白い羽毛。
目はといえば、絵に描いたような二重丸の目をしている。
内側の瞳孔が深淵を思わせるほどに真っ黒な、可愛らしくも恐ろしい白黒の目だ。
次に胴体もまた、異様なほど屈強である。
手と脚が二本ずつあるという点においては、人間と同じであり、かろうじて人間じみているともいえよう。
だがしかし、ふかふかな羽毛に覆われていてなお、とてつもない盛り上がりをみせる体は、そこらの人間とは比べものにならないほどの発達ぶりだ。
羽毛の生えていない手首より下の部分からは、予想どおりの筋肉質な手つきをのぞかせている。
そして極めつけは、背中に生えた翼と鋭い爪先をもつ足。
魔物としては最高位にあたるドラゴンそっくりな両翼をもち、人外であることを確定させる形をした足をみせている。
どちらも人間には絶対に持ちえない代物である。
一言で無理やりに形容するのなら、ドラゴンの翼が生えた筋肉ムキムキな鳥人間、といったところだろうか。
人型であること、人語を操っていること。
上記の二点に重きを置けば、やはりかろうじて人間の一種であるといえるのかもしれない。
「こんにちは!!」
二度目の挨拶である。
先ほどよりもいくらか大きい声で発せられた挨拶に、はっと気を取り直させられる一同。
どうか、どうか仮装した人間であってほしい。
ふいに漂い始めてきた、あまりにも濃密な魔力をひしひしと肌身に感じつつ、そのような淡い希望を冒険者の大半が抱いていた、そんな中だ。
「おぉ? なんだ、お前? ふざけた格好してよぉ?」
おもむろに一人の男性が立ち上がった。
酒を浴びるほど飲んで泥酔していた、酔っ払いの冒険者だ。
彼はふらふらとした足取りでもって、入り口に立っている鳥人間のもとへと向かっていく。
一方、酔っ払い冒険者以外の一同はといえば、完全に静観を決め込んでいる。
冒険者として培ってきた勘か、生存本能に基づく直感か。
あの得体の知れない相手がとてつもなく危険な存在であることを、骨身に痛いほどに感じ取ってしまうのだ。
そんな相手を前に、己の命を不用意に投げ出すような真似をする浅はかな冒険者はいなかった。
むしろ、間に割り込むどうのこうのの話ではない。
なにせ、異常なまでに圧しかかってくる精神的な重圧に耐え切れず、嘔吐してしまうものが続出している始末である。
ギルド職員の新人受付嬢に至っては、すでに気を失ってしまってすらいるくらいだ。
「ふざけてないよ!」
「はぁ? ふざけてんだろうがよぉ? なんだコラ、ブッサイクな面しやがって」
「僕はブサイクじゃないよ!」
「あぁ? へっ、バーカ。なに言ってんだ、どっからどう見ても不細工に決まって――」
次の瞬間。
パンッ、と小気味よい破裂音が鳴った。
それと同時に木っ端微塵に破裂した、酔っ払い冒険者の体。
頭からつま先まで、肉体から装備もろとも粉末になって宙に広がり、日の光にきらめく埃のように緩やかに舞い落ちていく。
錆びた鉄のような血の匂いと、臓物の耐えがたい臭いを伴って。
「仏の顔も三度までなんだ!」
むっとした顔で、声をほんの少しばかり荒げた鳥人間。
彼は、床に染みとなって消え入った酔っ払い冒険者へと言い捨てると、受付に向かって歩き始めた。
三歩と歩いたころ、むっとさせていた顔をけろりと変え、まるで何事もなかったかのように取り澄ましつつ。
これには、さすがの冒険者たちも心の底から恐怖せずにはいられない。
誰もが顔を青くさせ、がたがたと激しく震えている。
命がけの仕事でもって鍛えられてきた鋼の心は、ものの見事にぽっきりと折られてしまっていた。
加えて、なにを隠そう、酔っ払い冒険者はこのギルドで一番の腕利きでもあったのだ。
それも冒険者としては最高位にあたる、白金級の超凄腕。
飲酒しながらドラゴンの群れを相手取った逸話をもつほどの強者が、抵抗する間もなく容易く、ほんの一瞬で簡単に殺されてしまったのである。
残るものたちが、怯えて声すら発せられないのもまた、無理からぬことであろう。
「こんにちは!」
受付の前に立った鳥人間。
都合、これで三度目の挨拶である。
「こ、ここ、こんにちはぁ……」
ギルドマスターである小柄な老人が声を震わせながら返す。
股間はすでにびしょびしょに濡れている。
頼むからなんとかしてくれ。
そんな、冒険者やギルド職員一同からの期待を一心に背負わさせられたギルドマスターは、逃げるに逃げ出せずにいた。
かつて「英知の賢者」という二つ名を誇った伝説の老人も、鳥人間を前にしてただの人に戻ってしまっている。
「僕は冒険者になりにきたんだ!」
(((勘弁してくれ……)))
皆の思いが一致した。
だがしかし、鳥人間は帰らないし、帰る気配すらない。
相変わらず深淵を思わせる目でもって、ギルドマスターにじっと向かい合っている。
もはや是非もなく、一同に逃げ道は残されていなかった。
◆
突如、ロンダル王国の冒険者ギルドに現れた鳥人間。
ピーヒョロロロ・ザ・イビルデビルという名の彼は、冒険者としては最下位にあたる灰石級から冒険者生活を始めていた。
念願の夢を叶えたからといって、けっして慢心しない。
それがピーヒョロロロこと、通称ピータンの冒険者道だ。
「こんにちは! 薬草を取ってきました!」
そう言って、ピータンが受付に差し出した一束の草。
その束は、別の草が混じっていたり、肝心の薬草はところどころ千切れていたりと、納品するに不十分な品質だ。
突き返されても文句の言えない代物である。
「さ、さすがピータンさん! 素晴らしいお仕事ですね!」
「それほどでもないんだ!」
引きつった笑みでもって全身全霊のヨイショをする、猫獣人の受付嬢。
ピータンは満更でもなさそうに胸を張って答える。
「次も頑張るんだ! いってきます!」
「い、いってらっしゃいませ。ぶ、無事のお帰りをお待ちしておりますぅ……」
また、新たな依頼を請け負って出かけていくピータンを、受付嬢は精一杯に明るく見送った。
その膝ががくがくと震えている様子は、ピータンからは見えていない。
かくして、正規の査定であれば受取不可である薬草が納品された。
もう何度目になるかわからない。
ピータンが納品した薬草は、いつものように裏手に運ばれ、次に馬のいる厩舎へと運ばれていく。
薬草としては使いものにならない代物の使い道は、馬の餌にほかならなかった。
◆
巷で話題の、鳥人間の冒険者が所属している冒険者ギルド。
ピーヒョロロロ・ザ・イビルデビルという名の彼は、ギルドマスターによる白金級への特例での昇格打診を謙虚にも断り、灰石級から黄銅級へと昇格を果たしていた。
一歩一歩、堅実に歩んでいく。
それがピータンの冒険者道だ。
「ワルウサギを上手く捕まえられないんだ……」
そう言って、ピータンは受付嬢に頭を下げた。
捕まえようとしても滅多に見つからないし、たとえ見つけたとしてももの凄い速さで逃げられてしまう。
追いかけて捕まえること自体は簡単だろうが、そんな野蛮な仕事ぶりでは納得できない。
それゆえ、ピータンは思い悩んでいる最中だ。
「わ、罠を仕掛けてみたらいかがでしょう?」
「わな……?」
強張らせた笑みでもって提案する受付嬢。
罠という単語に心当たりがないピータンは、小首を傾げてから、受付嬢をじっと見つめ返した。
じっと、じぃっと。
「あわわ、わ、罠というものについては、冒険者の先輩方に尋ねてみてください!」
「先輩に? うん、それは名案なんだ!」
ギルド内に併設されている、飲食可能な酒場。
その円卓で酒盛りをしていた冒険者たちの騒ぎが、ピータンから視線を向けられたことでぴたりと静まる。
どうか、頼むからこっちに来ないでくれ。
思うことは皆同じだ。
かくして、一人の熟練冒険者が犠牲となり、ピータンの指導役となる羽目に陥る。
受付嬢は泣きべそをかきながら、熟練冒険者に何度も謝罪した。
ピータンの狩りの腕前が上達するとともに、心労から徐々にやつれていく熟練冒険者。
前途は、洋洋であるのか多難であるのか、よくわからなかった。
◆
巷で話題にすることが禁じられた、鳥人間の冒険者が所属している冒険者ギルド。
ピーヒョロロロ・ザ・イビルデビルという名の彼は、落とし穴を作る名人となっており、黄銅級から翠鉄級へと昇格を果たしていた。
罠を仕掛けるなら落とし穴が一番。
それがピータンの冒険者道だ。
「ゴブリンの臭いがして気持ち悪いって、恋人に振られちゃいそうなんだ……」
そう言って、ピータンは熟練冒険者にうな垂れてみせた。
仕事休みの日にデートをしようと、恋人と約束して迎えた当日。
待ち合わせの場所に着くなり、開口一番、彼女に言われた言葉がそれである。
デートはその場で中止となり、ピータンは弁解する間もなく帰路に着かされていた。
「こ、恋人がいたのか?」
「うん! 自慢の彼女なんだ!」
弾んだ声から、恐らく満面の笑みを浮かべていると思われるピータン。
熟練冒険者にはいつもの表情とまったく見分けがつかないが、嬉しそうであることだけは理解できた。
また、ピータンが男性であるということも初めて知ることができた。
恐らく雄ならぬ男性だろうとささやかれていたものの、聞くに聞けず、「僕っ子」である可能性も否定できなかったため、ピータンの性別はいままで不明だったのだ。
「こ、ここは先輩である俺が一肌脱ごうじゃないか。ゴブリンの討伐は俺に任せるといい」
「本当に!? やっぱり先輩は頼りになるんだ!」
さらに声を弾ませるピータン。
その深淵を思わせる目から、羨望の眼差しが熟練冒険者に向けてたっぷりと向けられる。
頼むからもうこっちを見ないでくれ。
そう思わせ、胃をきりきりと痛めつけるほどに。
かくして、ピータンはゴブリン討伐の依頼を熟練冒険者に任せた。
その後のデートにおいては恋人と無事に仲直りを果たす。
また、近辺のゴブリンが冒険者ギルド総出で狩りつくされたのだが、それをピータンが知る由はない。
極秘にして、かつ緊急に処理された一件である。
◆
ロンダル国王も監視せずにはいられない、鳥人間の冒険者が所属している冒険者ギルド。
ピーヒョロロロ・ザ・イビルデビルという名の彼は、恋人との愛を順調に育みつつ、翠鉄級から赤晶級へと昇格を果たしていた。
冒険にも恋愛にも全力。
それがピータンの冒険者道だ。
「今度は僕が後輩を指導するんだぁ」
そう言って、ピータンは冒険者ギルド内の酒場で管を巻いていた。
さして体臭が臭くならない、ウルフ狩りの依頼を終えたあとの宴会にて。
たった一杯のエールでもってピータンは見事に酔っ払ってしまっていた。
「こ、後輩の指導ですか?」
「うん。僕が先輩にしてもらったことを、こうして先輩の立場になったいま、後輩にしてあげるべきだと思うんだぁ」
心労がたたって療養中の熟練冒険者に代わり、相席をしている受付嬢が、震える声で慎重に聞き返す。
ピータンは円卓の上に顔を突っ伏し、のんびりとした口調で自論を語った。
近くの席にいた若い冒険者一行は、ピータンの言葉を耳に拾ってしまって気が気ではない。
もしも己に白羽の矢が立ってしまったら。
そう思うと、たとえ空腹であっても食事は一口も喉を通らなかった。
「でも皆の面倒を見ることはできないから、誰の指導をするべきなのか、受付嬢さんに聞きたいんだぁ」
「え? え? わ、私にですか?」
「うん」
「え、え〜と、え〜と……あっ! じゃあ、飛燕さんご一行はいかがでしょうか!?」
心配から聞き耳を立てずにはいられなかった、あの若い冒険者一行の肩が揃ってびくりと跳ね上がる。
魔法剣士の少年も、戦士の青年も、弓使いの少女も、僧侶の女性も。
四人が四人とも揃って瞬時に悟り、絶望した。
かくして、ピータンは飛燕という名のパーティの指導を買って出た。
受付嬢は半泣きになりながら、飛燕一行に何度も平謝りした。
唯一、ピータンと対等に話ができる熟練冒険者の復帰が望まれてならないが、彼が現場に復帰する見込みは当分ない。
◆
監視を任された暗部も泣いて許しを請う、鳥人間の冒険者が所属している冒険者ギルド。
ピーヒョロロロ・ザ・イビルデビルという名の彼は、後輩の指導に精を出しつつ、赤晶級から黒銀級へと昇格を果たしていた。
後輩に慕われてこそ一流の冒険者。
それがピータンの冒険者道だ。
「今日はドラゴン狩りをしようと思うんだ!」
そう言って、ピータンは飛燕一行の顔を見回す。
ロンダル王国から遠く離れた、暴威の気配が濃厚に漂うヴァイオレンス山の麓にて。
暗雲が一面に立ち込める空の下、山頂付近の激しい稲光を目に焼きつけさせられながら、飛燕一行は各々に死期を悟っていた。
ああ、今日が命日になるのだ、と。
「ド、ドラゴンですか?」
「うん。ドラゴンのお肉は美味しいから、狩れるようになっておくべきだと思うんだ!」
ばくばくと高鳴る己の鼓動を耳にしつつ、魔法剣士の少年が皆を代表して聞き返す。
ピータンは両手を胸の前にあげてグーで握り、可愛らしく左右にふるふると振ってみせた。
これが可愛い女の子だったら。
戦士の青年が、現実逃避するように遠く彼方へ思いを馳せる。
女子二人は、極度の緊張から歯をがちがちと鳴らせており、すでにまったく使いものになりそうになかった。
「ドラゴンはね、頭を潰すと死ぬんだ!」
「そ、そうなんですか」
山中を悠々と歩いていくピータンのあとに続くこと、しばし。
道中で出会った、いかにも凶悪そうな魔物が一目散に逃げ去っていく中、やがて辿り着いたドラゴンの巣穴にて。
ピータンは、巣穴から首根っこをつかんで引きずり出してきた巨大なドラゴンの頭部を、なんらかの魔法でもって潰し終えたのち、飛燕一行にそう説明したのであった。
かくして、ピータンは後輩である飛燕一行への指導を無事に終えた。
冒険者ギルドの酒場にて、五体満足で帰還することができた飛燕一行は、涙を流しながらドラゴンの肉を懸命に頬張っている。
その微笑ましい姿に、ピータンも大満足だ。
ドラゴンの肉はほかの皆にも振舞われ、強制参加の宴は、幹事のピータンが酔い潰れる深夜遅くまで続いたのであった。
◆
ロンダル国王が寝込んだ原因である、鳥人間の冒険者が所属している冒険者ギルド。
ピーヒョロロロ・ザ・イビルデビルという名の彼は、後進育成の手腕を認められ、黒銀級から白金級へと昇格を果たしていた。
冒険者なら頂を目指せ。
それがピータンの冒険者道だ。
「今日は僕から発表があるんだ……!」
そう言って、ピータンは皆の顔を見渡した。
なにやら発表したいことがあると伝えられ、半強制的に集められた冒険者ならびにギルド職員一同。
病床に伏せていた熟練冒険者も駆けつけており、欠席者は一人もいない。
誰もがあらゆる用事を蹴ってまで、ピータンからの集合要請に応じている。
「は、発表ですか?」
「はい……!」
皆に視線で促され、ギルドマスターの老人がおずおずと尋ねる。
ピータンは真剣な声色でもって応じ、深く頷き返した。
「僕、ピータンは……冒険者ギルドを卒業するんだ!」
場がしんと静まり返った。
まったく予想していなかった発表につき、どう反応していいのか、誰にもわからない。
喜ぶべきか、悲しむべきか、もしくは惜しんで引きとめるべきか。
そして、その判断はやはり、責任者であるギルドマスターの老人へと委ねられた。
先と同じように皆から視線で促され、彼はごくりと唾を飲み込んだのち、ピータンと目を合わせた。
「そ、卒業おめでとうございます」
「――は?」
一拍を置いてから発せられた、明らかに不機嫌な声。
場に緊張が走る。
「いや、違うんじゃ! ――じゃなくて、違うのです! ほ、本当はワシら一同、引きとめたくて仕方がないのです! でも、それではピータン君が安心して卒業できないと思って! だから辛く悲しくても、ここは笑顔で送り出してあげなくちゃと思ってぇ!」
「ギルドマスターさん……!」
耐えがたい恐怖から、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして必死に弁明するギルドマスターの老人。
その訴えに、ピータンも感極まったのか、喜びを隠せない様子だ。
どうやら正解は、「別れは悲しいけど引きとめられず、惜しみながらも祝って送り出してあげる」、であったようだ。
さらなる別れの言葉を促さんと、ギルドマスターの老人がちらちらと周囲に目を配らせ、これでもかとウィンクをして合図を送る。
ふいに訪れた、最後にして最大の山場。
絶対にピータンをどこぞへ送り返してみせる。
そう、皆の思いは一つになった。
「ピータンさん! いままで本当に楽しかったです! これでお別れなのはすごく寂しいですけど、本当にありがとうございました!」
猫獣人の受付嬢が。
「ピータン! お前は俺の――いや、皆の誇りだ! 胸を張って冒険者を卒業しろ!」
熟練冒険者が。
「ピータン先輩! 先輩からの教え、俺たち絶対に忘れませんから!」
「最高だったぜ! 先輩!」
「ピータン先輩、ずっと尊敬してました! 先輩はあたしの憧れです!」
「冒険者を卒業しても、どうか私たちのこと忘れないでくださいね!」
魔法剣士の少年が、戦士の青年が、弓使いの少女が、僧侶の女性が。
「ピータン、また飲みにこいよ」
酒場の渋いマスターが。
「ピータンちゃん! めっちゃ遠く離れてぃても、ぅちらはずっ友だょ!」
派手なギャルのウェイトレスが。
「ピータン殿、卒業おめでとうでござる!」
「うぅ、ちくしょう……泣かないって決めてたのになぁ……!」
「我が最大の好敵手、ピータン氏よ。そなたの行く道に幸多からんことを」
「達者でな! 辛くなったらいつでも戻ってこいよ!」
次々に投げかけられる惜別の言葉。
どれもピータンが旅立つこと前提である。
「こちらこそありがとう……! 本当にありがとうなんだ……!」
いつしか、ピータンの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち始める。
一度こぼれ出したらもうとまらない。
ピータンは溢れ出してはとまらない涙を手の甲で何度も拭う。
何度も、何度も。
世話になった皆に感謝し、己が愛されていたことを嬉しく思い、この別れを最高の思い出として胸に焼きつけておこう。
にじむ視界の中、皆からの暖かい声を一身に浴びながら、ピータンは最後にそう思った。
そう、強く思ったのであった。
◆
ピータンの卒業から半年後。
よく晴れた日の昼下がり。
ロンダル王国の冒険者ギルドにて。
「いや〜、やっと平穏が訪れましたね!」
「ほっほっほ、そうじゃのう」
「まったく。あんな目に遭うのは二度とごめんだぜ」
猫獣人の受付嬢、ギルドマスターの老人、熟練冒険者の三人が和気あいあいと過ごしていた。
ピータンが生まれ故郷に帰ってから、すでに半年が過ぎている。
それでも、彼と過ごした日々は濃密すぎたため、まるでつい昨日のことのように感じられてならない。
半年程度では薄れるはずもなければ、向こう二十年は忘れられそうにないくらいだ。
「こ、こんにちはっ!」
だが、そのとき。
緊張具合が初々しい、少年のような甲高い声が屋内に投げかけられた。
両開き式の重々しい扉を開け放って立つ、少年ほどの小さな背丈をしているもの。
その姿を視認した冒険者およびギルド職員一同は、あまりの驚愕に声を失い、口をあんぐりと開けて呆然としてしまう。
なぜなら、そのものの姿が、完全に子供版ピータンであったからだ。
つまるところ、ピーヒョロロロジュニア・ザ・イビルデビルの来訪であった。
通称ピータンジュニア。
彼が冒険者ギルドに訪れてきた目的は、きっと父親と同じく冒険者登録であろう。
「父が追い求めた夢を、子もまた追い求める。父が叶えた夢を、子もまた叶えんとする。こうして歴史は繰り返され、また新たな物語を紡いでいくのだろう。かの少年の未来に幸多からんことを」
酒場の一角にて。
かつて、ピータンとの邂逅による精神的衝撃で頭がイカれ、彼の好敵手を自称するようになってしまった可哀相な冒険者は、そんな戯言をしみじみと語るのであった。
めでたしめでたし。
お読みいただきありがとうございます!