王国へ向かい、勇者と戦う
人間達最大の国、通称王国。
その入り口前にロス達はいた。
「戻ってきたのねロスくん。用件は何かしら?」
ロス達を待ち構えていたのは円卓の騎士第三位マチ。
大勢の部下を引き連れ、ロス達の入国を拒むように立ちふさがっている。
以前のような気安さは消え、威圧的な彼女の姿にロスは内心冷や汗を流した。
今のロスはモンスターとしての姿を堂々と晒し、周囲の注目を集めている。
勇者から捨てられ魔に身を落とした醜い化け物、悍ましい悪魔。そのような誹謗中傷の言葉が次々とロスを襲う。
ロスは悔しさに手を振るわせるが、その両手は二人の少女が握っていた。
それがロスにとっては何よりもありがたかった。
「この者に対する発言は控えよ。ここからは余が喋らせてもらうのじゃ」
ロスの後ろからひょこっとメツが出てくる。
マチは小首をかしげ、メツを見た。
「余は魔王メツ。和平交渉に参った」
「その子が、魔王? ……かわいいーッ!」
「こら離せ! 余はぬいぐるみではないぞ!」
先ほどまでの威厳を消し去り、マチは人目を気にせずメツに抱き着く。
メツは必死で抵抗するも、マチに抑え込まれどうすることもできなかった。
「ふう、すっきり。それで、和平交渉に来たの?」
「う、うむ。そのために国王に会いたいのじゃが」
だが当然マチは首を縦には縦に振らなかった。
例えロスの頼みとはいえいきなり魔王を王に合わせるわけにはいかない。マチは申し訳なさそうにそう説明した。
「なぜじゃ! 余が勇気を振り絞ってきたというのに」
「うーん、キミが勇気を振り絞っていてもね。こっちにも立場と言うものがあるの。はいそうですかって通すわけにはいかないのよ」
メツが涙目で訴えてもマチが頷くことはなかった。
このまま門前払いをくらえば、折角の和平交渉の機会が失われるかもしれない。
「なあにめんどくせえことしてんだ?」
突然ロスの背後から響いた声に皆振り向く。
そこにいたのはあきれ顔の円卓の騎士第九位マムシ、そしてその娘であるリカだった。
「マムシさん! リカ!」
「よお、久しぶりだなロス」
「お久しぶりです」
マムシが軽く右手を上げ、リカはぺこりと頭を下げる。
二人との再会をロスは嬉しく思った。
特にリカに作ってもらった杖にはずいぶん助けられている。
「どうしてここに?」
「こいつが王国に行きたいっていうもんだからよお、久しぶりに出て来たんだ」
「多くの物資が流通している王国なら、私が探している物が見つかるかもしれないと思いまして」
「そしたらこんな騒ぎになっているじゃねえか。んでその中心にロスがいたから声を掛けたってわけよ」
「ストップ、ストーップ! お姉ちゃんを置いて話さないで!」
和やかに会話を始めたロス達の元へマチが割って入る。
「なんだ? いつからあんたははおれっちの姉になったんだ?」
「貴方以外の子に言っているんです!」
マムシはにやりと挑発するような笑みを浮かべ、マチは子供の様に腕を振って抗議する。
突然の出来事に、部下たちは口を出すこともできず、ただその様子を眺めていた。
「めんどくせえな。全部おれっちの責任にしていいから通してやれよ」
「行きましょうか、王様の元へ案内するわね」
「変わり身はえーよ!」
ロスのことを信じているマチは元々案内する気満々だったのだが一応立場がある。
マムシと口論したのも、短気な彼の性格を利用して大義名分を得るために過ぎなかった。
してやられたとマムシは頭をぼりぼり掻く。だがその表情に怒りはなく、むしろ笑顔だった。
何もできず呆然としていた部下たちにマチが振り返る。
氷の様に冷たい青い瞳ににらまれ部下たちは足がすくんだ。
「あと、さっきロスくんの悪口言ってた人にはおしおきがあるから。覚悟しておいてね」
マチの宣告に部下たちは震えあがる。
彼女のおしおきは国内で最も恐ろしいとされているのだ。
部下たちは自身の将来を祈りながら歩いていくロス達を見送った。
◇
マチに続いて城内を歩くロス達は恐怖の的だった。
悪魔のようなロスの姿は見る者を圧倒する。知らないものが見たら間違いなくロスを魔王と指さすだろう。
だがいくらロスが目立とうと、メツもモンスター。好意的なものは誰一人おらず、陰口が聞こえてくる。
フォローするようにマチが声を掛けた。
「ごめんね、人間はモンスターを敵だと思い込んでいるから」
「別になんとも思わんよ。余も人間は敵だと教えられてきたのじゃから」
「ふうん、じゃあどうして和平交渉しようと思ったの?」
「忌々しい旧魔王と戦うにはモンスターと人間が力を合わせなければいけないと思ったからじゃ」
マチは内心感心した。まだ子供なのに本当の敵を見定め、対策を立てようとしている姿に魔王としての貫禄を感じたのだ。
――人間にもこのような素直さがあれば。
無駄だとわかっていてもそう考えられずにはいられなかった。
「あとロスと結婚するのに戦ってなどおられんのじゃ。早く式の段取りを組まねば」
「ちょっと待って、聞き捨てならない言葉があったよ? ロスくんと結婚する?」
「そうじゃが?」
「お姉ちゃんは許しません! せめて大人になってから――いいえ、大人になっても許しません!」
「なんでじゃー⁉」
マチとメツはすぐ打ち解けたのか、口論を始める。
ロスの肩をマムシが叩いた。
「なんでえなんでえ、ずいぶん素直なやつじゃねえか。魔王ってのはもっと陰湿で根暗な奴だと思っていたぜ」
「メツはそんな子じゃないですよ。仲間を失っても立ち上がる力を持っている、強い子です」
「そう思わせてるならたいした奴だよ。あんたがあいつに生きる意味をあたえてやったんだな」
訳が分からないと言った様子のロスにマムシは肩をすくめる。
自覚があろうがなかろうが、ロスの行動が救いになっているならこれ以上言うことはなかった。
「ところでロスさん、その杖の使いごこちはどうですか? 何か困ったがあれば言っていただければ直しますからね」
「ありがとうリカ。特に不自由なく役立っているよ」
「それならよかったです」
ほっとした様子のリカの背中をユウがつんつんと突いた。
「リカ、雰囲気変わった。前より、堂々としている」
「ありがとうございます。あれからもっと自分でできることが増えたおかげでしょうか。ユウさんが励ましてくれたおかげですよ」
リカの言葉にユウは嬉しそうに笑みを浮かべる。
誰にも心を開けなかった自分が、リカの心を救えてうれしかったのだ。
「リカ、これからもがんばって」
「はい」
その様子をピカは遠目に眺めていた。
「ユウと離れて寂しいかい?」
ピカが声にびくっと肩を震わせる。
気づけばロスが横に付いて歩いていた。
「そ、そんなわけなじゃないですか。これっぽっちも気にしていません!」
「素直じゃないなあ」
本人は必死で否定しているが、ピカが寂しそうなのは一目瞭然だった。
ロスはピカの頭をわしゃわしゃと撫でる。
ピカは気持ちよさそうにそれを受け入れた。
「友達は大いに越したことはないさ。その方が支えになってくれる」
そういうとロスは一人で歩いているメツを見る。
ピカはそれに気づくと、
「しょうがありませんね。このピカ様が一緒に歩いてきます!」
そう言ってメツの元へ向かった。
◇
しばらくすると王の間にたどり着いた。
入室を許可され、室内に恐る恐る入る。
広々とした部屋に豪華な装飾、そして赤い絨毯が玉座まで敷かれていた。
「よく来たな、人類の敵よ」
そこにただ一人いたのは玉座にもたれかかる、白髭の老人。
皺が深く刻まれた顔にやせ細った身体と見る限りは弱々しいが、その眼光は鋭く、見る者の心臓を鷲掴みするような錯覚を覚えさせる。
この老人こそがこの国の王、通称人王。
ロスは勇者の任命式で会ったことはあるが、その変わらない威圧感に息を呑んだ。
マチとマムシは片膝を着き、頭を下げる。
ロス達もそれに続こうとしたが、人王はそれを静止した。
「堅苦しいことはしなくていい。それで、和平交渉に来たと聞いたが?」
人王の眼光がメツを貫く。メツは微かに身震いしたがすぐに前に行き人王を睨み返した。
「その通りじゃ人間の王よ。今は我らが争っている場合ではない、さらなる脅威が迫ろうとしている」
「ほう、それでその脅威とは?」
「……旧魔王ファンロン」
人王はまるで知っていたかのように頷く。
「久しい名だ、嘗て人類を脅威に陥れた怨敵。現魔王に滅ぼされたと聞いていたが――どういうことか説明してもらおうか? 」
メツは現状を細かく説明した。
「現魔王が死に、お前が新たな魔王となったわけか。そして魔王城が旧魔王の配下に落とされた、と」
人王は考え込むように顎に手を置く。
「そのような妄言に耳を貸す必要はありません」
突然背後の扉が開かれると、ロスが目を見開いた。
「あれは」
「めんどくせえ奴が来ちまった……」
マチが驚き、マムシが舌打ちする。
現れたのは王国の英雄であり魔王を討つ者、勇者。
その後ろには戦士、僧侶、魔法使い、以前と変わらない勇者パーティの姿があった。
「どういうことだ?」
「騙されてはなりません王よ。旧魔王の配下など、俺の戦ったモンスターの中にはいませんでした。この者たちは、人類を欺くために送り込まれた魔王の間者に違いありません」
「貴様……!」
マチが怒りの形相で立ち上がろうとするが、マムシがそれを止める。
「落ち着け、下手に動けばロス達の立場が悪くなる」
「なら、黙って見ていろと言うの?」
「今は信じてろ。あいつは一人でも折れねえし、支えてくれる奴らがいるんだ」
マムシの説得でマチはしぶしぶ大人しくなったが、勇者を睨み付けることだけは止めなかった。
「妄言か――それを判断するのは私だ。お前は下がっていろ」
「な! この者たちの言葉を信用すると言うのですか!?」
「そうは言っていない。情報を吟味し、判断するだけだ」
「話にならない! モンスターは全て殺すべきです!」
勇者は王の前でありながら剣を抜き、それをメツに向ける。
それを庇う様にロスが立ちふさがった。
「やめろ、このような場所で何を考えている」
「噂には聞いていたが、変わり果てたなロス。勇者が魔王を倒す、それは当たり前のことだろう? 人間からモンスターになったお前も――俺が殺さなくちゃいけねえんだよッ!」
襲い掛かって来た勇者の剣をロスは杖で受け止めた。
背後から戦士たちが勇者を援護しようと迫るが、それをマチとマムシが抑え込む。
ピカ達は人王を連れて部屋から抜け出した。
「自分の存在意義を失いかけて焦ったのかい?」
「知ったような口を聞くな!」
勇者は剣を投げ捨て、ロスがそれをはじいた隙に新たな剣を取り出していた。
神剣マスター。
遺跡から発見された伝説の武器であり、代々勇者の称号を授かったものに与えられる。
その力は全ての武器をしのぎ、神の作った武器とされている。
「俺は魔王を倒し、富と名誉を授かる。そして理想のハーレムを作り上げるんだ、邪魔をするな!」
「力がここまでキミを狂わせたか」
マスターの力は強大過ぎるため、魔法で相殺することもできない。要するに躱すことしかできないのだ。
風魔法で自身の速度を強化し、隙あらば雷魔法を撃ち込み勇者を無力化しようとするが、勇者もマスターで魔法を防ぎ切る。
ロスを殺そうとする勇者と、あくまで勇者を殺さず抑え込もうとするロスでは動きに差があった。
「俺の理想の為に、死ねロスうううう!」
友だった勇者の殺意にロスが一瞬怯む。
そのわずかな隙に勇者が攻撃を叩きこもうとするが、
「……わかったよ」
ロスは尻尾を動かし、勇者の手に鋭く叩き付ける。
嫌な音が鳴り響き、勇者の手からマスターが零れ落ちた。
「あが!」
「……もう我慢するのはやめた。モンスターとしてキミを止める」
続いて翼を使って勇者の顔を張り叩き、空中に打ち上げたあと、振り上げた角をぶつけ勇者の身体を床に叩き落す。
勇者は口から血を噴き出し、動けなくなった。
「くそ……が……」
「勝負ありだね」
ロスはマチの方へ顔を向けると、向こうも戦い終わったのか勇者パーティ全員が倒れ伏していた。
「王の前でこのような愚行。勇者の称号は剥奪され、追放処分も免れないわね」
「まったく馬鹿野郎が。力に魅入られた人間ってやつはどいつもこいつも……」
その後、勇者たちは部屋から連れ出され牢獄に入れられた。
マスターを取り上げられ、抵抗することもできず、裁きの時を待つ身となった。