女剣士と出会い、教団と戦う
ひっそりと暮らせる地を目指し、空を舞う魔法使いロス。襲い来るモンスターは魔法で撃ち落とし、その背と手に抱える少女を守りながら進んでいた。
「にいに、すごい。かっこいい。結婚したい」
「ロス。戯言は無視しなさい」
少女たちの空中大決戦も行われていた。
ロスは少し休憩するため、近くの山に降りることにした。幾ら強大な力を持っていても疲れはする。モンスターの体になって日も浅いので、無理はしないように心掛けていたのだ。
二人を降ろすと、ちょうど座れそうな岩に腰を下ろす。そして村でもらったおにぎりをユウから受け取った。
モンスターになっても味覚は変わらず、おいしく食べることができたのだがその手が途中で止まる。
「どうしたのですか?」
「ちょっと故郷のことを思い出してね」
「にいにの故郷、話聞きたいです」
ロスは頷き、語り始めた。
元々ロスは捨て子で現勇者の家族に拾われ、兄弟同然に育てられた。彼が勇者として選ばれた際は自分のことのように喜び、誇らしかった。そう思っていたのは自分だけだったのだが。
結局、勇者にとって自分は駒で仲間ではなかった。その事実が受け入れらず逃げ出した。魔王討伐の使命も捨ててしまった。
「前も言いましたが、素直に出て行った貴方は大馬鹿野郎です。せめてそいつを一発はぶん殴っておけばよかったのです」
「同感。にいに自分を責める必要ない。勇者殺すべし」
殺意が幻視化している二人を抑え、ロスは再びおにぎり口にする。変わり果てた自分の手。鎧のように固く、鋭くとがっている。これが元に戻る日はいつになるだろうか。
「さて、そろそろ行こうか――ッ!」
突然ロスは二人を背に立ちあがり、風の障壁を張る。すると何者かが障壁に衝突した。ロスは衝突した場所にすかさず雷を放つが、空を切ることになった。
障壁を解除すると、そこには女剣士の姿があった。緑の長髪を後ろで結び、肌が多く見える鎧を身に付けている。
「その子たちを離せ!」
どうやらロスが少女二人を攫っていると勘違いしているらしい。勘違いを正すためロスは説得を試みる。
「僕は魔法使いのロス。この子たちは僕の仲間だよ。この姿じゃ説得力ないかもしれないけど……」
「信用できるか! お前達の悪事は見て来た。幼い命を狙うその悪行、許すわけにはいかない!」
思った以上の勘違いをしているようだった。何やら事情がありそうだが、聞くことも難しそうだ。
「いい加減にしなさい!ロスの言っていることは本当です」
「にいに、いじめると許さない」
二人からも否定され、女剣士に動揺が走る。だがすぐにロスに剣を向け、「まさか洗脳までしているとは、許せん!」と勇ましく切りかかって来た。
ロスは前に出て、剣を片手で軽々と受け止める。女剣士は剣を引き抜こうとするがびくともしない。逆にロスが剣を奪い取り、岩に突き刺す。武器を失ってなお女剣士は向かってくるが、ロスに足払いされ力なく座り込んだ。
「私の負けだ。殺せ」
「殺さないから話を聞いて」
ようやく女剣士はロス達の話に耳を傾けた。女剣士は顔を青くし、汗をだらだらと流す。やがて女剣士は、誰もが見事だと思うような土下座をした。
「本当に申し訳ない‼ 私の勘違いで貴殿たちを危険な目にあわせてしまった。かくなる上は腹を切って詫びを――」
「しなくていいから!」
女剣士は腹を出し、自身の剣を突き立てようとするが、ロスが力づくで止めた。
「何と慈悲深い御方。貴殿の真名をお聞かせ願いたい」
「さっきも言ったけど……ロスだよ」
女剣士はロスの名に聞き覚えがあるのか、はて? と首傾げた。――かと思えば猛スピードでロスの眼前に現れ、肩に手を置き喚き散らす。
「ロス? ロスですとーッ!? あの勇者様の相棒である魔法使いのロス⁉ 何故このようなお姿に⁉」
「それも説明しなくちゃいけないのか……」
女剣士に肩を揺らされながら、ロスは再び説明を始める。
「おのれ勇者ともあろう御方が、かような仕打ちをされるとは――勇者のファン止める……」
「ファンだったんだね」
女剣士は憧れだった勇者の実態を聞き、ショックの余り魂が抜き出ていた。申し訳ない気もするが、全部勇者が悪い。
「そ、そういえば、貴方はどうして急に襲って来たのですか?」
話題を変える様にピカが質問する。女剣士は魂を取り戻し、事情を説明し始めた。
近頃、この辺りで子供たちを生贄に捧げ、邪神復活を目論むろくでもない連中。クシマ教団の事件が後を絶たないらしい。女剣士の弟も攫われ、教団に向かう際ロス達と遭遇したとのこと。
ロスは確かな怒りを感じた。
「そんな奴らを野放しにしておく必要はありません。さっそく征伐しに出かけましょう!」
「ユウ、怒り爆発」
二人も同じ気持ちのようだった。女剣士にクシマ教団討伐を申し出ると、涙を流しながら喜んでくれた。
「ありがとう、助かる。名乗るが遅れたが私はトワ。教団の場所は目星がついている。こっちだ」
◇
薄暗く、巨大な青白い炎が怪しく揺らめく空間。広いようで狭く、狭いようで広く錯覚させるのは、空間内の人数が余りにも多いからだ。白いローブを着た人間達が、隙間が無くなるほど集まり整列している。彼らの視線はひときわ高い壇上の男に注がれていた。
藍色のローブを纏い、病的なほど肌が白いこの男。彼こそがクシマ教団の教祖イズミ。
彼の言葉は、まるで甘美な蜜のように心に沁み込んでいく。満たされるような、言いようのない心地よさを与えられた人間達は、我先にと教団に集った。
そうして生まれたのがクシマ教団。人類に害をなす邪教の徒。
「我が同志たちよ。偉大なる神王クシマ様に清らかで純粋な魂を捧げよ。さすれば今以上の祝福が其方らに与えられるだろう」
教団員達が一斉に手を上げると、天井が割れ、鎖に繋がれた檻がゆっくりと下りてくる。中には首輪を付けられた子供たちが入れられていた。恐怖から泣き叫び、絶望の表情を浮かべている。
それを一瞥したイズミは顔を大きく歪ませた。
「素晴らしい生贄だ。クシマ様もお喜びになるだろう。その魂をこの炎の中へ」
イズミの後ろで燃え上がる青白い炎は、高揚するかのように激しさを増す。今にも生贄を喰らうと言わんばかりの勢いだ。
子供たちも諦める者や、檻を揺らすものなど十人十色。共通しているのは涙を流している点だろうか。
檻が火に落とされるまさにその時――
「お待ちなさい!」
少女の叫び声とともに天井が割れ、教団員に降り注ぐ。
悲鳴が上がる中、イズミは檻を持ち上げ、天を舞うロスの姿を見た。
「同志たちよ! モンスターを召喚し、空を飛ぶあいつを殺せ!!」
その声で冷静さを取り戻したのか、次々と地上で魔法陣が出現し、異形のモンスターたちが姿を現す。モンスターたちは召喚士たちを守るため、降り注ぐ天井を打ち砕いた。
「隙だらけだ!」
上空に気を取られている教団員とモンスターをトワが切り裂いていく。
ロスとピカが上空から不意打ちし、混乱している間に正面入り口からトワとユウが突入したのだ。
檻は地上に下ろされ、鍵を拝借したユウが扉を開ける。
「急いで! 出口はこっち!」
檻から出て来た子供たちが、ユウに続くようにアジトから出ていく。その中で、男の子一人がこの場に残った。
「姉ちゃん!」
「タケシ! 無事だったか!」
弟であるタケシと抱き合うトワ。再会を喜ぶのもほどほどに出口へと向かおうとするが、生き残っていた教団員が行く手を阻む。だが猛烈な雷が降り注ぎ教団員達は崩れ落ちた。
トワが空を見上げると、ロスが親指を立てていた。トワはロスに一礼し、この場を後にする。
残されたのはロスとピカ、そして教祖イズミ。ロス達は空を飛び、壇上に立つイズミを正面から睨みつけていた。
炎が静かに燃えている。
「お前の企みもここまでだ」
「覚悟しなさい! 子供たちを攫い、邪神復活を目論んだ罪は重いです!」
二人達からの言葉を受けても、イズミは余裕の態度を崩さない。何かあるとロスは警戒を緩めなかった。
「ここまでやられるとは、私の完敗だよ。お前たちの言う通り、この罪は命を持って償わねばな」
そう言うとイズミは後方の炎に飛び込んだ。
あまりの出来事にロス達は言葉を失う。
イズミの身体が炎の中で燃え尽きると、それと同時に青白い炎が激しく燃えがあがり、中に黒い影が見え始めた。影はやがて炎全てを覆い尽くし、炎の名から異形の姿が現れる。
それはまさに骸骨の化け物。あらゆる生物の骨を集め、無理やり人の形に整えたような悍ましいものだった。
「教祖イズミは仮の姿。その正体は――我こそが神王クシマよ」
クシマはからからと骨音を響かせながら身体を揺らし、咆哮する。
「よくも我の完璧な計画を邪魔してくれたな。このまま魂を喰らい続ければ魔王すら凌駕する力を得られたというのに……貴様らだけは絶対に許さん。その魂、喰らい尽くしてやるわ!」
クシマは身体から鋭い骨を矢のように発射する。ロスは風の障壁で、骨を細切れにしてから吹き飛ばした。
「貴様のようなモンスターが何故人間の味方をする? 人間など脆弱で、我の糧に過ぎぬと言うのに」
「僕は人間だ!」
ロスの雷魔法がクシマに直撃する。クシマはよろめきながらも言葉を放つ。
「人間だと? 馬鹿が、貴様のような力の持ち主は何であれ化け物と言うのだ」
「ッ!」
「化け物は孤独だ。自分にその気がなくても裏切られ、力を振るうことでしか満たされなくなる――貴様はモンスターだ」
ロスは怒りのまま、最大の力でクシマを葬ろうと手を上げる。だがその手は小さな手に掴まれた。
「ロス……」
ピカに手を握られ、ロスは我に返る。あのまま力を放っていれば本当に化け物になっていたかもしれない。
ロスは冷静にクシマの頭部を狙い、炎魔法を命中させる。
「馬鹿な! この我が敗北するとは……るとなああああアアァァッ‼」
クシマは絶叫と共に消滅した。
ロスはゆっくりと地面に下り、ピカを背中から降ろそうとする。だがピカの手はロスを強く握りしめ離さなかった。
ロスは何も言わず、出口へと向かうことにした。背中は少し湿っていた。
◇
「ありがとう。貴殿たちのおかげでこの子たちは救われた。特にロス殿は、その……かっこよかったぞ!」
トワの故郷である小さな村でロス達は感謝されていた。ロスの見た目に親や村長も最初は驚かれたが、すぐに慣れて神扱いされた。
子供たちが顔を赤くしたトワを茶化す。トワは必死で否定するがピカとユウには惚気にしか見えず、殺意が再び幻視化する。
ロスは子供たちを怯えさせてはいけないと、二人の頭を撫で落ち着かせる。二人の顔は茹蛸のように真っ赤になった。
「じゃあ僕たちはこれで」
「ま……待ってくれ。貴殿たちは暮らせる場所を探しているんだろ? それが見つかったら、私にも声を掛けてくれないか?」
「もちろんです。その時は迎えに来ますよ」
「またね」
手を振るトワ達を背にロス達は再び旅立つ。再会を約束しながら。
安住の地を見つけるまで――旅は続く。