パワフルお姉ちゃんと再会し、コロシアムで戦う
ロス達三人はまだ見ぬ平和な地を目指し、旅を続けていた。
だがもちろん、順風満帆にとはいかない。先々でモンスターたちが襲い掛かってくることも少なくなかった。
この日はワイバーンの群れに目を付けられた。獰猛な狩人であるワイバーンは、ひ弱そうなピカとユウに狙いを定めたのだ。一緒にいるロスもこの数で相手をすれば問題ない。そう判断して襲い掛かったのだが、
「消し飛べ!」
数で勝るから勝てるという、浅はかさの代償は余りにも大きかった。嵐に巻き込まれた者は次々と引き裂かれ、轟雷を受けた者は燃えながら地に落ちた。辛くも早々に逃げだした者は生き残ることができたが、その数は最初の半分にも満たなかった。
「やれやれ、こうも襲われていたらさすがに疲れるよ」
「私が許します! あそこに見える町近くで休みなさい」
肩をパキパキ鳴らしながら、ロスは遠方に目をやる。
確かに町は見えるのだが、それよりもこの距離ではっきりとわかる円柱状の闘技場が気になった。
「にいに、あの町はコロシアムが有名。大会で優勝すれば賞金もらえる――ってこのパンフレットに書いてある」
ユウの説明で納得するが、この姿で大会に出ようとは思えない。自分が勇者パーティを抜けたことは有名になっているため、なおさら出たくなかった。
「お金には困っていないし、目立ちたくはないからね。食料だけ調達させてもらおう」
「にいに、賢明」
何事も起こさぬように、早々と去らせてもらおう。ロスはそう思いながら町へと向かったのだが――
「やっと見つけた! ロスくん久しぶりー! ずいぶん大きくなったね」
「げー! 姉ちゃん⁉」
その目論見も早々に崩れることになった。
町近くである女性に見つかったのだ。女性はモンスター姿のロスに躊躇なく抱き着いてきた。
水色の髪を束ねて右肩に垂らし、黒い軍服を着ている。
「な、何ですか貴方は? ロスから離れなさい!」
「んー? あ、かわいい!」
「おやめなさい! このピカ様に対して無礼ですよッ!
女性はロスの頭を軽くなでてから、ピカに抱き着く。ピカは赤面しながら抵抗するが、振りほどくことはできなかった。
「にいにのねえね?」
「あー……姉ちゃんみたいな人で血のつながりはないんだ」
女性はピカを解放すると、次はユウに視線を合わせるようにしゃがむ。
あまり他人に心開かなかったユウだが、この旅の中で少しずつ目を見て話せるようになっていた。
「初めまして、私はマチ。気軽にお姉ちゃんって呼んでね!」
「よろしく、マチねえね」
「ああん、かわいい!」
その後、ユウも抱き着きの犠牲になり、ピカと地面に伏せることになった。
「いけない、やりすぎちゃった」
「姉ちゃん相変わらずだな……」
ロスは、久しぶりに会う義姉が変わっていないことだけは安心した。そして、ここに来た理由にも察しがついていた。
「一応聞いておくけど、どうしてここに?」
「決まっているじゃない。ロスくんを連れ戻すためだよ」
やはりか、とロスはため息をつく。
言うまでもなく、この義姉は過保護だ。ロスが勇者パーティを抜けたことを知り、居ても立っても居られず飛び出してきたのだろう。
「あの勇者がロスくんを追い出したって聞いてね、とりあえず一発ぶん殴ってから追いかけて来たんだよ。ロスくんの居場所は感覚でわかるから」
「嘘だろ……仕事はどうしたの?」
「そんなことよりお姉ちゃんはロスくんの方が大切だよ。じゃあ、帰ろうか。お姉ちゃんと王国で暮らそう」
あまりにも予想通りの答えに苦笑いが出てしまった。それならばロスの返事も決まっている。
「悪いけど姉ちゃん。僕は戻らない」
「…………どうして?」
マチは笑みを崩さず尋ねてくる。
「今の僕はモンスターだ。戻ってもみんなを怖がらせるだけ――というのは建前で、本当はあの二人と旅するのが楽しくなったんだ。魔王討伐の使命を放棄する形になるけど、僕は僕の道を行く」
ロスはすやすや眠るピカとユウを見つめる。
その優しげな瞳を見てマチは崩れそうになるが、動揺を悟られないように口を開く。
「――ロスくんの気持ちもわかるわ。だけどお姉ちゃんも引き下がれない。だからあそこで勝負しましょう」
マチが指さしたのはコロシアム。
「ロスくんが勝てばこのまま旅を続けて。だけどお姉ちゃんが勝てば戻ってきてほしいの」
「姉ちゃんはいつも唐突だな」
この義姉が、自分が一度言い出したことはて曲げないと知っていたロスは、その要求を呑むことにした。
だがコロシアムは町中にあると説明を受けていたため、自分が入ってもいいのかという懸念があった。
マチはそんなロスの心境を見透かすように胸を張る。ボタンがはちきれんばかりの勢いだ。
「心配しないで。お姉ちゃんに任せなさい」
◇
普段は大勢の観客でにぎわうコロシアムだが、今観客席には誰もいない。マチが町長を説得し、貸し切ってしまったのだ。ロスの姿を他人に見せないように、巨大な木箱を用意して移動させる段取りもすぐしてしまった。
マチは一仕事終わったと言わんばかりに、背中を伸ばしていた。
「ロス、この人何者ですか? これほどの舞台を貸切る権限を持つならただものではないでしょう?」
「マチねえね、どうしてユウ達ここに連れてきたの?」
ピカとユウも意識を取り戻した後、すぐここに連れてこられた。展開の早さに状況を飲み込めていなかったが、マチがただものでないことだけはわかっていた。
「王家直属の親衛隊である円卓の騎士。その序列第三位が姉ちゃんの役職だよ」
「マチねえね、王様に仕えているの?」
「一応ね、好き勝手させてもらっているからお飾りみたいなものだけど」
「私の立場に比べれば小さいものです」
「おお、ピカちゃんってえらいんだね。尊敬しちゃう!」
世間に疎いユウ達だから大事になっていないが、この世界の一般人が聞けば飛び上がるような案件だ。
王国とは人類最大の国のことである。円卓の騎士はいわば王国の最高戦力であり、一人一人が小国の戦力に匹敵するとまで言われている。
「じゃあ、早速始めようか。お姉ちゃんはいつでも準備オーケーだよ」
マチは獲物である弓を構える。純白の弓に添えられた矢先にはゴムが付けられており、刺さりはしないが、当たりどころが悪ければ骨折の可能性は十分あるだろう。
ピカが心配そうにロスを見つめる。
女神の力があるとはいえ、勝てるかどうかは怪しい。ロスが負けてしまえばこの旅は終わってしまうのだが、
――このまま帰った方が、ロスは早く人間に戻れるのでは?
ピカはそう思い始めていた。元はと言えば、ロスをモンスターにしたのは自分だ。この旅に付いてきたのも、ロスが元に戻るのを手伝うため。ならば――
「ちぇい」
「あ痛!」
考え込んでいたピカの鼻先が軽く突かれる。その犯人はユウだった。
「何をするのですか! 喧嘩なら買いますよ⁉」
「ピカ、考えすぎ、馬鹿」
「なんですとー⁉」
両手を振り上げ怒りをあらわにするピカとは対照的に、ユウはやれやれと肩をすくめる。
「にいには今を楽しんでいる、望んでいる、ユウも同じ。ピカは同じじゃないの?」
「っ!」
「私、にいに信じている。ピカも信じて」
ユウの言葉にピカはぷいとそっぽを向いてしまう。その耳は赤く染まっていた。
「わかっています。ロスが負けるなんてありえません――だから、勝ちなさいロス!」
「にいに、頑張って」
後ろから二人の声援を受け、ロスに勇気が湧いてきた。
今なら義姉にさえ負ける気が起きない。
「姉ちゃん、やっぱり戻れない。負けないよ」
マチはロスの雰囲気が変わったように感じた。
――あの子たちがロスくんの支えになっているんだね。
稽古の際、いつも転んで泣いていた時とは違う。お姉ちゃんって甘えてきた時とも違う。勇者に捨てられ、心が壊れてしまったかと心配していたが、どうやら杞憂のようだ。もう私がいなくても歩いて行ける。
だけど、だけど――
「それでも、私はロスくんを失いたくない!」
構え合う二人。先に動いたのはロスだった。
自慢の風魔法が逆巻きながらマチを襲う。爆音とともにマチのいた場所が吹き飛び、砂煙が上がった。
「やりましたか?」
「まだ」
砂煙の中からマチが空中に飛び出し、幾本もの矢を放つ。ロスは薙ぎ払うように矢を砕き、着地する瞬間を狙うが、落下していたマチの身体が空中で急に止まる。
「風魔法で足場を作ったのか! くッ!」
地面を狙おうとしていたロスの反応が僅かに遅れ、右肩を撃ち抜かれる。
モンスターの身体は強靭だが決して無敵ではない。マチは僅かな関節部分を確実に狙ってきていた。
空中を走るように移動するマチの動きは早く、なかなか狙いが定まらない。さらにこちらが動く前に攻撃してくるため、身動きが取れない。
ならばとロスは目を閉じる。
(諦めた? 訳ないよね!)
マチは頭を狙い、とどめの一撃を放つ。当たれば意識を刈り取られること間違いなし。
「今だ!」
その瞬間ロスの足元から竜巻が出現し、矢がマチに向かって跳ね返った。
(そんなことが⁉)
マチはすぐさま跳ね返った矢を射抜くが、その隙は致命的だった。あっという間に接近を許され、空中から叩き落されてしまう。そのまま受け身も取れず背中から落下し、激痛から動くことができなくなった。
「姉ちゃん。僕の勝ちだ」
「……そう、みたいだね…………くやしいな」
マチは顔を隠すように手で覆う。
嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちだった。
これでロスは再び旅立つ。会える機会はさらに減るだろう。
「マチ姉ちゃんには本当に感謝してるよ。だけど僕はあいつの代わりにはなれない」
「キミも……バツくんみたいにいなくなると思ったら怖かった。私が君を守ってあげないと――」
「姉ちゃん。僕を信じてほしい」
その時、空から咆哮が聞こえてくる。見上げると空を飛ぶ影が目に入った。
三つの頭を持ち、黄金の鱗に包まれた巨大なワイバーンだ。
「あれはキングワイバーン!」
「さっきのワイバーン達の親玉か。敵討ちに来たってところかな」
ロスはキングワイバーンに狙いを定め魔法を放とうとするが、その背中に誰かの手が当てられる。
「待ってロスくん。お姉ちゃんも一緒に」
「姉ちゃん、でもその体じゃ――」
先ほどの戦いでマチは大きなダメージを受けている。すぐにでも療養が必要な状態なのだが、
「私は、ロスくんのことを信じることにしたよ」
その決意を察せられないほど、ロスも鈍くはなかった。
ロスはピカとユウにコロシアムから出るよう伝えると、マチを肩で支える。
「ありがとう、ロスくん」
「一発で決めるよ」
「うん」
マチは弓を天に向かって構え、その手にロスの手が重なる。
キングワイバーンはこちらに気づいたのか、怒りの咆哮を上げながらこちらに急降下して来た。
「この一撃は誓いの一撃! 私は、ロスくんを信じる!」
矢はキングワイバーンを易々と貫き、そのまま大爆発を起こした。
キングワイバーンの肉片が降り注ぐが、ロスが風魔法で細切れにしていく。
「これで私も、弟離れ……だね」
マチの目から一滴が流れ落ちた。
◇
「ロスくん元気でね! 何かあったらすぐかけつけるから! あと、最後にぎゅってするね! 拒否権なし! ぎゅうー!」
ロスは抱き着かれながら思った。
――全然、弟離れできてねえ!
「ロスから離れなさい! ロスは貴方の物ではありません!」
「マチねえね、にいに独り占めダメ!」
ピカが怒りながらマチの背中をぽかぽか叩き、ユウは袖を引っ張りロスから引き離そうとする。
マチは名残惜しそうにロスから離れると、今度はピカとユウにまとめて抱き着いた。
「むふふ、弟離れは頑張るけど、妹離れはまだできそうにないよ」
「だ、誰が妹ですか! 離しなさーい!」
「ねえね、パワフルすぎる」
頬ずりしながら満面の笑みを浮かべるマチ。それが寂しさの裏返しであることをロスは理解していた。
しばらくして彼らは別れた。ロス達は再び旅に、マチは王国へ。
居場所は違うが、皆が信じ合い、繋がっていた。