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鍛冶師親子と出会い、竜の牙を取りに行く

ここは人でにぎわう小さな町。太陽に照らされる猛暑の中、人々は汗を流しながらも活動していた。


「にいに、大きなローブもらってよかったね」

「これがあれば姿を隠して町を歩けますよ!」

「怪しさ満点だけどね……」


 少女二人と共に歩く、漆黒のローブを全身に纏い、怪しく目を光らせる猫背の大男。言うまでもないがロスのことである。

 なぜこのような格好をしているかと言うと、マチに別れる際もらったのだ。


「ロスくん、これがあれば堂々と町中を歩けるよ!」

 

 と言われて渡されたのだが、どこからどう見ても不審者にしか見えない。すっぽりと全身が隠れているためモンスターであることはばれないが――目立つ。この上なく目立つ。横ぎる人全てがギョッとした表情でそそくさと去り、子供にも「怪人だ」と指を指される始末。


「……もう宿を借りようか。僕辛くなってきたよ」

「情けないですね。もっと堂々とすればいいのに」

「無茶ダメ、にいに、メンタル弱い。強くてもいいのに」


 わりと辛辣な少女たちの言葉で、ガラスの心は傷だらけ。少女たちが、暗に自信を持てと言っていることに気づくはずもなかった。


「泥棒だああああ! 誰か捕まえてええええ!」


 ロス達が声に振り向くと、いかにも怪しい――ロスよりは怪しくない髭面の泥棒が逃げていた。その手には豪華な剣が握られている。


 ロスはすぐさま風魔法で跳躍する。マチに指導を受け、風魔法を移動に応用できるようになったのだ。


「待て」

「何だあ、テメエは⁉」


男の前に立ちふさがるロス。常人なら尻餅を着きそうなほど迫力満点だが、泥棒はやけくそになっていたのか剣を振り回しながら襲い掛かってきた。

ロスは軽く男の剣を躱すと、剣を叩き落とす。そして、腹パン。


「んぎゃ!」


 泥棒は泡を吹きながら悶絶する。

少々力を入れすぎたか、と心の中で反省しながら男を縛り上げる。元より盗人なので、同情はしていなかった。


「おお、あの方が泥棒を捕まえてくださったぞ!」


 大歓声を受け、ロスは照れくさい気持ちになる。後から来たピカとユウも何だか誇らしげだった。

 観衆をかき分け、一人の少女が顔を出した。赤い髪をポニーテールにし、ゴーグルをかけている。


「助かりました……ありがとうございま――」


 ロスを見た瞬間、少女の中で何かが叫んだ。


――殺される!


 少女の行動は早かった。観衆などお構いなしに土下座。


「ごめんなさい命だけは助けてください何でもしますから何でもとは言いましたがその剣だけは返してください母の物なんですお願いします! お願いしますぅッ‼」


 泣き叫びながら許しを請う少女に辺りは騒然、ロスも呆然。

 何もしていないはずなのにロスが悪役にしか見えない。


「落ち着きなさい! 突然なんですか⁉」


 ピカの言葉にも耳を貸さず、泣きじゃくる少女。そんなに怖かったかなとロスは悲しい気持ちになった。とりあえず少女を移動させようと考えたその時――


「馬鹿野郎! 恩人の前でなんてことしてやがる!」

「痛い!」


髭もじゃでサングラスをした、筋肉もりもりのおっさんが、少女に拳骨を落とす。少女は頭を押さえながら蹲ってしまった。

おっさんは大衆に一通り頭を下げると、ロス達に一番深く頭を下げる。


「申し訳ねえ。ひとまず、おれっちの家で礼をさせてもらいたい。付いて来てくれ」


 おっさんは少女の首根っこを掴むと、ぶつくさ言いながら歩き始めた。ロス達はその後を付いていくことしかできなかった。

 


 おっさんのガサツな見た目に反して、きれいに整頓された和風の家に到着した。家の横は巨大な工房になっており、煙突から黒い煙が出ている。中の様子をうかがうことはできないが、男たちの声や、金属を叩くような音が漏れていた。


「そこが職場なんだ。少々うるさいが我慢してくれや」


 ロス達は和室の客間へと案内される。外の工場が見えなければ非常に落ち着いた雰囲気だ。

 部屋には向かい合うよう座布団が用意されており、皆そこに正座をした。ユウはロスの背中に隠れるように座り、ピカは右肩に抱き着くように座っている。

 マムシは苦笑いを浮かべると頭を下げた。


「改めてお礼を、おれっちはマムシ。そこの工房で頭領をやっている。こいつは娘のリカ」

「どうも……」


 どっしりとしたマムシとは逆に弱弱しくリカは頭を下げる。


「見ての通り、肝っ玉の小さい臆病者だ。まったく、恩人の見た目にびびるとは情けねえ娘だ」

「申し訳……ありません」

「まあ、ひとまずそれは置いといて、あんた達には世話になった。さっきの剣はうちの母ちゃんが作った唯一の物なんだ。それをこいつが店番しているときに盗まれたってわけだ」


 リカは委縮した様子で俯いてしまった。

 話題を切り替える様にロスが切り出す。


「無事で何よりです。商売されているんですか?」

「おうよ。工房で武器を作っててな、それを町にある店で売ってるんだ。結構評判もいいんだぜ」


 マムシは自慢気に笑う。鍛え抜かれた身体から、毎日工房で腕を振るっているのが見て取れた。

 ピカは興味無さそうに鼻で笑う。彼女にとって、マムシはリカをいじめる悪者のようだった。その心情を察してかマムシは頭を掻き、ばつが悪そうに口を開く。


「あー……ところで恩人のあんた達に頼むのは気が引けるが、一つ頼まれてはくれねえか?」

「内容によりますね。この子たちを連れて可能なことであれば」


 困っている人を見過ごせないロスからすれば助けになりたいが、できることは限られている。前にはピカが危険な目にあっており、ユウもまだ幼い。

 だが話も聞かず一方的に断ることはできなかった。

 

「ここから歩いて一日ほどの山にグリーンドラゴンが住んでいる。頼みってのはそいつの牙をリカと取ってきてもらいたいんだ」

「わ、私が⁉ …無理、無理ですうう!」


 リカは大慌てで部屋を飛び出してしまった。

 その様子を見てマムシは頭を抱える。


「やっぱりか、あいつに度胸が付けばなあ……」

「何やら事情がありそうですね」


 マムシは軽く頷き語り始める。

 リカは幼いころ母親を失っており、自分が一人で育てて来た。その中でリカに鍛冶師の才能を見た。だがリカは自分に自信を持てておらず、できることからも逃げているのだと。

グリーンドラゴンは大人しく性格で、話さえすれば牙一本譲ってくる気前のいいモンスターらしい。その牙は剣の材料にうってつけとのこと。人間と敵対するのが当然と考えられている世の中で、このようなモンスターはめずらしい。

 その牙を手に入れる旅の中で、少しでも自信をつけてもらいたいとマムシは考えていたのだ。 


「一人で無理でも、あんた達となら……魔法使いロスと一緒ならいけると思ったんだがな」

「待って、なんで、にいにのこと知っているの?」


 ユウの疑問も最もだ。この町に来てからロス達は自己紹介していない。


「そういや言ってなかったな。おれっちは円卓の騎士第九位。マチって知ってるか? あいつのダチであんたのことはよく聞いてるよ」

「円卓の騎士……!」

「おっと、そう身構えんな。こっちの仕事はほとんどしてねえよ。おれっちはこの町のしがない鍛冶師の一人にして――娘に何もしてやれない無力な父親にすぎねえ」


「わかりました! このピカ様に任せなさい!」

「ピカ⁉」

「にいに、どうせ手伝う」

「ユウ⁉」

「おお、ありがてえ! 報酬は弾むからよろしく頼む!」

「おっさん⁉」

 

 口では何だかんだ言いながら結局引き受けたロスだった。



「うう……なるべく皆さんの足を引っ張らないように努力しますですけどどうせ私にできる事なんて何一つありませんその辺の石ころだと思っていただければ幸いです」

「これは思った以上に重傷だね」


 リカはびくびくとした様子でロス達から離れて付いて来ている。

 

 マムシが説得したのか、早朝の出発時間ぎりぎりにリカはやって来た。その目は赤くなっており、髪はぼさぼさ。辛うじて武器である金づちを握ってはいるが、見るからにフラフラだ。

その際に改めて自己紹介を済ませたが、ロスのことを知るとますます委縮してしまい、自己嫌悪に陥っていた。

 マムシに渡された地図を頼りに、ロス達が一緒に歩こうと提案しても、先ほどのようにぶつくさ言いながら離れてしまう。 


「いい加減にしなさい! 何をうじうじしているのですか⁉ 女神である私を待たせないでください!」

「ひいいいいッ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」


 頭を抱えて震えるリカをピカが引っ張ろうとするが、非力なので動かない。結局ピカが先に根を上げた。


「はあはあ……わかりました。……貴方のペースで付いてきなさい……」


 その後、グリーンドラゴンがいる山へと移動を始めたが、リカは近づいてこない。ロスの見た目に怯えているのもあるが、元々人付き合いが得意ではないのだろう。

 無言のまま時間だけが流れ、あっという間に陽が落ちた。


 森の中でたき火を囲むロス達。

 この辺りはまだモンスターが出ないと地図には書いてなかったので、適当な場所で一泊することにした。


「ねえ」

「ひっ!」


 俯いて体育座りをしていたリカは、突然ユウに話しかけれられ飛び上がる。


「隣、いい?」

「……ええ」


 リカはユウが座りやすいように落ち葉をどけ、正座する。ユウは一礼し、ぺたりと座った。


「リカって呼ぶ」

「……ええ……構いませんが……」

「リカ、自分に自信が持てない?」

「……そうです。……私は、怖いんです」


 リカは震えながら、ズボンを掴む。そして、ぽつりぽつりと語り始めた。


「父と違い、母は私を認めてくれていました。……それが嬉しくて、鍛冶師を目指し頑張っていました。……ですが母がいなくなってしまい……全てを失ったような気がしたんです。それから、なんだか人付き合いも怖くなってしまいました。店番を任されてはいますが、ほとんどろくな対応ができてないです」


 ユウは何も言わず、静かに聞いていた。ロスとピカも目をつむり、話を聞くことだけに集中している。


「ははは……結局、私はまだ母に甘えているだけなんです。逃げているだけの臆病者なんです」

「リカには、お父さんがいる」

「それはそうですが……父は私を見放していますよ……」

「お父さん、リカのこと認めてる」

「え……?」


 リカが目を見開き、呆けたように口を開ける。


「マムシさんリカのこと大事、でもとても心配。きびしく接しているのは、リカに自信を持ってもらいたいから。リカは恵まれている」

「そんなことないです。ユウさんにも家族は――」

「ユウに両親、兄弟いない」 

「……すみません」

「謝らなくていい。ユウにはにいに、ピカがいる。だから、寂しくない」


リカは自身を恥じる様に俯く。

 

 ――変わらなければ……。


 目の前の少女が力強く笑う姿を見て、そう思ったのだ。

 

 リカは持っていた小槌を握り、見つめる。

 母が褒めてくれた、初めての武器。どれだけボロボロになっても鍛え直して、今でも使っている。父は この武器に何も言わなかったが、見た瞬間も無言で頷いていた。今思えば、あの時に認めてくれていたんだろう。

 勝手に怯え、できないと決めつけ潰れていた私。

 そのせいで、どれだけの人に迷惑をかけてきたのだろうか。

 リカはロス達を見渡すと、土下座した。


「皆さん……すみませんでした……。私、逃げていました。これから変わっていきたいと思います」


 その様子を見て、ピカはやれやれとため息をついた。


「この依頼を早く終わらせ、あの人にその言葉を言ってあげなさい」

「……はい!」


 リカの目は決意にあふれていた。



「よく来ましたね。何が望みでしょうか?」


 山の頂にたどり着いたロス達は、そこを住処とするグリーンドラゴンに出会った。

 緑の鱗に包まれ翼を持つ、全長十メートルほど巨大なモンスターは穏やかにロス達を見下ろしている。


 リカが誰よりも早く、前に出て声を上げた。

 

「お願いします! 貴方の牙を一本譲ってください!」

「私の牙は人を守る武器にもなり、その力故に人を惑わす毒にもなります。貴方は自信を持って、それを鍛え上げられると誓えますか?」

「はい!」


 リカは間髪入れずに返事をした。

 その声は昨日までと違い、自信に満ち溢れていた。


「貴方を信じましょう。どうぞ」


 グリーンドラゴンはあっさりと自身の牙を引き抜き、リカへと差し出す。あまりにも大きくて重いため、牙はロスの魔法で運ぶことになった。


 グリーンドラゴンは手を振りながら、去っていくリカたちを見送った。 


「聞いていた話とずいぶん違うじゃないですか。あれほど自信に満ち溢れているなんて、父の目は節穴ですね」



「あんた達よくやってくれたな。おかげでリカがあんな元気になっちまった!」


 リカは工房に戻るや否や、持ち帰った牙をすぐさま加工に入る。牙で作った武器をロス達にプレゼントしたいとのことだ。


「見てくれ、あの自信に満ち溢れた表情を! こいつはきっと傑作ができるぞ!」


 マムシの子供自慢をほどほどに聞き流し、ロス達は完成の時を待つ。一番心配そうにしているのはユウだ。

 その横でピカがくすりと笑う。

 

「安心しなさい。間違いなく素晴らしいものができますよ」

「どうして、そう言い切れるの?」

「女神の感です」

「嘘くさい」

「なんですとー⁉」


 ピカとユウがじゃれ合っていると、工房からリカが姿を見せる。ゴーグルをかけ、体中が煤で汚れていた。


「お待たせしました。これが出来上がったものです」


 ロスはリカから一本の杖を差し出される。緑色に輝くその杖の美しさに目を奪われた。


「私の中でも会心の一作です。これを手にしていれば、魔法の制御能力が格段に上昇することでしょう」


「いつか、ですが。あのマスターさえ超える武器を作って見せます!」

「よく言った! それでこそおれっちの娘だ!」

「……近寄らないでください。暑苦しいお父さんは嫌いです」

「うそーん」

 

 リカはそっぽを向き、マムシから離れる。マムシはショックの余り、泣きながら崩れ落ちてしまった。

 それがリカの照れ隠しだと気づかなかったのはマムシ本人だけだった。リカは父に褒められ嬉しそうなにやけ面を隠せていなかったのだ。


「こんな立派な物をもらってしまっていいのかい?」

「はい。貴方に使ってもらいたいんです。その武器が皆さんの助けになれば、これほどうれしいことはありません」

「そうか、ありがとう」


 ロスは杖を受け取った瞬間身体が光り、力が増大したように感じた。心地よく体に馴染み、さらに強力な魔法が打てそうだ。


「これは、思った以上にすごいな」

「ロスの力が強くなっています。すごい効果ですね」

「にいに、パワーアップ」


 ロスの強化にピカとユウは手を上げて喜ぶ。


「皆さんはまた旅立つんですよね?」

「平和に過ごせる場所見つかるまで」

「もし見つかったら私にも声を掛けてください。そちらに引っ越しして、腕を振るわせてもらいますよ!」

「何いいいいッ⁉ おれっち聞いてないぞ! 


 親子の声を背にロス達は再び旅に出る。

 新たな出会い、未知なる地を目指し彼らの旅は続く。


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