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7/12

魔王と出会い、魔王城を目指す


ここは王国から遠く遠く離れた丘の上。

見渡せば青い海が広がり、引き込まれそうになる。

 ロス達三人は布を広げ、そこ座って食事をしていた。

 町から町への歩道は整理されているが、ほとんど人も通らずモンスターも出てこない。

 まさにゆったりするにはうってつけの場所だった。


「にいに、あーん」

「ロス、こちらのおにぎりを食べなさい」


 ロスの両脇でおにぎりを持った二人が火花を散らしている。 

 どちらがおにぎりを食べさせるか勝負しているようだったが、ロス自身は自分のペースで食べたかった。


「まあ二人とも落ち着いて、どっちも食べるから」

「なら私のが先です!」

「にいに、ユウの先に食べて」

(困ったなあ……)


 宥めようとしても、二人は小動物が縄張り争いするようにけん制し合っていた。

 その場合ピカが猫でユウが犬だろうか。そんなどうでもいいことを考えながらゆったりとした時が流れていた。

 ロスが困った人必ず助けていたため、なんだかんだ忙しい日々を送っていたのだがここ最近はそれもない。それに寂しさを覚えながらも、このような平和な時間に感謝をしていた。

 派手な動きでこちらの気を引こうとするピカ。

 身体にすりより誘惑して来るユウ。

 そんな彼らの後ろを、ゆっくり馬車が通っていた。


「離せ! この無礼者‼」

「静かにしやがれ、この糞餓鬼が‼」


 馬車の中で怒鳴り声と誰かが殴られる音が響く。

 ロスは杖を手に取り、二人を背負うとすぐさま馬車へと駆けだし飛び移る。


「うお、なんだ?」


 馬車が大きく揺れ、停車する。そして中から人相の悪い男たちが数人出て来た。


「なんだあ、テメエら?」

「失礼、馬車の中を確認させてもらうよ」

「ふざけるな! やっちまえ!」

「へい、お頭ァ!」

「ロス、やってしまいなさい!」


 男達は軽々と馬車を昇り、手にしていたナイフで切りかかってくる。ロスは風魔法で男を受け止め、遥か彼方に吹き飛ばした。


「うわああああああああ‼」


 男たちは海の中に次々と転落していく。運が良ければ生きているかもしれないが、この高さから落ちればトラウマものだろう。


「なんだと⁉ 糞が、覚えてやがれ!」

 

 残った男は馬車を残し逃げ出してしまったが、ロスは馬車の中を確認することを優先した。


馬車の中で一人の子供が縄で縛られ、横たわっていた。顔には殴られた痣があり、口元の縄だけは噛み千切ったのかほどけていた。

 ピカとユウはロスの背中から降り、近づこうとする。

ロスの影響を受けたのか、二人も困っている人を助けようとすることが増えていたのだ。


「大丈夫?」

「なんじゃ其方ら?」


 子供はロス達を警戒するように睨み付けてくる。

 顔の痣から、子供が暴力を受けていたのは容易に想像できた。

近づこうとすれば鋭い歯で噛みつこうとしてくるため、ロスは弱ったと腕を組む。

 その時、ピカが子供に飛び乗り強引に抑え込んでしまった。


「何をする! やめんか!」

「今縄をほどいてあげます。感謝しなさい」


 この隙にロスは風魔法でロープだけをきれいに切断した。

 子供はあっけにとられたような表情を浮かべたが、すぐに立ち上がり埃を払う。


「まったくひどい目にあった。これだから人間どもは」

「にいに、この子……」

「なんじゃ、余の顔に何かついているのか?」


 子供は鼻を鳴らし、きつい目で三人を見る。

 黒短髪で灰色のパーカーと紫色の短ズボンを着ている。

 ここまでなら普通の人間なのだが、その頭には二本の角、背中には悪魔のような翼、蛇のような尻尾が生えていた。


「人間じゃない?」

「そうじゃ。お前もモンスターである余を迫害するのだろう?」

「いや、全然。何もしないなら仲間のところへ帰してあげるよ」

「なぬ?」


 子供はがくりと倒れかける。そしてまるで奇妙な生き物を見る様に三人を見始めた。

 ピカはそれを見て目をつりあげる。


「なんですか? 言いたいことがあるならはっきり言いなさい!」


 ピカの気迫にメツは一瞬たじろぐが、すぐに持ち直し両手を広げたポーズをとる。


「一応礼は言っておこうか。聞くがいい愚かな人間ども。余の名はメツ。この世界のモンスターを統べる魔王である!」

「…………………………え?」

「恐怖するのも無理はない。余は魔王だからな、ちびっても仕方がない」


 わははとメツは高笑いする。


(この子供が魔王? 人間達が恐怖し、殺すべき相手と定めた悪?)

「ワハハハ! 面白い冗談です! こんなちんちくりんな魔王見たことありません!」


 ロスとユウが固まる中、ピカが腹を抱えて笑い転げる。


「なんだと⁉ 余を馬鹿にする気か!」

「痛い! 何をするのですかこのジャリ!」


 起こったメツがピカの頭を叩き、ピカがメツの髪の毛を掴む。

女神と魔王だと言うのに、幼い子供が喧嘩しているようにしか見えなかった。


「二人とも、落ち着いて」

「こいつが余を馬鹿にするからだ!」

「私は事実を言っただけです!」

「黙れ、このへちゃむくれ!」

「なんですとー⁉」


 ユウが必死でなだめようとするが、どんどん喧嘩はエスカレートしていく。


「いい加減にしろ!」

「んぎゃ」

「うぼあ」


 ついにロスの拳骨が二人に落ちた。二人は頭を押さえ、蹲る。


「お前たちは女神と魔王なんだろ? みっともなく喧嘩するな! さあ二人とも謝るんだ」


「……ごめんなさい」

「すまぬ」


 ピカは意外と素直に、メツはしぶしぶと言った様子で頭を下げる。


 その時、かわいらしい腹の虫が鳴り響いた。

 犯人は顔を赤く染めていく。

 

「こ、これは余ではない! 余ではないぞ!」

「強がる必要はないよ。近くにおにぎりを置いてあるから一緒に食べよう」

「じゃが――」

 

 付いてくることを躊躇するメツの手をピカが強引に握る。


「じれったいです。いいから付いてきなさい!」

「こら、はなせ!」

「ユウも」


 ピカとユウに両手を掴まれ、メツは抵抗空しく運ばれていった。 



「……お前たちは不思議な奴らじゃな。モンスターと人間は敵対するのが常識であろうに。余はお前たちとなれ合うつもりはないがな!」

「おにぎり全部平らげて横になっている奴がよく言います」

「メツ、ユウ達ともう仲良し」

「だ、誰がお前たちなんかと!」


 そう言うメツの顔は赤く染まっており、完全に否定しようとしない。

 これはまんざらでもない顔だなとロスは微笑ましい気持ちになった。


「じゃあ、そろそろ何があったか聞かせてくれるかい」

「……しょうがないのお」


 メツはぽつりぽつりと、語り始めた。

 つい先日、父の先代魔王が崩御し、急きょ自分が魔王に即位したこと。

 周りからは親の七光りと全く相手にされないこと。

 自分の力は生まれつき他のモンスターに劣っていること。

 そんな自分を自分が許せなかったこと。


(つまり劣等感に耐えられず魔王城を飛び出したと。上級モンスターたちが人間相手に目立った動きをしていなかったのはそれが原因か)


 最初会った時とは打って変わって、しおらしく座り込むメツ。自分でもどうすればいいのかわからなくなっているその姿にロスは自分を重ねた。

 ロスはしゃがみ、メツと視線を合わせる。メツの瞳は揺れており、救いの言葉を待っているようだった。


「メツ、キミに優しくしてくれるモンスターは家にいたかい?」

「優しく……母上だけかな。他の奴らは余を見ていなかった」

「そうか、ならキミは家に帰るべきだ」

「え?」

「一人でもキミを思ってくれている者がいるならば、戻ってちゃんと話をするべきだ。そうしないと悔いが残るよ」


 メツは考え込むように俯くが、その背中をピカが叩く。


「そんなに不安ならば私たちが付いて行ってあげます」

「……じゃが、人間が魔王城に近づけば必ず襲われる。お前たちはいい奴らじゃ、危険な目に合わせたくは――」

「ユウ達、もう友達。友達のためなら、がんばる」

「友達? 余と友達になってくれるのか?」

 

 ピカはやれやれと言った様子で言葉を紡ぐ。ユウはその様子を微笑みながら見ていた。

 

「なにを今さら、もう友達でしょうが」


 メツは再び俯く。足元に水滴がぽつぽつと落ちた。


「……なんじゃ目から汗が出て来たわい」

「素直にうれしいと言えばいいのに」

「うるさいわい」


 メツはパーカーで目元をぬぐう。

 突然の父親の死は幼いメツには相当堪えたのだろう。この様子では友達もいなかったようだ。

 いきなり魔王と言う立場を任され、味方は母親のみ、逃げ出したくなる気持ちもわかる。

 そんなメツを支えてあげたいと三人の心は一つになっていた。


「しょうがない、そこまで言うなら魔王城に戻ろう。ここからだいぶ離れた場所じゃがな」

「そうだ、メツはどうやってここまで来たんだ? 力がないのなら移動するのも難しいだろ?」


 ロスは一度魔王城に行ったことがあるが、ここからかなり離れている。

 メツは立ち上がり、自慢げに腕を組む。


「ふっふっふ。余は空間魔法が使えるのじゃよ」

「空間魔法だって⁉」

「にいに、なにそれ?」


 わからないユウのため、ロスは簡単に説明する。


 空間魔法はその名の通り、空間を操る魔法だ。

 使いこなせれば距離など関係なく自由自在に移動することができる。それ故に使用者に高度な技術が求められ、莫大な力が必要なのだが。


「空間魔法が使えるなら、劣っていることなんてないと思うんだが」

「……実はたまたま成功したんじゃよ。気付けばこの近くに移動していて、力尽きて倒れていたところをさっきの人間達に捕まったのじゃ」

「ぷっ! それ使えるとは言いませんね」

「うるさいわい!」


 だったら空間魔法はあてにできない。ロス達は魔王城に飛んで移動することにした。



 魔王城への道のりは険しかった。陸を行こうが、空を飛ぼうが、海を泳ごうが至るところでモンスターが襲い掛かってくる。知性のあるモンスターの方が珍しいので、たとえ格上だろうと餌としか思っていないのだ。

 果てしない数のモンスターを撃退し、魔王城にたどり着いたのはいいが、ピカとユウはロスの背中でぐったりしており、メツだけが横を歩いている。


「やっと……着きましたわね」

「ユウ、へとへと」

「余も魔王城の外がこんなに危険とは思っていなかった」


 ロス達は重厚な門の前に立つ。

 鉄でできたそれは冷たくそびえ立ち、拒絶の意志がありありと出ていた。

 ロスがピカ達を下ろしている間にメツが大声を上げる。


「余が戻って来たぞ! 誰かおらんのか!」

 

 メツが呼びかけても返事はなく、門は閉ざされたままだった。


「おかしいのお、誰も出てこないとは――⁉」


 突然ロスがメツの身体を抱き抱え横に飛ぶ。


「な、何じゃ?」

 

 するとメツのいた場所に上空から降って来た巨大な槍が突き刺さる。モンスターになったロスの倍以上の高さがあった。

 槍を追うように何もかが飛び降りてきて地面を揺らす。その槍の持ち主らしく、背丈は槍より一回り大きい。


「外したか……」


 現れたのは人の様に二本足で立ち、翼や尻尾を生やしている青い鱗の竜だった。その表情は冷めきっており、感情が読み取れない。

 竜は地面から槍を引き抜くとロス達に向けて構える。


「お、お前は何者じゃ⁉」


 メツが狼狽えながら呼びかける。どうやらメツが知らない人物のようだ。


「私はチンロン。魔王ファンロン様の忠実なる僕」

「ファンロン⁉ それは父上が滅ぼした旧魔王の名――」

「口を慎め、魔王様は甦る。そのためにもファンロン様以外に魔王を名乗る不届きものは滅ぼさねばならん」


 旧魔王と言えば、以前対峙した人工知能ショワンウーを生み出し、復活を目論んでいた存在だ。

 過激なショワンウーやチンロンを見る限り、穏やかな人物ではなかったのだろう。

 メツはロスの手から離れ、一人前に飛び出した。

 

「待て! 中にいたみんなは、母上はどうした⁉」

「中にいた者は全て始末した。運悪く現魔王は不在だったが」


 チンロンは表情一つ変えず言い放つ。


「なん……じゃと……?」


 メツは崩れる様に膝を折る。呼吸は荒く、がたがたと震えていた。


「やはり、城で得た現魔王の情報と一致する」


 チンロンはメツめがけて得物を投擲する。

 メツは微動だにできなかった。


「やめろおおおおおお!」


 飛び出してきたロスがメツを庇いその背中に槍が突き刺さる。


 ロスは血を拭きながら倒れ込み、ピカとユウが涙を流しながらその後を追ってきた。


「また外したか……ふん」


 チンロンが手をかざすと、まるで意志を持つように背中から槍が抜け、手元に収まった。


 ユウが手当てするためローブを外したので、恐ろしいモンスターの姿があらわになる。


「お前、モンスターだったのか……いやそれよりも大丈夫か⁉ 何故余を庇った」

「友達……だからだよ……」


 メツの目から一筋の涙が流れ、膨大な気があふれ出る。

 チンロンはその様子に目を細めた。


「対象から力の増大を確認。大戦時の前魔王と一致――」


 チンロンは身構える。相手の実力は未知数、動き一つ見逃さないように観察していた。

 だが、突然の衝撃にその巨体が吹き飛ぶ。


「それ以上か」


 チンロンが目でとらえきれない速さでメツが殴りかかっていたのだ。抵抗を試みるも、間に合わず次々と体が凹み、鱗にひびが入っていく。


「ぐ……」


 メツの連撃にチンロンが苦悶の声を漏らす。メツの攻撃は確実にチンロンを圧倒していた。


「ぐふッ!」


 だが圧倒していたはずのメツが蹴り飛ばされ、門に激突する。


「確かに力は増したが、戦法は力に身を任せた粗末なもの。対処は可能だ」


 チンロンは倒れ込んだメツに止めを刺すべく槍を構えた。


「お待ちなさい!」


 その時、メツを庇う様にピカが手を広げて立ちはだかった。

 顔は涙で濡れ、恐怖から足が震えている。本当は逃げ出したいはずだがチンロンから目を逸らさなかった。


「そこをどけ」

「どきません!」

「なら死ね」


 チンロンは槍をピカに向ける。このままではピカの命は一瞬で削り取られるだろう。


 メツは自身の弱さを呪った。先ほども友達に助けてもらい、また守られようとしている。

 自分のせいで母も死に、多くの仲間が死んだ。

 自分には何もできないのか? 何もないのか?


 チンロンが槍を投擲し、メツは無我夢中で立ち上がり、ピカを押し退けた。

 槍がメツの腹部を貫き、そのまま門に突き刺さる。今まで味わったことのないような痛みが襲い掛かかり、口から血が止めどなく溢れてきた。

 槍が抜け、チンロンの元に戻る。メツの身体が門から落ちたが、それをピカが受け止めた。


「メツ! メツうう!」


 メツの血で赤く染まったピカが泣き叫ぶ。

 このままでは間違いなく死ぬが、友達のためならばそれもいいかもしれない。メツは薄れゆく意識の中でそう思っていた。


「勝手に満足しないでください!」


 ピカから光が放たれ、その光がメツに集まり始めた。

 温かく心地よい光は瞬く間にメツの傷をふさいでいく。メツは訳も分からないと言った様子で混乱したが、突然地面に落とされた


「痛い! 何をするん――え?」


 目の前でピカが倒れていた。その体は透け、今にも消えてしまいそうだった。


「ピカ、馬鹿!」


 駆けつけて来たユウがポーションを振りかけたことで、身体は元に戻ったが、意識は戻らなかった。


「……これほどの力を見落とすとは、私も衰えたわけだ」


 チンロンがゆっくりと歩き出そうとしたが、突然ぴたりと動きを止める。


「私の槍を受けてなお立ち上がるか」

「ユウが手当してくれたおかげでね」


 チンロンの背後で杖を持ったロスが立ち上がっていた。

 並々ならぬプレッシャーを感じ、チンロンは振り返り、槍を構える。


「現魔王以上のその力、見せてもらおう」


 先に動いたのはロスだった。炎魔法で火球を生みだし、チンロンを焼き尽くため放つ。

 チンロンは槍を高速で回転させ、火球を打ち消すとロスに向かって投擲する。


 槍は易々と風の防御を破り、ロスの左肩を抉る。魔法が通じないことから魔法を打ち消す素材でできているようだ。


「ショワンウーと同じか」

「何故貴様がショワンウーを――そうか、奴と連絡が付かなくなったのは……」


 チンロンは槍を手に取り、ロスに迫る。

 

「ここで貴様を討ち、奴への手向けとしよう」


 華麗な槍さばきに加え、隙あらば尻尾による薙ぎ払い、強烈な蹴りと多彩な技でロスは次第に追い詰められていく。


 メツは自分に何かできないか必死で考える。

 ピカの光で力はさらに強まった、何かできることはないのだろうか。

 

「待て、力が強まった?」


 チンロンが槍を再び投擲する。

 全てを穿つ槍の威力は身をもって味わった。

 

 ――ならば使用者にも有効なのでは?


 メツは全神経を集中させ、槍を捉えた。

 先ほど得た莫大な力で技術を補い、偶然を必然に変える。


「そこだああああッ!」


 投擲された槍が姿を消し、その勢いのままチンロンの背後に現れる。


「な……ぐふッ!」


 チンロンは咄嗟に振り向くが間に合わず、胸に槍が突き刺さった。

 勢いよく血が噴き出し、耐えられず膝を着く。


「空間魔法! メツがやってくれたのか!」

「く……」


 チンロンはなお倒れず、槍を引き抜こうとする。

 だがその隙は致命的だった。

 先ほどは防がれたロスの炎魔法がチンロンに炸裂する。


「見事……魔王様、私もそちらへ……」


 チンロンは爆発し、消滅した。



 その後、目覚めたピカはユウとメツに泣きながら叱られることになった。

 心配をかけてしまったことにピカは素直に頭を下げる。


 一通り落ち着いたところで魔王城に入ることにした。

 ロスは三人に外で待つよう伝えたが、メツだけは何を言っても引かず付いてきた。


 門を抜け、王城入り口前でロスは聞いてもらえないとわかっていながらも問いかける。


「今ならまだ間に合う。メツがつらいものを見る必要はないんだよ?」

「余は魔王じゃ。ならば皆の最後を看取るのも余の努めなのじゃ」

「そうか、なら入るよ」


 王城内は予想以上に無残だった。

 モンスターの死体が所せましと並び、血の匂いが充満している。

 メツは決して目を晒さずに母親の部屋と向かった。


 ベッドの上で母親らしき遺体が横たわっていた。

 四肢はもがれ、身体を潰され、最後の最後まで抵抗したのだろう。


 メツは母を抱きしめ泣いた。

 自身が逃げ出した際に起きた悲劇。後悔してもしきれなかった。

 ロスは目を伏せ、黙とうを捧げる。


 その後城内を見て回ったが、生き残りはいなかった。



 場内のモンスターは全員城庭に埋葬した。

 メツからすれば嫌いな奴らばかりだったが、その死に心を痛めないことはなかった。

 

「これからどうするんだい?」


 魔王として、メツ個人としてどうしたいのか、ロスは確認しておきたかった。

 

「こうなった以上、もはや余たちに人間と戦う力はない。和平交渉を申し込み、旧魔王の侵略に備えようと思う」


 復讐を選ばず、平和を目指してくれたことがロスには嬉しかった。


「そ、そのために人間達の元へ行く必要があるのじゃが……一緒について来てはくれんかの?」


 王国にいけば間違いなく勇者と顔を合わせるだろう。どこまで自分を抑えられるかロスは不安だった。

 もしかしたら化け物になり果てるかもしれない。

 そんなロスの心情を察してか、ピカとユウが片手ずつ握る。


「安心しなさい。私たちが支えてあげます」

「にいに、ユウ達が守る」


 頭が急速に落ち着いていく。

 今なら堂々と勇者の前に立てる気がした。


「わかった、一緒に行こう」

「本当か⁉ やはり余の旦那様になる男は器が広いのじゃ!」

「……え?」


 ロスは口を大きく開け、目を点にする。


「メツって女の子だったの?」

「何を言っているのじゃ! この魅惑のボディから一目瞭然じゃろうが‼」


 メツは堂々と胸を見せつけてくるが、どこからどう見ても山はなく、平地が広がるのみ。

 

「堂々と抜け駆けとは」

「許すまじ」


 ピカとユウは嫉妬の炎を放ち、メツを焼き尽くそうとする。だがメツは涼しい顔でそれを受け流した。


「その程度、魔王である余にとっては熱くも痒くもないのじゃ」

「なんですとー⁉」

「メツ、倒すべし」


 三人の戦いが始まり、ロスは現実逃避するように空を眺めていた。


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