小人の姉妹
試し書き。
暇つぶしに読んでいただければ。
アンとドロシーは双子の小人。生まれたときからいつも一緒で、なにをするのも二人で一つ。野山を駆け巡るのも、悪戯をして叱られるのも、お風呂に入るのも、もちろん寝るのだって二人は一緒だ。
小人の村を出たときだって一緒だった。成人したら一度村を出なければいけないのだが、一人立ちするためなのだから当然一人でなければならない。
けれど姉妹は「私たちは二人で一人よ、神様がそう決めたんだから」といって、強引に村を出た。
二人の生活は穏やかにすぎていく。勝気なアンは性格とは裏腹に家事が得意、料理はほっぺたが落っこちるような美味しさだ。
引っ込み思案のドロシーは、隠れるのも隠れているものを探すのも得意。料理で使いたいものを彼女に言えば、なんでもとってきてくれた。
ドロシーは、時々頼んでいないものもとってくる。背丈ほどあるきのこや匂いの強い葉っぱ、アンの好きなすぐりの実など。
アンは困ったように笑って、しょうがないわねと、それを調理してあげた。きのこはシチューに入れたり、蒸し焼きにして、もってきた香草をそえる。すぐりの実はジャムにしてあげた。
ドロシーはそれが大好きだった。アンもドロシーの喜ぶ姿を見るのが好きだった。
あるとき二人は初めて喧嘩をした。
生まれてから一度もしたことがないのに、きっかけは些細なことだ。採取のときリスを見たといったドロシーに、アンが心配して小言をいったのだ。
いつものことで、よくあること。
だけどその日は、ドロシーが口答えをしたのである。
「私、見つかるようなへましないもん」
そんなことはされたことがないアンは、怒るよりも動揺した。
そして、つい強く言ってしまったのだ。
「なによ、ドジのドロシーのくせに!」
それから二人は、むっつりと黙り込んで、その日をすごした。
アンは別にそれほど怒っていなかった。ただ驚いただけなのである。ドロシーにしたってそう、ちょっとだけアンに認めて欲しかっただけだった。
元々仲の良い姉妹、怒りは長続きしなかった。翌日になると、お互いすぐに仲直りをしようと思っていた。
けれど、ドロシーは引っ込み思案だし、アンは言葉が強い。仲直りしようと口を開くが、うまくかみ合わなくなってすぐに黙ってしまう。居心地の悪さが続いた。
その日、ドロシーは仲直りをしようと、アンの好きなすぐりの実を探していた。真っ赤で甘酸っぱくて、とってもジューシー。花言葉は、私はあなたを喜ばせる、だ。
森の中を探索して、いつもは行かないところにも行った。途中で大きな大きな猪を見かけたりしたが、一生懸命探した。アンと仲直りをするために。
そして森の奥深くで、ようやく見つけた。真っ赤で、はちきれそうにパンと張った実は、間違いなくすぐりの実だ。ドロシーは嬉しそうにその実を両手で抱えた。
彼女の心の中では、きっとアンは喜んでくれるということでいっぱいだった。
いつもより帰るのが遅くなったドロシーを、むっつり顔のアンが出迎えた。ドロシーはおどつきながらも、すぐにアンが喜んでくれると思った。
「あのね、見て、アン。すぐりだよ」
アンは一瞬ぽかんとして、悲しそうな顔になってから、烈火のごとく怒った。
「なによ、なによ、そんなに私が嫌なの!? それならそう言えばいいのに! もうドロシーなんか知らないんだから!」
アンはそれっきり部屋に閉じこもって出てこなかった。
なにがなんだか分からないドロシーは、ただただ傷ついていた。
喜んで欲しかっただけなのに、何故アンを傷つけてしまったのか、分からなかった。それでも必死に考えた。自分が悪いのなら謝らないとと思った。
そうして思い当たったのは、花言葉。すぐりの花言葉は良い意味もあるけれど、悪い意味もある。その中にはこんなものもあった。
『あなたの不機嫌が私を苦しめる』
ドロシーは慌てて、部屋に閉じこもったアンのところへ向かった。扉の前で、必死に呼びかけた。
「あのね、アン、聞いて。あれは違うの」
けれど扉の向こうからは、
「もういい、あっちへ行って!」
なしのつぶてだ。ドロシーは、それ以上言葉をかけることが出来なくなって、顔をうつむかせてその場を去った。
ドロシーの去った後、アンは一人泣いていた。
自分の性格が誰かを傷つけるとは分かっている。けれどドロシーだけは違うと思っていた。喧嘩だって、ドロシーとなら一生しないと思っていた。
それが思い上がりだったのだと、こうなって気がついたのだ。
あんな遠まわしに文句を言わなくたっていいのに、とアンは傷ついていた。私の好きなすぐりの実を、わざわざ捜して、あんな当てこすりのように……。
そこまで考えて、ハッとした。いくつかある花言葉を思い出したのだ。
あのとき、アンは悪い方へ悪い方へと考えがいってしまっていたが、ドロシーの表情や状況を思えば、きっと彼女の言いたかったのは、『私はあなたを喜ばせる』だったのではないか。
アンの顔は真っ青になった。自分のしたことが、取り返しのつかないことになると考えたのである。
アンはすぐにドロシーのいる部屋の前へやってきた。そしてドアを叩いて呼びかける。
「ドロシー、ごめんなさい、私間違っていたの」
けれどドロシーから返事はない。
いよいよ取り返しがつかなくなったと思ったアンは、よろよろとその場を去った。外へ出てぼんやりと夜空を眺めていると、涙が流れた。
ドロシーはどれだけ深く傷ついたのだろう、もしそれが自分だったら、どれだけ……。
アンは、決意した。ドロシーが、すぐりの実で仲直りをしようとしたのなら、今度は私がすぐりの実をとってくる。
すぐりはアンの好物だけれど、それで作ったジャムは、ドロシーの大好物でもあるのだから。
夜の森を、アンは小さなランタン一つで分け入っていく。
ちょっとした風のざわめきは唸り声に聞こえ、茂みのふとした揺れに、今にもそこから自分を食べてしまう生き物が現れるのではないかと怯えた。
そして同時に、ドロシーはこの森から毎日食べ物をとってきているのだ、ということに気がついた。
それは、あの引っ込み思案のドロシーからは想像のできない、そして、アンには到底できないことをしているのだった。
「ごめんなさい……」
胸のうちで膨らんだものが、口からこぼれた。
どれほど進んだだろうか、随分と森の深くまでやってきたアンは、ふと気配を感じた。
思わず隠れて覗き見ると、そこには一匹のたぬきがいた。ごそごそと藪に頭を突っ込んで何かを探しとると、しゃくしゃくと咀嚼する。
それは紛れもなく、すぐりの実だった。
アンは喜びと同時に恐怖した。たぬきがいることですぐりをとりに行けないということと、実をすべて食べてしまうのではないかということをだ。
迷って、迷って、迷いぬいた末、アンは意を決したように立ち上がった。
そして、近くに生えている大きな葉っぱを数枚むしると、それを両手に持って掲げて走り出した。
「がおおおお」
大声をあげてたぬきへ向かう。茂みに頭を突っ込んでいたたぬきはびくりと飛び上がって、走り去っていった。
アンは息を荒げ、大汗を拭うと、へへんと無理やり笑った。
たぬきが戻ってこないうちにと、急いで実をもいだ。ランタンを腰にさげると、両手にすぐりを抱え
て、帰り道を急いだ。
けれど、真っ暗な森、自分の歩いてきたところが本当にその道なのか、アンは分からなかった。
泣きつかれて眠っていたドロシーは、喉の渇きを覚えて部屋を出ていた。真夜中の家はしんと静まり返っていて、寂しかった。
コップに水を注いで喉を潤す。そうしながら、頭の中はアンのことでいっぱいだった。アンは今どうしているだろう、眠りにつきながら涙を流していないだろうか。
そうしてふと壁を見た。そこは二人の外套やランタンがつるしてある場所だった。いつもはそこに仲良く並んだ外套やランタンが、今は一人分しかない。
その意味に気がついたとき、ドロシーは青ざめて、はだしのまま外へ飛び出した。
アンが一人で夜の森に入った!
森の恐ろしさは、いつも食べ物を探しているドロシーが一番よく知っている。リスの尻尾ほどしかない小人には、たとえアリであっても恐ろしい生き物なのである。
森の中を分け入っていきながら、アンの痕跡を探った。幸いにもすぐにそれは見つかった。背の低い草がところどころに折れていたのである。
「アン! どこにいるの、アン!」
夜の森で声をあげることがどれほど危険なことなのか分かっていても、ドロシーは声をかけ続けた。一度大きな狸に出くわしたけれど、隠れるのが得意なドロシーはなんなくやりすごして、アンを探した。
そして、夜の森にあるはずのない明かりを見つけた。両手に何か持っているアンが、心細そうに歩いていた。
ドロシーはすぐさま近寄ると、驚くアンを無視して服の袖を引いて今きた道を戻っていく。ドロシーの後ろでアンがなにやら言っているが、ドロシーはそれに答えないままズンズンと進んでいった。
程なくして森を抜け、棲家へとたどり着いた。二人とも肩で息をしている。
振り返ったドロシーは、アンが見たこともない表情で手を振り上げて、頬をぶった。放心したアンに彼女は抱きつくと、
「アンのばかあああ」
大きな声で泣き喚いた。そのうちアンも泣き出した。ぼろぼろと大粒の涙をこぼして、謝った。
落ち着いた二人は家の中へ戻ると、アンはテーブルにすぐりの実を置く。
「ごめんね、ドロシー」
ドロシーは首を振って、
「私のほうこそごめんなさい、アンの気持ちも考えずに」
二人は仲直りしましょうといって、照れくさそうに微笑んだ。
次の日、アンは朝からジャムを作っていた。すぐりの実で作った、甘くてすっぱいジャム。
匂いにつられて目を覚ましたドロシーがやってくる。懐かしい香りに鼻を鳴らして目を細めた。
アンが振り返り、ドロシーと目があう。二人はへへっ、と笑いあった。
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ここまで読んでいただきありがとうございました。